コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

企業文化としてのデザイン(3)<第1回>
-デザインの4つの役割-

2005年09月05日 井上岳一


1.はじめに

 本連載では、これまで、デザインを企業文化にまで高めている企業に共通する革新性と高い人間志向性について述べてきた。
 連載の3回目では、より実務的な視点から、企業活動におけるデザインの役割について述べてみたい。

2.デザインの4つの役割

 経営学の分野においてデザインが注目され始めたのは1980年代になってからのことである(注1)。以後、欧米を中心に、経営とデザインの関係に関する研究が蓄積されてきたが、中でも、デザインの果たす役割については、ハーバードビジネススクールのRobert Hayesの整理が参考になる(注2)。Hayesによれば、企業活動におけるデザインの役割には、facilitator, differentiator, integrator, communicatorの4つの側面があり、それぞれ以下のように要約される。
  1. Design as Facilitator(競争力促進ツールとしてのデザイン)
     考え抜かれたデザインは、製造コストを下げ、製品の信頼性を高めるとともに、メンテナンスコストやリードタイムの削減を可能にする
  2. Design as Differentiator (差別化ツールとしてのデザイン)
     機能、品質、価格、製造コスト、開発サイクルが似通った競合商品が溢れる市場においては、優れたデザインが競合からの差別化要素となる
  3. Design as Integrator (統合ツールとしてのデザイン)
     良いデザインを生み出す過程で、デザイン、エンジニアリング、マーケティング、製造といった開発の諸段階における人と機能が統合され、結果として、開発プロセスの合理化が行われる
  4. Design as Communicator (コミュニケーションツールとしてのデザイン)
     デザインは、企業の文化、価値観、イメージを社内外に伝達し、共有させる
以下では、この整理に従いながら、企業活動におけるデザインの役割について述べてみたい。

3.デザインの4つの役割-その1

Design as Facilitator:競争力促進ツールとしてのデザイン
 製造業における競争力の源泉は、いわゆるQCD(品質、コスト、納期)である。我が国の製造業が極めて高い競争力を有するに至ったのは、このQCDの改善(製品の品質・機能・信頼性の向上、製造コストの低減、納期の短縮)に必死で取り組んできた成果に他ならない。そして、この過程で築き上げられたノウハウは、欧米のコンサルタントや学者達によって、JIT(Just in time)やTQM(Total Quality Management)と言った経営手法にまとめ上げられ、画期的な経営革新ツールとして世界中に伝播されていったのである。

 Hayesは、JITやTQMと同様に、デザインが、企業の競争力を促進するための経営革新ツールになると主張する。そして、この根拠として、製造コストの80%は、デザインの最初の20%の段階に依存するという「デザインの2:8のルール」の存在を挙げている。具体的な裏付けのない経験則として示されているため、この「2:8のルール」の妥当性は問えないが、デザインの良し悪しが製造コストに影響を与える点については、経験的には疑い得ない事実である。
 実際、1930年代の米国において、多くの企業がデザインに注目し始めた背景には、製品の売上増加のみならず、製造コストの削減効果に対する期待があった。この時期を代表するインダストリアル・デザイナーであるレイモンド・ローウィは、このことを強く自覚しており、製造コスト削減におけるデザインの重要性を早くから強調していた(ローウィは、日本ではタバコのピースのパッケージ・デザインで有名)。例えば、ローウィの名を一躍有名にしたのは、5年間で18倍という劇的な売上増加をもたらしたシアーズ・ローバック社製冷蔵庫「コールド・スポット」(1935年)のデザインであるが、この成功においてローウィ自身が強調したのは、むしろ外観の簡素化や新素材の使用による製造コストやメンテナンスコストの大幅削減であった(注3)。

 このようにローウィが一貫してデザインによる製造コストの削減効果を強調した背景には、彼自身の営業戦略上の思惑があったであろうことは想像に難くない。売上増加は約束できないが、コスト削減についてはデザイナー自身が直接コミットできる。このため、デザインに対する企業側の理解が進んでいない当時の状況では、コスト削減効果をアピールする方が、トラブルも少ないし、デザイン料に対する費用対効果を納得させやすかったのだろう。いずれにせよ、インダストリアル・デザインの創生期に、コスト削減に対するデザインの役割が強調されていたことは注目に値する。
 デザイナーは、デザイン上の重複や混乱を取り除いたり、新たに組み合わせたりすることによって、製造プロセスを合理化し、生産コストの削減や納期の短縮、メンテナンスコストの削減に寄与することができるのである。デザインによる競争力の促進(facilitate)とは、このデザイナーの能力に負うところが大きい。

 ここで重要なのは、このようなfacilitatorとしてのデザインの役割を十分に発揮させるためには、デザイナーが製品開発の初期段階から参画し、技術者や開発者と一緒に様々なレベルの問題解決を図れるようにすることである。製品の基本仕様や構造が決まった後に、単なる外観のデザインだけで製造コストを低下させるには限界があるからである。外観のスタイリングから仕事を始めたローウィ自身、技術者や依頼主、コストアナリストとの協同作業による問題解決の重要性を強調していたことがこれを裏付けている。
 コストの削減を最初から意識することは、デザイナーにとっての制約となる。しかし、真に優秀なデザイナーは、制約条件の下でこそ、力を発揮するものである。先日、国際的に活躍するインテリア/プロダクト・デザイナーの内田繁氏の話を聞く機会があったが、「デザインとは制約条件の克服であり、制約条件が過酷であるほど、デザインによる飛躍が輝きを増す」と述べていたのが印象的であった。製造コストという制約条件をどのように克服するか。製造コストの削減を製造部門のみに委ねることなく、デザイナーにも考えさせることによって、思いもよらない解決策が生まれる可能性が拡がる。

**註釈**
(注1)
例えば、マーケティングの大家コトラーは、1984年にデザインに関する論文を発表している(Kotler, P.& R. Alexander (1984), “Design, A Powerful but Neglected Strategy Tool”, in M. Bruce and R. Cooper (1997), ’Marketing and Design Management’ International Thomson Business Press)。また、1975年、米国に設立されたDesign Management Instituteは、1980年代後半からハーバードビジネススクールとデザイン・マネジメントに関する共同研究を開始している。

(注2)
Hayes, Robert H. (1990), “ Design: Putting Class into ‘World Class’”, Design Management Journal, Vol.1 No.2

(注3)
ローウィ,レイモンド(1981)[藤山愛一郎訳]『口紅から機関車まで:インダストリアル・デザイナーの個人的記録』鹿島出版会
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