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コラム「研究員のココロ」

企業文化としてのデザイン(3)<最終回>
-デザインの4つの役割-

2005年09月16日 井上岳一


6.デザインの4つの役割-その4

Design as Communicator:コミュニケーションツールとしてのデザイン
 既に述べたように、デザインは、カタチを媒介にしたコミュニケーションを可能とする。そして、デザインの有するこのコミュニケーション機能は、企業活動の様々な側面において重要な役割を果たすものとなる。ここでは、コミュニケーションツールとしてのデザインの役割を整理しておこう。
 デザインは、何よりも、社外に対するコミュニケーションにおいて重要な役割を果たすものだ。第一に、言うまでもないことだが、デザインは、製品の魅力を演出し、それを消費者に視覚的に伝えるための手段である。すなわち、製品自体に語らせ、他の製品と差別化し、消費へと誘うのが消費の場面におけるデザインの役割に他ならない。そして、製品やパッケージのデザインは、時には、どんな広告やPOP(店頭広告)よりも、シンプルで強力なコミュニケーションツールとして機能するのである。店頭で初めて見かけた飲料水のボトルやCDのパッケージに魅せられ、思わず手にとってしまうという経験をすることは多いだろう。
 第二に、製品のデザインは、その製品を生み出す企業自体のイメージを象徴し、伝えるものとして機能する。美しいデザインの製品を送り出す企業に対しては、洗練されたイメージを抱くし、一風変わったユニークなデザインの製品を作る企業に対しては、「何か面白いことをしてくれそうな会社」というイメージを抱くだろう。逆に、どんなに知名度があっても、生み出す製品のデザインが悪ければ、ダサくてセンスのない会社、と言うような烙印を押されてしまう。このように、製品のデザインは、企業のイメージを左右するほどに重要な役割を担っているのである。

 もっとも、企業イメージに関して言えば、製品のデザインに加えて、企業自体のデザインが重要となる。「企業自体のデザイン」とは、企業の名前、ロゴ、名刺、会社案内、制服、封筒、オフィス、店舗、カタログ、広告表現等、顧客の目に触れる全ての接点において、目指すべき企業イメージを象徴する統一感のあるデザインを行うことを意味している。
 デザインを企業文化としている欧米企業の多くは、この点に非常に敏感である。これらの企業では、通常、クリエイティブディレクターやデザインディレクターなどと呼ばれる非常に強い権限を有したデザイナーがおり、製品、パッケージ、カタログ、パンフレット、ポスター、広告、店舗のデザイン、展示会のディレクション等、企業のイメージに影響を与える全ての要素のデザインを統括する役割を担っている。これにより、企業の隅々にまで行き届いた統一感のあるデザインが施される仕組みとなっているのである。
 なお、企業自体のデザインは、社外に対するだけでなく、社内に対するコミュニケーション上も重要な意味を有している。「こうありたい」という企業イメージを体現するデザインは、社員に対して、企業が大切にする価値観や目指すべき方向性を、イメージとして伝え、内面化させるものとなるからだ。これにより、企業に対する帰属意識の醸成や、モチベーションの維持・向上が促されることが期待される。

 このような企業自体のデザインに対する取組は、いわゆる「CI(Corporate Identity)」と呼ばれるものであり、我が国においても、バブル期にブームとなった。しかし、欧米の企業における伝統的なCIがクリエイティブディレクターを中心とした統合的な仕組みであるのに対し、我が国におけるCIの多くは、単なるロゴの変更や会社案内の作り直しといった表層的で安易なデザイン活動に終始してしまった感が否めない。このため、CIは金余り時代の一時のブームで終わってしまったばかりか、「大金をはたいたものの、企業名をカタカナに変えて、洒落たパンフレットを作っただけで意味がなかった」というような、否定的感情を多くの企業に植え付ける結果となってしまったのである。
 しかし、CIの有効性は今なお失われていない。特に、企業のブランドの重要性が注目されるようになった現在、ブランド構築のために不可欠なものとして、CIの役割はますます重要になっていると言えよう。ゴーンによる日産の改革やフォードによるマツダの再生においても、CIの再構築が重要な役割を果たしているのである(注1)。

 以上のような製品や企業自体のデザインにより築かれた企業のイメージは、人々の間に期待を生むようになる。例えば、洗練されたイメージの企業には、そのイメージを裏切ることのない洗練されたデザインの製品を生み出すことを期待するようになるだろう。企業の側は、この期待を裏切ることのないよう、更に洗練されたものを生み出そうと努力する。このような弛みのない努力が続けられる中で、次第に製品の独自性と競争力は高まり、企業のイメージは揺るぎのないものとして磨かれていくのである。このようなフィードバック効果を生み出すのも、デザインが誘発するカタチを媒介にしたコミュニケーションの力である。


7.企業の競争力を左右するデザインの重要性

 以上見てきたfacilitator, differentiator, integrator, communicatorというデザインの4つの役割は、どれも不可分な関係にある上、企業の全ての活動に関係するものである。
 消費者がある製品を選ぶ際の基準とは何だろう。それは、製品の見栄え、機能、品質、価格、企業イメージと言ったものから総体的に判断される。このうち、製品の見栄えはまさにデザインの問題であるが、使い勝手(機能)や耐久性(品質)もまたデザインの問題となり得るものだ。価格は、製造コストを通じてデザインの影響を受けるし、企業イメージは、主として製品や企業自体のデザインから形成される。さらに言えば、良い製品を生み出す原動力となる社員の帰属意識やモチベーションもまた、企業自体のデザインの影響を受けるのである。
 このように、製品が選ばれる全ての要素が多かれ少なかれデザインの影響下にある。このため、デザインの当否が、企業の競争力を左右すると言っても過言ではない。これがデザインの力であり、企業活動においてデザインが重視されるべき意義である。

**註釈**
(注1)
マツダの再生過程においてデザインが果たした役割については、「日経デザイン」(2004年12月号)を参照。日産については、長沢伸也・木野龍太郎(2004)『日産らしさ、ホンダらしさ』同友館、を参照。
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