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コラム「研究員のココロ」

これからの日本の純粋持株会社マネジメント 事業機能の明確化と経営職育成
<前編>

2005年11月14日 平康 慶浩


1.純粋持株会社化の目的

 純粋持株会社。
 ホールディングカンパニーとも呼ばれるこの会社形態は、1997年12月の独禁法(私的独占の禁止および公正取引の確保に関する法律)改正により純粋持株会社が解禁されたことから、新聞雑誌でその単語を見ない日はほとんどない。
 持株会社とは厳密な定義では、「子会社の株式の取得価額の合計額の当該会社の総資産の額に対する割合が百分の五十を超える会社」(独禁法)となるが、要はある会社が他の会社に対する支配権を持っている状態を示すものである。そして事業をまったく行わずに、所有株式からの配当が主な収益となる会社を純粋持株会社として理解すればよい。
 ではこの純粋持株会社がなぜもてはやされるか。
 ネット上のフリー百科事典であるウィキペディアを参考に、純粋持株会社のメリットを4つにまとめてみた。
  1. ある特定の部門利益にとらわれない戦略的本社が構築できる。
    ⇒戦略立案・意思決定機能の強化
  2. 新規事業の立ち上げや他企業の買収、グループ化(M&A)がしやすい。
    ⇒資本政策の観点からの投資収益の最適化
  3. 傘下の各社への権限委譲がしやすい。
    ⇒個別事業執行機能の向上。
  4. 柔軟な人事制度の導入がしやすい。
    ⇒業界別の特性および事業の発展ステージにあわせた人材モチベート手段の獲得。

これらのメリットについては、さまざまな形態で論じられることが多いが、上の定義から大きくずれたものはほとんどない。
 ではこれらは具体的にどういう意味をなすだろう?

 現時点での純粋持株会社の代表的な例は以下のようなものがある。
  • 三井住友フィナンシャルグループをはじめとする銀行純粋持株会社
  • ミレアホールディング、ソニーフィナンシャルホールディングスのような保険純粋持株会社
  • 野村ホールディングスをはじめとする証券純粋持株会社
まずこれらのような金融系純粋持株会社が目立つ。
 事業会社では、以下のような企業がある。
  • ソフトバンク
  • 日本マクドナルド
  • ソニーミュージックエンターテイメント
  • 日本航空
  • 阪急ホールディングス
  • コニカミノルタホールディングス
  • 博報堂DYホールディングス
  • 角川ホールディングス
    ・・・
これらの企業が純粋持株会社を設立した目的をそれぞれのIR資料で見ると、おおよそ前述の4つのメリットに近い内容が示されている。
 例えば、金融系の企業がこぞって純粋持株会社化していることは何を意味するだろう。(米国の金融機関が純粋持株会社化している主な理由は、州を越えたグローバルな銀行業務を行うために必要だった歴史的措置であり上記のメリットとはなんら関わりがない。)
 ひとつは、金融機関としての位置づけの変更が考えられる。間接金融から直接金融に移行がすすむなかで、融資に対する利息だけで収益を維持できる時代は終わった。そこで、メリットの1及び2を実現するために純粋持株会社化していると考えられる。
 また、事業会社が多角経営を志向するにあたり、事業執行以外の専門家達を集めやすいハコを設立するために純粋持株会社を設定する場合がある。例えば、㈱住生活グループ(2004年10月にイナックストステムホールディングスから社名変更)の報酬水準が子会社であるトステムやイナックスの平均給与額を大きく上回っている事実などから推測できることである。


2.純粋持株会社と事業会社のマネジメントの違い

 ここで論じるのはあくまでも純粋持株会社としての純粋持株会社の話であることを繰りかえり強調しておく。
 たとえばオーナー企業における事業承継や相続税負担軽減を目的とした場合以外で、純粋持株会社を設立する目的を前述の4項目に集約すると、実はその目的が見えづらくなってくる。
 なぜなら、いずれのメリットも、別に純粋持株会社として法人再編しなくとも、現状の事業持株会社形式、いわゆる一般的な親子会社関係で十分に間に合うからである。
 純粋持株会社を解禁する際の議論においてもそのあたりの事情は十分に議論されている。解禁反対派の意見は上記のように、現状の制度で十分に間に合うものを、あえて解禁する必要はない、というものであった。それに対し解禁派の見解は、法人再編上の選択肢を増やすことに、あえて意義を捜し求める必要はない、というものであった。
 純粋持株会社には、実際のところどのようなメリットがあるのだろう。
 これを『投資行動の容易さ』、とする意見が一番わかりやすく、かつ日本人のマネジメント概念から『乖離』しているので興味を引きやすい。わかりやすくいうと、会社をただの投資商品であるという風に考えることができるようになるという『メリット』である。
 もうひとつのメリットは、というと、これは事業承継や相続税負担の軽減が目的となってくる。これは日本の財閥形成の歴史からもわかりやすいメリットである。
 日本の財閥歴史と比較して考えるなら、市場支配力の拡大というメリットも考えうるが、これは現代の競争環境においては極論にすぎると思われるので除外する。

