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コラム「研究員のココロ」

一膳の割り箸から考える国内山林問題

2007年12月10日 大島裕司


1.「荒れている」という言葉があたえる誤解

(図1) 「日本の山は荒れている」と言われて久しい。しかし、この「荒れている」という言葉が曲者であり、「荒れている」=「森がなくなっている」と想像してしまう人も少なくないはずである。たしかに、世界全体の森林資源量は発展途上国の人口増加、エネルギー需要増加などにより毎年7百万ha以上の面積が減少しているといわれる(世界森林資源調査)。しかし日本では、戦後の林業振興政策の結果、植栽してから40年前後経た8齢級や9齢級(齢級とは:森林の年齢を5年の幅でくくったもの)をピークとする人工林面積分布になっている(図1)。このため、利用伐採可能な10齢級超の人工林の面積比率が、現在の30%から10年後には60%へと倍増することになる。

2.なぜ「荒れた山」が増えるのか?

 では、この「荒れている」とはどういうことであり、何がその原因なのか。それは、日本の国土の約7割を占める山林のうち、4割が人工林にある点があげられる。この人工林は、すなわち人が人工的に作った森である。それゆえに人が除伐、間伐、下草刈りなどの手入れをしなければ、日本のような温暖で雨量の多い気候では、森内の樹木やその他の植物も好き放題に成育、種間競争などが起こり、結果として育成すべき木が枯死するなど、荒れ放題の状態になってしまう。そのため、林内を手入れしながら定期的に木を伐って、利用し、再び植えるというサイクルが必要なのである。しかし、(近年は自給率が若干上がっているものの)国内木材需要のうち、約8割が外国産材に頼っている状態では、思うように国内の山林に手が入らないのが現実である。
一方、人工林ではない雑木林などにおいても、電気・ガス・灯油などが普及している現代では、家庭での薪・炭などの燃料としての利用はほとんどなくなってしまった。この事実だけを捉えると「(人の手入れが必要な人工林は木を伐ることが必要と理解できても)天然林は使わないことこそが山林保全では?」と考えてしまいたくなる。しかし、近年では、人が薪などの利用のために適度な伐採を行ってきたことが、木を枯れさせる病害虫の蔓延などを防いでいたとも考えられている。
 要するに、日本の山林保全には、適度に木を伐り、利用するといった行為が、多かれ少なかれ必要であるということを誰もが認識すべきである。

3.「言うは易し」の国産材利用

 しかし、「国産材の利用を進めよ」というのは、まさに「言うは易し」である。
まず、木材の大口需要先である国内のハウスメーカーなどは、建材を同一規格で大量発注する形態をとるため、一度出来上がってしまっている外国産材中心の流通形態を壊してまで(ある意味のリスクを背負ってまで)、国産材にシフトしていくことは容易ではない。
 では、と注目されるのが、バイオマスエネルギーとして、間伐材を利用することである。バイオマスエネルギーとは、木にみられるように、植えればまた使える再生可能エネルギーであり、また、木を燃焼しても再び木の成長過程で固定されるため、理論上、排出は0となり(カーボンニュートラル)、今後の地球温暖化対策の切り札と注目されるエネルギーである。日本においても、平成14年12月に「バイオマスニッポン総合戦略」を閣議決定し、国をあげて研究開発、利用に取り組む方針を掲げている。
 しかしながら、間伐材のペレット化、エタノール化、さらには水素の取り出しなどは、既存エネルギー、あるいは海外との価格優位性や技術面等において多くの課題を残している。また、アメリカなどとの熾烈な特許競争なども顕在化している。
 実際に筆者も自治体のエネルギー関連計画策定やその他の調査依頼のなかで、バイオマスエネルギーとしての間伐材の利用を何度か検討したこともあるが、どれもコストの面から簡単ではないという結論となった。一部の地域では、間伐材を利用したペレット製造や発電などの事業が取り組まれてはいるが、その多くは、国からの多額の補助金や関係者の熱意で辛うじて事業が継続されているという事例も少なくない。
 このように、建築材の国産材へのシフト、あるいは間伐材のバイオマスエネルギーとしての利用が難しいとなると、「CO2吸収源」として期待される山林も、近い将来、人を近づけないような暗黒の空間となり、枯れた木々や倒木ばかりが目立つ「一大CO2排出源」となってしまうのではという危機感すら覚える(京都議定書では削減割当6%のうちの3.8%を山林で吸収するとしている)。

4.山林問題解決のきっかけは「割り箸」!?

