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コーチングの観点から営業ナレッジ移転を考える

2008年04月04日 加藤彰


 ◆自己認識の重み

 近年、部下と上司の関係を見直す意味で、コーチングが話題に上ることが非常に多くなりました。私も、営業部門の管理職の方々にコーチングの初歩をご紹介する機会が次第に増えてきています。ところが、2年前まで、実は私自身がコーチングを受けたことがなかったのです。「コーチングは部下を伸ばす」とよく言いますが、では自分がコーチングを受けたらどのように「伸びて」いくのか、それを体感したことがなかったのです。
 
 私がコーチを雇おうと思い立ったのは、自分の仕事上の能力を伸ばさなくてはという漠然とした切迫感があったこともありますが、コーチングのプロセスの中で一体自分にどのような変化が生じるのか観察するのも悪くないと考えたからでもありました。

 さて、コーチングが始まって、コーチは最初に私に何を宣言したか。その人は私に「あなたのセンター~価値観を見つけましょう」と言ったのです。驚きでした。私にはそのやり方はいかにもモタモタしたやり方に思えたのです。とっとと目標を設定し、解決案を一緒に考え、そのフォローをする、その手伝いをしてもらいたいのに、と感じました。だいたい私は元来が自分の価値観など突き詰めて考えたことの無い人間でしたし。

 ところが、価値観探しの旅を続けるうちに、私はどういう職業人でありたいのか、私の好きな事や好きなやり方はどのようなものか、私の強み・弱みは何か、がゾロゾロと出てきたのです。しかも大事なのは、これらがコーチから「あなたはこういう人だ」と指摘されたものではなくて、自分で気付き納得したものであるという点です。自分で納得できていると、自分の中から次のような気付きが湧き起こってくるのです:
  • お~、これは僕の強みだったんだ。もっと前面に押し出して活かしていっていいんだな

  • あ、これって、僕が腰が引けて避けてきただけ!? 能力不足を言い訳にせずにとにかく経験を積むことが大事なんだな

  • 誰それさんのやり方をそのまま真似しても僕には続けられないな。僕には別のやり方のほうが合っているだろう

 これらの気付きを得ることができた時点で、私の中では、いくつかの取組み項目とスケジュール感が自然に形作られてきていました(今なお実行しているものも多い)。自分で自分のことを分かって納得できれば、人間は自ら「あれしよう、これしよう」という意欲を生み出す動物なのだなと実感したのでした。
 
 自ら吸収・成長しようとする意欲の源泉はいろいろあるでしょうが、自分で自分を分かっているという「自己認識」がそのうちの重要な一つではないかと思います。

 ◆営業ノウハウ・ナレッジ移転研究の主流~魅力的な探索対象としてのトップ営業

 さて、私の所属するCRMクラスターでは、以前より営業ノウハウ・ナレッジ移転(以下、言葉の厳密な定義の問題はあるものの、ナレッジという呼び方で包括する)を一つのメイン研究テーマに据えています。勘と経験に拠るところがあまりにも大きい営業ナレッジを、如何にして他の営業担当者に移転していくか、という営業部門永遠の課題です。

 この課題に取り組む際の基本発想は、トップ営業のナレッジや行動特性を抽出して、それを如何にそれ以外の人(以下、たいへん失礼ではあるが、分かり易いように「並の営業」と呼ぶ)に伝えるか、です。これに基づくならば、まずはトップ営業ナレッジを抽出しないと全てが始まりません。

 ところが、トップ営業ナレッジは極めて属人的かつ状況依存的であり、抽出して活用できるような形に仕立て上げるのが非常に難しい。個々の断片的な活動事例であればまだしも、「ある状況で何故そう考えたか/行動したか」を抽出するのは至難の業です。また、トップ営業本人は自身の強みを自覚していないことも多く、第三者がその人の活動を細かく観察して初めてノウハウが抽出できるということも多いです(日経情報ストラテジー 2003年5月 p.61)。さらに、トップ営業ナレッジは、顧客の購買行動特性にも依存します。メーカー開発部門を顧客とする営業と、家電量販店を顧客とする営業とでは、トップ営業ナレッジの要点ががらっと変わってくるのです。

 これらのことがあいまって、トップ営業ナレッジの抽出は極めてチャレンジングな課題となっています。玄人ウケする「華々しい」課題と言ってもよいでしょう。ここでの主役はトップ営業であり、その人たちの行動を深く見つめることが主題になります。

 ◆実は「並の営業」も主役なのではないか?