 では、ここで純粋持株会社のメリットを『投資行動を容易にする点』と仮置きしてみよう。
 (実際には筆者はまさにそのとおりであると考えているのだが。)
 このようなメリットを最大限に活かすマネジメントとはどのようなものであろう。
 まず、投資行動を主目的とした法人においては、前述の4つのメリットの見え方が変わってくる。
 メリットの1と2はそのまま、純粋持株会社にとっての『事業』に他ならず、メリットではなくなってしまう。そしてメリットの3と4は、1と2を実現するための前提条件になるのである。投資行動に専念するために、事業に煩わされたくない、という思いがメリット3と4の背景に読み取れる。
 そこまで仮説の検討をすすめた時点で、純粋持株会社の業務機能を検討してみると、はたと行き詰まる。面白いことに、純粋持株会社の設立方法について論じる本はいくらでも見つけることができるが、純粋持株会社でどのように業務を進めることが効果的か、ということについて論じているものは見当たらない。
 グループ経営のあり方を論じるものは多々あるが、それは純粋持株会社の業務機能とは異なるものである。
 前述のように純粋持株会社を『投資行動』を専らの事業として行う会社として定義するならば、そこではグループ経営ではなく、投資行動に対する採算性の判断が主な業務となるだろう。そしてその本質と事業会社主体で成長してきた日本の経済環境との間にいまだ溝が存在すると考えられる。
 『投資行動』を適切に行うために必要な業務機能を各事業毎の投資採算性の分析とするならば、傘下の事業会社に対するマネジメント指標は、事業としての純現在価値(Net Present Value)に一元化できるだろう。
 そしてこれが反映されたものが、上場企業においては株価となるのである。
 少々乱暴な計算になるが、例えば毎期20円の配当をもたらす株の市場取引価格は、安全利息率(例えば国債の利率)が2%とするならば、1000円となる(永久債として、株価=20円/2%=1000円というように計算する)。この配当を向上させることが、投資家からの要求となるわけだが、事業会社側ではそう単純にはいかない。
 上記の企業の発行済み株式が100万株とするなら、この会社の時価総額は10億円となるが、毎年配当を期待されている金額は2000万円である。この2000万円は税引き後利益から配当性向の分だけ支払われるものなので、配当性向を100%とした場合、税引き後利益の額も2000万円となる。法人税率を概算で50%とすると、税前利益=経常利益は4000万円である。
 経常利益率5%がその事業での一般的な利益率とするならば、この会社の年間売上高は8億円という風に計算上は導かれる。
 するとこの会社は、株主の要求を満たすために、8億円の売上と、経常利益率5%を常に維持していく行動をとることが義務付けられる。あるいは、配当性向を0として税引き後利益を全額内部留保とするのであれば、年率5%の成長を義務付けられる。経常利益率は一定であっても、売上高は毎年5%ずつ伸ばさなくては、現在の1000円という株価を維持できない計算になる。
 そのためには、事業としての顧客要求を判断し、新たなニーズを生み出し、製品やサービスの品質を確保しなくてはならない。
 品質を確保するためには、社内の業務プロセスを適正に保つ必要があり、そのために従業員教育を徹底することが求められる。
 このように、事業会社のマネジメントで意識すべき指標が、財務だけでなく、顧客や業務プロセス、従業員の行動など多岐にわたるのに対し、NPVを判断指標とする純粋持株会社では、配当、あるいは成長率のみを意識すればよいことになる。これはまさに投資行動を事業とする場合の、純粋持株会社としての経営であり、かつ事業に拘泥する必要がないので、他社の買収や新規事業の立ち上げに専念できるわけである。
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