 筆者は予てから、「荒れた山」の再生につながる新エネルギーの導入など、その仕組み、あるいは産業の育成はできないかと思いを巡らせてきた。しかし、期待するような「救世主」を見つけることはできなかった。そんなあるとき、とあるニュース番組が特集した「割り箸問題」に一筋の光明を見出したのであった。
筆者は「救世主」が見つからない今、日本の山林問題を考える際に重要な視点は、まずは国民あるいは企業が、前述の「木は使ってこそ」「木は無限のエネルギー」ということを認識するところから始める必要があるのでは、と感じていた。そう考えた際、割り箸は、年間250億膳、国民一人当たりに換算すると年間200本近くを利用しているという、もっとも身近な木材製品であり、認識の「きっかけ」として、これほど向いているものはない。
 しかし、「割り箸は森林破壊や廃棄物を増加させるものでは」と考える人も少なくないであろう。ここでは改めて割り箸の是非論を行うつもりはないが、後述の背板や間伐材等から作られるものであれば、少なくとも森林破壊にはつながらないことは、おわかりであろう。仮に、是非論にわずかに触れるとした場合、割り箸は日本人にあまりに身近な存在であるため、世界的な森林資源の減少、あるいは「使い捨て文化」などと結び付けられ、環境問題の「究極の悪玉」に仕立てられた感がある。しかし、割り箸が本来は背板と呼ばれる木材加工の際の不要な部分から作られていた点、あるいは間伐材から作られたのであれば、決して環境問題の元凶などではないことがわかる。
 筆者は、割り箸が「究極の悪玉」になれるのであるから、正しい情報さえあれば「究極の善玉」にもなりえ、「救世主」とはいかないまでも、日本が抱える「木が使われない」という山林の現状を誰もが理解し、真剣にその対策を考える「きっかけ」にはなれるのではと考えるのである。

5.割り箸の国産化への可能性と課題

 では、国内で割り箸を大量生産することは可能なのか?実は、現状の数字だけをみると、そのような環境にはない。なぜなら、割り箸は日本固有の文化として誕生したにも係らず、近年の外食産業の進展から国内では需要を賄い切れず、海外に技術移転した結果、現在では消費量全体の98%を海外に依存するまでとなっている。なかでも、中国が99%を占め、割り箸=中国産という図式となっている(図2)。

(図2) しかし、割り箸の国産化への追い風が供給側の中国から吹き始めているのである。それは、一に中国国内の森林保護政策により、木材製品に大幅な輸出関税がかけられ、その結果、年々割り箸の価格があがっている。また、この森林保護政策に絡んでは、日本向け割り箸の輸出をストップすべきという論調もにわかに高まっている。さらに近年、中国製品の安全性が世界的な問題となっているが、割り箸に関しても、製造工程での大量の薬品(防カビ剤としての二酸化硫黄等)使用が問題となっている。すなわち、国産割り箸復活のチャンスというよりも、国産化せざるを得ない状況になりつつあると言ったほうが的確かもしれない。
 実は、既に国内で背板や間伐材から割り箸を製造し、立派な活動を行っているNPO団体がある。それは、JYUON(樹恩)NETWORK(事務所:東京都杉並区)という団体で、全国3ヶ所の工場で割り箸を作り、60以上の大学生協などに納入している。特にこのNPOの活動で注目すべきは、地域の森林組合と連携し、割り箸の原材料(背板)を確保するとともに、地域の身障者の雇用にもつなげ活動している点にある。すなわち地域内の一つの産業化、特に山林を意識した環境産業としての割り箸の可能性を示すものとして注目に値する。
 ただし、割り箸の国産化は一筋縄ではいかない。まず外食産業界、コンビニ業界などの多量割り箸使用業界が、(年々差が縮まりつつあるとはいえ)いまだ割高の国産割り箸の利用に踏み切れるか。また、それらの業界が中国以外の第三国での製造に切り替える可能性もある。そして、仮に多くの企業が国産に切り替える意欲を見せた場合に、その需要に既存割り箸業界が機械化を進めるなどし対応できるか、あるいは新規の参入事業者が現れるのか、といった課題も残る。さらには、こういった動きを国などの公的機関が積極的に支援するような動きがとれるのか、といった点もある。

6.割り箸が映し出す日本が抱える諸問題

 ここまで述べたように、割り箸の国産化を考えることは、木の直接的な利用につながるため、山林問題解決の一ツールとなることは理解していただけると思う。そして、割り箸という誰もが身近に感じるものゆえに、山林問題を考える入口となれる可能性があることもすでに述べた。
 そして、さらには割り箸の利用を促進することが、「保全=触らない」あるいは「リサイクルこそ環境保全」と考えがちな社会へ一石を投じる機会、あるいは、「口にいれるもの」である割り箸が、多くの食品で問題となっている安全性への懸念、産地不明といった課題を考えるきっかけを与えてくれる。さらに言えば、割り箸を使う企業としては、CSR(企業の社会的責任)とも密接に関わってくる話ともなってくる。
 たった一膳の割り箸が、日本が抱える様々な問題を映し出す鏡になることを考えると、「たかが割り箸、されど割り箸」といったところである。

おわりに

 身近なものでありながら体系的な情報・データが少ない「割り箸」というテーマを追いかけるなかで、多くの方々にご協力いただいている。特に、森林ジャーナリストの田中淳夫氏には、11月26日(月)に弊社が主催した割り箸問題をテーマとしたシンポジウムの講師、パネリストとしてご参加いただいたほか、様々な場面で知見をいただいている。この場を借りて、御礼申し上げる次第である。
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