コラム「研究員のココロ」
考課者訓練のススメ
2006年12月29日 青木昌一
1.考課者訓練での気づき
1年ほど前から人事制度構築コンサルティングの他に考課者訓練の講師依頼が増えてきた。バブル崩壊以降、多くの企業で研修費用は厳しい経営環境を耐え忍ぶために抑えられてきた。一時は抑えざるを得なかった教育への投資を行う余裕が出てくるほど、各企業が業績を回復してきたということのひとつの証と言えるであろう。
その増えつつある考課者訓練の講師の仕事を通して今さらながら改めて認識し直したことがある。それは考課者による評価のバラツキの問題である。
考課者訓練を行う講師あるいは考課者訓練を請け負う会社によって研修スタイルは異なると思うが、筆者の場合は客先の会社の評価制度の解説や人事考課あるいは目標管理など一般的な理論のレクチャーを行い、その後考課者訓練用のビデオを参加者に観てもらいビデオに登場する主人公の人事評価をしてもらうケースが多い。比較的オーソドックスな考課者訓練のスタイルであろう。
問題はこのビデオの主人公に対する人事評価が、受講者によって大きく異なるのである。例えばこの主人公が、
1)とても押しが強く
2)遠慮なく上司を口で負かしてしまう
3)しかし、能力的にも高いものを持っている
という設定の場合、まず8割前後の人が「生意気な奴」ということで、無意識のうちに最初に厳しい総合評価を下してしまう。仮にS~Dまでの5段階で評価するとすれば「C」ないし「D」をつけることを無意識に決めてしまう。そのうえで評価項目毎に後付けで評価をつけていく。その際に受講者によって、評価する主人公の行動に対して選択する評価項目が異なる。そうすると最終的な総合評価は同じ評価をつけた受講者でもその評価の内訳がまったく異なるという現象が生じる。最終判断を下した上での内訳の調整として評価項目ごとの評価段階の選択をしてしまうものだから、数字合わせ的になってしまってバラつくのである。
前述のようにこのケースでは、そもそもこの主人公は様々なアラはあるものの高い能力を持ち、劇中でもそれなりの能力を発揮している。講師としては少なくとも標準(ここではB評価)以上の評価は与えて欲しいと考えている。そのように評価をする受講者も当然いるわけで、これらを含めて結果として全体ではかなりのバラツキが生じてしまっている。
ビデオの制作意図としては、そういうバイアスのかかりやすい状況を設定してあるので、バラツキが生じるということはある意味想定の範囲内ではある。また、考課者訓練を実施するという会社は評価のバラツキに悩み、あるいはみんなに甘い評価をしてしまう寛大化傾向がみられたりといったことで評価に対する信憑性に疑念を抱いているからこそわざわざ時間とお金をかけて我々は考課者訓練の依頼をいただけるのである。
とはいえ、現実に各企業で管理職として評価を実際にやっている受講者の集団において、このバラツキの幅はとても大きいと感じる。要は評価の基準に対しての捕らえ方が各考課者でマチマチだからこそ、評価のバラツキや寛大化傾向が起こるのである。
2.講師としての狙い
しかし、うれしいのは考課者訓練を進めていくうちに、受講者の方々が自ら「たった数十分のビデオの主人公を評価するだけでこのようにバラツキが生じてしまう。ましてや半年あるいは1年の単位で実際に自分たちが部下に対して行っている人事評価が妥当なものであるはずがない。本当に評価をキチンとやらなければ大変なことになってしまう。」ということを言い始めてくれることである。
まさに筆者の狙いはこの気づきにある。考課者訓練では当然のことながら人事評価の知識を習得してもらったり再確認してもらったりという目的ははずせない。しかし、知識は時間が過ぎれば忘れ去られるし、逆に忘れれば「評価の手引き」などで確認してもらえば良いと思う。
むしろ人事考課は部下の給料すなわち生活の根幹に影響を及ぼす重要な業務であり、その重要な業務を遂行するうえで生半可な意識でやってはならない。自分が下そうとしている評価は本当に公正・公平なのかということを常に念頭において人事考課を行うということを強烈に印象付けてもらえれば良いのである。
3.解決の方向性
筆者はこの公正性・公平性を保つために考課者同士で目線を合わせることをお勧めしている。評価のシステムや基準の作り方の違いによって考課者が評価し易いとか評価しにくいということはある。あるいは評価基準があいまいすぎて自ずと各考課者の主観にされた結果、評価がバラツキ易いといったこともあるだろう。
しかし、そのような場合においても、考課者の間で公式・非公式を問わず、評価時に目線を合わせるためのすり合わせを行うことで、ずいぶんとバラツキが是正される。例えば具体的にモデルになる何名かの人物をお互いに評価してみて、その評価結果の違いを話し合いながら評価時の目線を合わせていくのである。そうすることで評価基準に対する捉え方がある程度共有できる。
このすり合わせの最大の難点は、考課者の作業時間の確保である。一般的に考課者となる管理職は時間に追われており、ただでさえ評価の作業に費やす時間を捻出することに苦労をしている。そういう状況に加えてさらに目線あわせのためのすり合わせの時間を捻出するということがどれだけ困難かということは想像に難くない。しかし、そのことは百も承知のうえで、筆者は考課者訓練において必ず主張させてもらっている。「管理職たるもの、徹夜をしてでも公正・公平な評価を実現するための努力をしなければならない」と!!