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コラム「研究員のココロ」

「選択と集中」は本当に正しいのか?

2008年04月07日 手塚貞治


 「選択と集中」というフレーズは、それこそ耳にタコができるほど当たり前に言われるようになってきました。特に日本全体が苦境に陥った1990年代以降、ビジネス社会では、この戦略が当然のように受け止められるようになりました。
 しかし、これは本当に正しいのでしょうか?企業は得意分野だけやっていればよい、それ以外は切り捨てよ、ということですむのでしょうか?

 「選択と集中」には2つの点でリスクがあると考えられます。

第1は、「当たりはずれが大きい」という点です。確かに、ニッチャー企業として成功している事例は多数見られます。しかしその陰には、それ以上に失敗している企業もあるわけです。リターンが大きいということは、本当はそれだけリスクも大きいということです。特定分野に特化して先鋭化させるということは、それだけ外部環境の変化に大きく左右されるわけで、「当たればデカいが外れるリスクも大きい」ということです(図1参照)。

(図1)「選択と集中」の程度とリターンとの関係(イメージ図)
(図1)「選択と集中」の程度とリターンとの関係(イメージ図)
(出所)筆者作成



 一般には、特定分野に特化した企業は収益性が高い、と言われます。しかしこれは、「生存者偏向」と呼ばれるバイアスによるものです。つまり、生き残った成功企業のみがフォーカスされるということです。経営分野の調査研究は、「生き残った企業」しか対象にできません。集中特化によって成功した企業もありますが、本当はその陰に、立ち行かなくなってしまった多数の企業があるはずなのです。しかしそのように、破綻してしまった企業は、存在しなくなった以上データには出てくることはなく、結果的に成功した企業のデータだけが収集されるというわけです(図1参照)。こうした事実について言及している論考も見られます(注1等)。

 第2は、「長期的視野がない」という点です。企業は得意分野だけやっていればいい、というのは、確かに短期的にはそうかもしれません。しかし長期的にはどうでしょうか?「ニッチャー」として特定分野で高収益を実現することは可能ですが、それを何十年も続けていくことは至難の業ではないでしょうか。この「選択と集中」という考え方は、日本で株主重視経営が言われ始めたときに、パラレルで脚光を浴びてきたように思われます。つまり、投資家サイドから見た短期(ないしは中期)的レンジでの収益性に主眼が置かれているのではないか、ということです。大半の投資家から見れば、数年間のレンジで収益を上げ続けてくれればいいわけであって、その間に最も収益を上げやすい得意分野に集中してほしい、それ以外の「余計なこと」はやってくれるな、ということになるのです。
 しかし言うまでもなく、企業はゴーイング・コンサーンであり、永続性が求められます。ある事業で収益を上げている間に、次世代事業への種まきをすることが必要なのです。その種まきは、試行錯誤であって、失敗することもあるでしょう。一時的に収益を落として一見回り道に見えることもあるでしょう。それでも企業の永続性の観点からは、やらなければならないことなのです。企業が好調で、ちょっとした失敗ならば受容できるという段階だからこそ、やるべきなのです。

 このように、「選択と集中」にはそれなりのリスクがあるものなのです。世間一般に言われるほど、決して「自明の理」の戦略というわけではないのです。単純なパターン化による思考停止は、どの企業にとっても陥りやすいワナです。「選択と集中」というフレーズによる戦略のステレオタイプ化こそ、実はとても危険だということです。
 もちろん、特定分野に集中して、継続的に収益を上げ続けている企業もあります。しかしそれは先ほど申し上げたように、氷山の一角かもしれないのです。そしてそのような企業であっても、決して同じ事をやり続けているわけではありません。同じ事業だとしても、絶えず商品ラインナップを変え続けたり、商品は絞り込む代わりに顧客業種を幅広くしたり、さらには販売方法を変えたり、といった工夫をし続けているものなのです。そのような工夫をし続けているからこそ、選択と集中によって成功しているといってもよいでしょう。つまり、「選択と集中」でうまくいく企業もあるが、それはその企業なりの固有の工夫があるからこそということです。
 だからといって、やっぱり総合化すべきだ、などということではありません。「総合はダメ」で「選択と集中こそ正しい」という二者択一的な単純化こそ、いちばん危険なことだと申し上げているわけです。要は、「ケースバイケース」という至極当たり前のことを踏まえることです。したがって、自社の戦略を見直す際には、「選択と集中」といった単純なパターンで決め打ちしてしまうのではなく、その企業固有の業界環境や成長ステージを勘案するという、当たり前のことを慎重に行うことが大切だということになるのです。


(注1)
加護野忠男(2007)「シャープにみる「選択と集中」の成長と限界」PRESIDENT 2007.10.29号

(注2)
Raynor ,M.E(2007)The Strategy Paradox (『戦略のパラドックス』翔泳社)
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