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コラム「研究員のココロ」

排出権取引制度の対象となる事業所はどこか?

2008年06月30日 三木優


 日本における排出権取引制度の本格的な検討は、2008年2月の経済産業省と経団連の方向転換から始まった。官邸・経済産業省・環境省のそれぞれで検討を進めた結果、2008年5月には、環境省から4つの試案が示され(参考:クローズアップテーマコラム「【2008/5/19】環境省より国内排出権取引制度の試案が示されました」)、経済産業省からは、厳しい条件付きではあるが、排出権取引制度の導入を検討する旨の報告書骨子が示された。
 このように排出権取引制度の導入に向けて様々な動きが始まりつつある。どの業種・企業・事業所を対象とするのかによって、企業の受ける影響は大きく変化することから、企業においては「排出権取引制度の対象となる事業所はどこか?」と言う事について、関心が高まりつつある。
 排出権取引制度の対象については、様々な考え方があるが、今回は「地球温暖化対策の推進に関する法律(以後、温対法とする)」に基づいて、先日公開された、2006年度の事業所別の温室効果ガス排出量データ(注1)を用いて、実効性・カバー範囲の面から「排出権取引制度の対象となる事業所」について考える事にする。
 なお、本コラムの元になったコラムをクローズアップテーマ特別コラム「実効性とカバー範囲からの分析から探る、排出権取引制度のかたち」として公表しているので、ご興味のある方はご覧頂きたい。

1. 規制区分・排出規模による分析

 温対法に基づいて公開された事業所別の温室効果ガス排出量データは、14,225事業所・7,505社を対象としている。具体的な公開対象は、「エネルギーの使用の合理化に関する法律(以後、省エネ法とする)」の規制対象事業所等であり、概要は以下の通りである。

区分概要事業所数
省エネ法における、第一種エネルギー指定管理工場年間エネルギー使用量が原油換算3,000KL以上の事業所7,586
省エネ法における、第二種エネルギー指定管理工場年間エネルギー使用量が原油換算1,500KL以上・3,000KL未満の事業所6,376
その他エネルギー起源のCO2以外の温室効果ガスをCO2換算3,000トン以上排出している事業所263


 一般的に第一種エネルギー指定管理工場(以後、一種工場)は、発電所・製鉄所・化学工場・セメント工場等の比較的規模の大きい工場であり、第二種エネルギー指定管理工場(以後、二種工場)は、ビルや製造業の工場が対象となっている。また、一種工場の中でも発電所や製鉄所は、一つの事業所からの温室効果ガス排出量が100万t-CO2を超えるなど、一種工場の中でも、温室効果ガス排出量には大きな差が存在している。
 今回は、「排出権取引制度の対象となる事業所」を検討するために、どの程度までの事業所を含めれば、十分なカバー範囲となるかを規制区分(一種工場or二種工場orその他)や排出規模(排出量上位orそれ以外)にて分析する事とした。

(1)「一種工場」と「二種工場+その他」
(1)「一種工場」と「二種工場+その他」
「温対法 特定事業所排出者データ」より日本総研作成

 事業所数では1,000箇所程度多い一種工場が、温対法対象事業所の温室効果ガス排出量の93.8%占めており、一種工場のみでも日本における温室効果ガス排出量(13.4億t-CO2)の42%を占め、十分なカバー範囲となっている。

(2)「温室効果ガス排出量上位100事業所」と「100事業所以外」
(2)「温室効果ガス排出量上位100事業所」と「100事業所以外」
「温対法 特定事業所排出者データ」より日本総研作成

 温室効果ガス排出量上位100事業所が、温対法対象事業所の温室効果ガス排出量の50.6%を占めており、これらの事業所のみでも日本における温室効果ガス排出量(13.4億t-CO2)の23%を占めている。上位100事業所の排出量は約97万t-CO2以上。

(3)「温室効果ガス排出量上位200事業所」と「200事業所以外」
(3)「温室効果ガス排出量上位200事業所」と「200事業所以外」
「温対法 特定事業所排出者データ」より日本総研作成

