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コラム「研究員のココロ」

IP放送における地上波再送信の意味

2006年06月12日 宇賀村泰弘


 2006年5月9日、竹中総務大臣が主催する「通信・放送の在り方に関する懇談会」の第11回会合が持たれた。その結果、通信事業者が望むIPマルチキャスト放送(以下IP放送*)を著作権法上の「放送」として扱うことで意見がまとまった。また、文化庁も同時に検討に入っており、6月一杯で結論を出す見通しだ。

 なぜ、こうした一連のニュースが最近取り上げられているのか不思議に思う方もいるだろう。実は、IP放送に地上波の再送信が認められるということは、放送事業者として定義されるケーブルテレビ(以下CATV)事業者と放送サービスを提供する通信事業者の区別がなくなっていくことを意味する。更に、「放送業界」の地上波放送という誰もが見る映像コンテンツを「通信業界」の事業者が取り扱うことは、通信業界と放送業界を区別している大きな壁を越える動きなのである。

 本稿では、(1)IP放送で地上波再送信が認められる可能性を探り、(2)通信事業者がなぜそれを望むのか、(3)この結果により厳しい状況に晒されるCATV事業者の動向、(4)最後にIP放送への地上波再送信による関係事業者への中長期的影響を考察してみたい。

※なお、ここでのIP放送はオープンなインターネットで自由に地上波を見るのではなく、クローズドなネットワークにおいてIP技術を使い、テレビにおいて視聴する形態になると思われる。


1.IP放送が放送と認められる可能性

 IP放送は著作権法上では「放送」ではなく「自動公衆送信」として分類される。そのため、著作権処理の方法が異なることを根拠として、民放各社は地上波の再送信をIP放送には認めていない。通信放送事業者は、映像サービスにおける地上波放送の重要さを認識しており、是が非でも地上波再送信を望んでいる。今の段階では最終決定ではないが、大きな流れとしてIP放送が放送として認められるのは時間の問題であろう。

 IP放送の地上波再送信を考えるに当たり、これまで反対の姿勢を持ち続けてきたコンテンツ提供側の民放と、著作権団体の動向を整理する。

 民放は、IP放送で「補完的に」地上波を再送信することは同意している。これはデジタル放送の再送信の手段としてのIP放送を認めるほうが、遍くデジタル放送を普及させることを考えれば合理的であるとの判断による。但し、域外送信(民放の地方局の枠組みを超えた再送信)には反対の構えを示している。全国一律の再送信をされると、民放地方局の収益を脅かす可能性が非常に高いからである。

 また、著作権団体として日本音楽著作権協会(JASRAC)などは、コンテンツ流通が活発になることは歓迎している。しかし、IP放送を現行法律上の「放送」に位置づけるのではなく、契約手続きで再送信を可能とする方式を望んでいる。これは現在の有線放送は、難視聴対策に視点が置かれており、コンテンツに関する著作権者の権利が一部制限されているためである。また、JASRACなどはIP放送を睨んで著作権処理円滑化のために集中管理体制を構築するなど準備を進めている。

 両者とも、自身のコアの収益源を守ることを条件に、再送信そのものは認める考えを示している。今後これら条件を考慮した上で、IP放送での地上波再送信は認められる可能性は高い。


2.通信事業者が地上波再送信を求める理由

 IP放送において地上波を放送することは通信事業者にとってそれほど必要な事なのだろうか。ケーブル年鑑2006によれば2005年時点でCATVの加入者は1,669万世帯に上り、多チャンネルに加入する世帯は504万世帯(加入世帯の30%)となっている。地上波の再送信は顧客数は多いが、単価は安いので収益面での魅力に乏しい。幸いCATVの加入者は増加傾向にあるので、今後の伸びに収益性を期待する見方もある。(【図表1】※出典が総務省ゆえにケーブル年鑑2006とは数字が異なる)。多チャンネルユーザーも合わせて市場規模は今後も徐々に拡大すると見込まれる。

