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コラム「研究員のココロ」

企業文化としてのデザイン(3)<第2回>
-デザインの4つの役割-

2005年09月12日 井上岳一


4.デザインの4つの役割-その2

Design as Differentiator:差別化ツールとしてのデザイン
 これには多くの説明を要しないだろう。デザインは、製品の外観を操作することによって、見栄えや使い勝手を良くすることが一義的な機能であり、目的だからである。特に、市場が成熟し、機能や品質や価格において差別化が難しくなった現在、消費者の感性や本能に訴えかける魅力的なデザインが差別化の重要な要素となっている。現在、我が国において、デザインの重要性が叫ばれているのも、主として、この差別化ツールとしてのデザインの戦略的活用に関するものである。
 優れたデザインは、人々の感性や本能や記憶に訴えかけることによって、工業製品という単なる「モノ」を、極めて個人的な体験(「コト」)へと昇華させることのできる力を持っている。モノが自分に語りかけてくるような気がする。まるで自分のために用意されたもののように思えてしまう。魅惑的なモノを前にして、そんな感覚を味わったことはないだろうか。この時、モノは単なるモノではなく、自分の生活に欠かせない特別な何か、極めて個人的で人間的な何か、になっている。優れたデザインには、見る人にそう思わせる力が宿っている。
 このようなデザインの有する物質のpersonalization(個人化)やhumanization(人間化)の力は、ニーズが多様化する成熟社会において、強力な差別化ツールとして機能する。もっとも、ここでは必ずしも洒脱で美しいデザインばかりが求められているのではない。重要なのは、人の感性や本能や記憶、もっと言えば、集合無意識に訴えかけるようなデザインである。優れたデザイナーは、市場の風を読みながら、巧みにそのような集合無意識に訴えるカタチを生み出すことができる能力を有している。まさに現代のシャーマンであり、霊媒師。それが優れたデザイナーの本質だろう。


5.デザインの4つの役割-その3

Design as Integrator:統合ツールとしてのデザイン
 近年、経営学や組織論の分野で最も重要視されているのが、このデザインの統合機能である。デザインの統合機能は、デザインがカタチを媒介にしたコミュニケーションを可能にすることに加え、デザインという行為自身が、様々な要素を自由に結びつけ、組み合わせる編集・統合作業であるということに由来する。逆に言えば、デザイナーとは、このようなカタチにする能力(可視化の能力)と編集・統合能力(異種間受粉の能力)を有する人種だと言うことになる(注1)。
 不思議なことに、カタチには言語とは異なるコミュニケーションを誘発する力がある。どれだけ言葉を尽くしても伝わらないことが、具体的なカタチで見せた途端に簡単に理解してもらえたり、カタチを見ながら議論することによって思わぬ発想がわいてきたり、と言った経験をすることは多いだろう。カタチには、想像(イマジネーション)と現実(リアリティ)を架橋し、新たな創造(クリエイティビティ)を促すような、そんな力が備わっている。
 余談になるが、このカタチの力を経営に活用しているユニークな例が、レゴブロックで有名なデンマークのレゴ社である。彼らは経営戦略を練るような会議の席上で、ビジネスモデルや問題の構造をレゴブロックで立体的に表現しながら、議論するのである。これにより、問題の所在やことの本質が浮き彫りになり、参加者にイマジネーションとして共有されるようになる効果があると言う(注2)。私自身、クライアントの経営会議にブロックを持ち込んで事業戦略を議論したことがあるが、これまでうまく表現できなかったことが明快に表現できるようになったと大変に好評だった。カタチは、時に、言葉よりもずっと雄弁で明快なものとなるのだ。
 このようなカタチの有する力は、製品開発のプロセスにおいて、重要な役割を果たすものとなる。企画(コンセプト)→開発→製造、といった製品開発のプロセスにおいて、早い段階から、デザイナーが抽象的なコンセプトを具体的なカタチとして示すことによって、製品の目指すべき方向性がイメージとして共有される。このイメージの共有により、各部門のそれぞれが進むべき方向がはっきりとし、部門間での誤解が生じにくくなる。そして、何よりも、開発途中や生産開始後における大幅なデザイン変更が少なくなるため、結果として、開発・製造期間が合理化・短縮されるのである。さらに、実際に販売をする営業にとっても、カタチ自身が製品のコンセプトを体現しているので、イメージを伝え易く、売りやすいものとなるだろう。こうして、コンセプトの創出から販売の各段階に至るまでが、カタチを媒介にすることで、統合され、合理化されるようになる。これがデザインの統合機能の意味するところである。
 なお、このような統合性を実現するためには、デザイナーが製品開発の初期段階から参画していることが必須となる。

 デザインを企業文化としている欧米の企業では、通常、そもそものコンセプト自体がデザイナーのスケッチの形で示されることが多い。つまり、デザインから全てが動き出すため、必然的にデザインの統合機能が重要な役割を果たすようになるのである。我が国の場合、ここまでデザイナーが主導的役割を果たすことは稀であるが、1960年代という早い時期から製品開発におけるデザイナーの役割を認め、デザインの統合機能を活かした独自の開発体制を築いてきた例として注目されるのがホンダである。
 1960年代末、ホンダは、四輪撤退の危機にさらされていた。この危機を乗り越えるためにホンダの総力を上げて開発されたのが、初代シビック(1972年)である。初代シビックは国内外で大成功を納め、ホンダの危機は回避されるのであるが、開発過程では、各部門から集められた担当者達が、コンセプトの創出段階から喧喧諤諤の議論をするという方法が初めて試みられた。この時、デザイナーも開発の初期段階から参画することになるのである。そして、これが「ワイガヤ」(担当部署を離れてワイワイガヤガヤと議論する)、「異質並行開発」(営業、エンジニア、デザイナーから成る混成チームによる開発)と言ったホンダのその後の標準的な開発手法となっていく。
 このような開発手法は、従来の市場調査→企画→開発→生産→販売という、各部署において順々にバトンが受け継がれていく直線的なアプローチと区別して、「ラグビーアプローチ」と呼ばれている(注3)。ラグビーアプローチでは、マーケティング、デザイン、エンジニア、セールスの各部門がスクラムを組むことによって、部門間の対話が促され、問題解決のアイデアが創発される。また、各部署で同時並行的に問題解決のフィードバックが行われるため、迅速な処理が可能になるのである。そして、ここで重要なのは、早期にデザインの方向性が示されるため、各部署が向かうべき方向性が明確なイメージとして共有されることである。この結果、例えば、「車高の低いスポーティなセダン」の実現に向けて各部署で妥協することなく試行錯誤が続けられることにより、技術革新や思いがけない技術の転用によるオリジナリティが生み出されてくるのである。
このように、ラグビーアプローチは、デザインの統合機能を十二分に発揮させる製品開発のやり方として極めて意義深いものと言えよう。初代シビック(1972年)、2代目プレリュード(1982年)、オデッセイ(1994年)、フィット(2001年)と言った革新的でオリジナリティの高いヒット商品の数々は、ホンダにおけるこのラグビーアプローチの成功を象徴するものである(注4)。

**註釈**
(注1)
ロレンツ,クリストファー(1990)[野中郁次郎・紺野登訳]『デザインマインドカンパニー』ダイヤモンド社

(注2)
山田敦郎・他(2004)『ブランドチャレンジ』中央公論新社

(注3)
岩倉信弥(2003)『ホンダにみるデザイン・マネジメントの進化』税務経理協会

(注4)
岩倉信弥・他(2005)『ホンダのデザイン戦略経営』日本経済新聞社
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