 温室効果ガス排出量上位200事業所が、温対法対象事業所の温室効果ガス排出量の60.8%を占めており、上位100事業所から10.2ポイントの増加となっている。これらの事業所のみでも日本における温室効果ガス排出量(13.4億t-CO2)の27%を占めている。上位200事業所の排出量は約39万t-CO2以上。

(4)「温室効果ガス排出量上位300事業所」と「300事業所以外」
(4)「温室効果ガス排出量上位300事業所」と「300事業所以外」
「温対法 特定事業所排出者データ」より日本総研作成

 温室効果ガス排出量上位300事業所が、温対法対象事業所の温室効果ガス排出量の65.8%を占めており、上位200事業所から5ポイントの増加となっている。これらの事業所のみでも日本における温室効果ガス排出量(13.4億t-CO2)の30%を占めている。上位300事業所の排出量は約24万t-CO2以上。

 これらの分析から、以下の事が言える。

  • 一種工場のみを対象としても、二種工場とその他を含めた場合と温対法の対象となる14,225事業所から排出される、温室効果ガス排出量のカバー範囲に大きな差はない。

  • 温室効果ガス排出量上位100事業所のみを対象にしても、温対法対象事業所の温室効果ガス排出量の50.6%がカバー範囲となっている。

  • 対象を上位200事業所・上位300事業所とすることにより、カバー範囲はそれぞれ10.2ポイント・5ポイントの増加となった。対象企業数の増加によりカバー範囲は広がるものの、排出量の少ない事業所が相対的に増加していく事から、カバー範囲の増加率は低減していく傾向にあった。

2. カバー範囲とコストをふまえた、対象となる事業所の検討

 以上のように、温室効果ガス排出量のカバー範囲(日本全体の温室効果ガス排出量に対して23~42%)をふまえると一種工場のみ、あるいは排出量上位100~300事業所を対象としても十分に実効性が有ると考えられた。
 このようにカバー範囲を検討している理由としては、排出権取引制度の対象としても、相対的に温室効果ガス排出量が少なく、日本全体の温室効果ガス排出量削減に対して寄与率が低い事業所を除外することにより、排出権取引制度の費用対効果を高める事が挙げられる。EU-ETSにおいても、現在、規制対象になっている約11,500事業所について、排出規模とカバー範囲についての分析を行っており、排出量の少ない事業所については、除外しても問題ないとしている。
 排出権取引制度は、その実施のために以下に示したような実施コストが必要になる。

  • 各事業所における温室効果ガス排出量の算定・記録体制の整備

  • 各事業所への排出枠の配分量を決定するための情報収集

  • 各事業所の排出枠および排出量を管理する登録簿システムの整備・運用

  • 第三者認証機関の育成

  • 第三者認証機関による、各事業所の温室効果ガス排出実績の第三者認証

  • 排出権取引市場の整備・運用

 この実施コストは、排出権取引制度の対象となる事業所数が増えるほど増加する。特に第三者認証については、複雑な生産工程についても十分な理解の上で認証出来る、質の高い第三者認証機関が不足すると考えられることから、その育成に十分な費用と時間が必要になると考えられる。
 実効性・カバー範囲と費用対効果、早期にトライアル的な実施をすべきことを考えると、排出権取引制度の対象となる事業所は、温室効果ガス排出量上位200~300事業所程度が妥当と考えられた。排出権取引制度の対象とならない大半の事業所については、省エネ法などの別の手段を用いる事で対処すれば十分であり、温室効果ガス排出量が3倍程度のEUが実施している、EU-ETSにおいて対象となる事業所数が11,500であることもふまえても、現状の一種工場・二種工場の全部を対象とする事は無意味であると考えられる。
 排出権取引制度の対象を決める際には、以上のような実効性・カバー範囲をふまえ、事業者の負担と行政コスト、施策の効果などのバランスを考えた、冷静な議論が必要である。

注1 事業所別の温室効果ガス排出量データ:
公開資料名は「特定事業所排出者データ」。温対法に基づいて、2006年4月1日から、温室効果ガスを多量に排出する者(特定排出者)は、自らの温室効果ガスの排出量を算定し、国に報告することが義務付けられている。また、国は報告された情報を集計し、公表することとされている。今回の分析および作成した図表は国が公表した、2006年度の特定事業所排出者データに基づいている。
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