【図表1】CATV加入世帯の推移
CATV加入世帯の推移
(注)大規模事業者割合とは、引込端子数1万を超える事業者の割合である
(出所)総務省統計資料より作成

 しかし市場規模はそれでも3,500億円程度であり、この市場獲得のために通信事業者が地上波の再送信を積極的に望むのだろうか。ここからは筆者の個人的推測となるが、通信事業者は家庭、個人におけるあらゆる情報・コミュニケーションのプラットフォームサービス提供者を目指し映像系も含めたトータルな情報インフラの構築・保持に取組む。これは映像も含めた多様な情報を組み合わせることで、様々な新しい事業機会が生まれると見ていることによる。

 もちろん、技術的には映像を利用したサービスを通信事業者は今でも提供できるし、実際している。しかし、重要なことは、映像サービスの代表格として「消費者に認知されている」地上波放送を提供することにある。コアの映像サービスがあってこそ、その周辺の映像サービスへの展開が可能なのであり、周辺だけの映像サービスでは顧客集客力が弱いからである。


3.CATV事業者の動向

 既存のCATV事業者は、IP放送の地上波再送信が認められると厳しい競争環境に晒される。CATVとIP放送はいずれもテレビで映像サービスを受けることと捉えると、どのネットワークを経由してサービスを受ける以外には、消費者ニーズからみて違いはない。(【図表2参照】)

【図表2】消費者ニーズに対する映像サービス提供の形態
消費者ニーズに対する映像サービス提供の形態
(出所)日本総合研究所

 地上波再送信を得た通信事業者が顧客拡大に向け積極策を展開すると、価格競争も始まる可能性がある。従って、迎え撃つCATV事業者は早いうちに低コスト体質を実現し、顧客を囲い込み、固定化させることが必要である。実際にCATV大手ジュピターテレコムは、GMSと組んだ営業施策や、シニア層にターゲットを絞った営業強化策を展開するに力を入れている。また、CATV山形、秋田CATVなど東北のCATV6社において、規模の拡大を図るための連携、提携に関するニュースも聞かれる。

 このようにCATV事業者は短期的には、顧客を積極的に囲い込み、同時に規模を拡大させ合理化を図ると共に、顧客を集約している。更に次の段階として、コンテンツ調達力を高め、付加価値強化のため新たな映像サービス、ワンストップサービスなどを提供していくことも考えられる。そう考えると意図するかどうかは別としても将来の姿はやはり情報・コミュニケーションプラットフォーム事業者となるのかもしれない。


4.CATV事業者と通信事業者のビジネスの行く先

 IP放送で地上波再送信が始まることそのものは一見小さい出来事に見えるが、映像サービスにおける競争が本格化し、差別化競争が始まることで新たな映像サービスが生まれるきっかけとなるかもしれない。

 また、前述の通り、中長期的には通信事業者、CATV事業者も共に「情報・コミュニケーションプラットフォーム事業者」として同じビジネスになっていく可能性がある。このビジネスでは、あらゆる通信、映像サービスがワンストップ化され、共通基盤として利用される顧客情報管理、決済機能なども整備されるだろう。

 その場合、サービスの窓口となる事業者は非常に大きな力を得る。なぜなら家庭と個人について多種・多様なサービスで発生する情報を収集することができ、消費者ニーズを把握することが可能となる。こうした情報は、特にBtoCビジネスを展開する企業にとって非常に有益なものとなる。ネットワーク化が進むにつれ、消費者ニーズの把握はより困難になる。ゆえに通信、映像サービスにおいてワンストップサービスを提供するプラットフォームに蓄積される消費者ニーズの価値は増すことになる。そしてそれは競争優位の源泉となる経営資源を得るのに等しいのである。

 最後に消費者の立場からは、こうした変化により映像サービスが一層充実し、便利に、安く、快適に利用できる環境が整備されることを望みたい。今は通信事業者、放送事業者、コンテンツ事業者等事業者視点からのみの議論が行われているが、消費者視点からの検討も含めた形で、IP放送の地上波再送信が決められていくべきであろう。
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