  しかしながら、この基本発想においては、トップ営業ナレッジの体系化がチャレンジングな課題としてあまりにもクローズアップされているばかりに、ナレッジが移転される側の「並の営業担当者」についてはあまり光が当てられることが無いように思うのです。

 いくら素晴らしいトップ営業ナレッジを抽出することに成功しても、並の営業がそれを受け入れるかどうかは全く別問題です。例えば、お客さんとアポイントを取るための極めて巧妙なノウハウが抽出されたとしても、受け入れる側が「自分のアポイントの取り方はもっと磨ける/良くなる」と認識していなければ、このノウハウは受容されることはありません。つまり、営業ナレッジ移転においては、ナレッジを受け入れる側の人間が「自分の能力発揮不足に気付くかどうか」、そして「気付いて自分を変えようとするかどうか」が極めて重大な成否要因です。このことを、私は自身のコーチングの経験を通じて「自分で自分のことを分かって納得していること」の重要性を体感し、強く認識するようになりました。

 営業ナレッジ移転において、リサーチ段階で「データ」を共有することは比較的スムーズに受け入れられしかも効果的である、というのがCRMクラスターの得ている一つの知見です。これがうまく行くのも、受け入れる側の人間が「自分の情報不足には気付き易い」という事情と、「情報不足に気付いた場合、通常人間は与えられた情報を吸収するのに抵抗しない~情報不足状態にある自分を抵抗なく変えようとする」という事情が大きく寄与していると考えます。
これが「能力発揮不足」になると、受け入れる側はこう素直に振舞ってはくれません。

 結局、営業ナレッジ移転問題においては、受け入れる側の「並の営業」も主役です。「何がナレッジ足り得るのか」「それをどう体系化するか」の探求と、「並の営業にどう自己認識させて、ナレッジを吸収させるか」の探求は同じくらい重要だということです。この両方を解いていかないと、実り有る営業ナレッジ移転はできないはずです。もっと極端なことを言えば、「並の営業」の方こそが主役ではないかとチラと思ったりもします。「自分の能力発揮不足に気付き」そして「気付いて自分を変えようとする」状態になれば、トップ営業ナレッジや行動特性が組織内で体系化されていなくても、この人は自分で考え、周りから吸収し、成長していく人になるでしょう。この際、成長速度を速めるために/間違った方向に成長してしまわないように、体系化されたトップ営業ナレッジがあれば大いに役に立つ、という逆の発想で考えることもできるわけです。

 ◆今後の方向性

 では、並の営業が自己認識にたどりつくためにはどうしたら良いのでしょう。

 それには、トップ営業ナレッジを抽出体系化するのと並行して、それを並の営業がどの程度身に付けられているのかを評価できる仕組みを作っていくことです。抽象的な言い方になりますが、トップ営業ナレッジを目に見える形にするなら、並の営業の現状も目に見える形にしよう、ということです。目に見える形同士を付き合わせることで、両者のギャップがより納得性を持ってきます。

 このための一つのやり方が、一連のアンケート問題を設計し、それに答えさせることで、各人の能力特性を明らかにする方法です。この方法では、トップ営業にも並の営業にも回答してもらうことにより、両者のギャップが容易に客観化されます。アンケート設問設計と回答分析技術が命になりますが、最近はこのあたりの進展には著しいものがあります(株式会社イー・ファルコンの技術紹介による)。

 しかしながら、一旦コーチを受けてしまった私は、それだけではどうしても物足らないと感じるのです。それは、私が自分のことについて、コーチとの対話の中で、いろいろ気付き納得した部分が非常に多いからなのです。アンケートに答えて「あなたは顧客への気配りが足りません」(笑)と印字されて返ってくる・・・それがどの程度の納得性を持っているというのでしょう!

 少なくとも私は、最初に書いたように、自分の強み・弱みを把握するのに他人(コーチ)の助けが必要でした。

 トップ営業の行動特性が極めて属人的でバラバラであるのと同じく、並の営業の強み・弱み・能力などというのも各人で違います。さらに、その強みや弱みを自分でどう認識しているかであるとか、弱みに気付いたときに素直に受け入れるタイプか反抗するタイプかであるとか、そこまで考慮するとまさに百人百様。このような人たちに対応するのに、客観的なアンケートだけで全てがうまく行くと考える方が無理があるというものです。

 となると、結局、営業担当者に気付きを与えられる「人」の存在が必須となります。たとえトップ営業ナレッジを体系化できたとしても、です。

 「この人」は、営業担当者が自己認識に至るプロセスを助け、体系化されたナレッジのどれに着目すべきか気付きを促し、どの先輩にOJT(On-the-Job Training)を受けると良いか組み合わせを判断する「コーチ」&「コーディネータ」です。ただ、この役を上司が務めるのは難しいでしょう。上司全員をこの役ができる程度に育てるのが非現実的であるという理由もありますが、それ以上に、お互いが近すぎる存在であると、相手の強み・弱みを客観的に直視して指摘することが難しくなるという理由によります(「コツコツ働いても年収300万円 好きな事だけして年収1000万」キャメル・ヤマモト 幻冬舎 p.184)。

 ここから先は現段階ではまだまだ机上の空論です。頭の中では「こういう人の存在が必須なのになあ」と思っていても、このアイデアを企業で採用していただくには実証が必要です。営業担当者200人の会社ならば、この「コーチ」&「コーディネータ」は何名ぐらい居れば機能するのか? どれぐらいのスキルを持っている必要があるのか? この人の存在が成果につながっていると判断するにはどのような指標を見れば良いのか?――こういった疑問を一つずつ明らかにしていって、営業ナレッジ移転の問題に新たな道を切り開きたいと思っています。
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