コラム「研究員のココロ」
成熟企業の管理会計リデザイン
2005年06月27日 斉藤岳
1.はじめに
成熟企業(メイン事業が事業のライフサイクルの成熟期にある企業)の基本戦略は、メイン事業のビジネスモデル再構築または事業多角化であるが、これらを成功させている企業は少ない。本稿では事業の成熟化が企業の戦略やマネジメントに与える影響を明らかにした上で、管理会計のリデザインをトリガーとした企業革新を提案する。
2.成熟企業の現状
日本の多くの成熟企業は、ゆるやかに衰退するメイン事業と中途半端なサブ事業を抱え、以下のような状況に陥っている。
(ア)メイン事業の売上は市場の縮小とともに毎年、減少傾向にある。そして、事業規模が縮小すると共に、利益率は低下し、効率性の面での改善余地(コスト削減、資産圧縮 等)が目立ってきている。
(イ)サブ事業の売上、利益率、資本効率ともに、競合企業対比、大きく見劣りする。多くの場合、サブ事業の規模は事業成功のために必要なクリティカルマスに至っていない。
(ウ)その結果、メイン事業の利益により、サブ事業の損失(または僅かな利益)をなんとか補う状況が長年続いている。
3.成熟企業が陥りやすい弊害
何故、多くの成熟企業はこのような状況に陥ってしまうのだろうか。その原因は、成熟企業が陥りやすい弊害にある。
(1)事業環境は固定化しているという思い込みからくる弊害
一般に、事業が成熟期に至ると事業環境は短期的には固定化するため、中長期に渡っても不変である、という錯覚に陥りやすい。その結果、二つの問題が発生する。
第一に、毎年同じ戦略・施策を繰り返し、その成果や妥当性を何年間も(或いは10数年間も)従来どおりの管理会計の仕組みで評価するようになる。一方、実際には事業環境は緩やかに変化している。中長期のスパンでは市場規模、顧客ニーズ、競合の状況、サプライヤーの状況等の内、幾つかには無視できない変化が起きている。しかし、過去と同じ管理会計の仕組みでは、その変化を把握することは困難であるため、自社の競争戦略上、決定的な環境変化を見落としている畏れがある。
第二に、事業環境が固定化しているという思い込みの下では、迅速な意思決定が求められる場面は少なくなり、タイムリーな管理会計情報の把握は必要とされなくなる。しかし、現在の事業環境は中期の踊り場で、明日からは変化がスピードアップするかもしれない。そうなった時に、タイムリー性が欠如した管理会計の仕組みでは、その変化のスピードに対応することができない。
(2)戦略・方針よりもコントロール・オペレーションが重要という思い込みからくる弊害
成熟期の事業では戦略オプションが殆ど無くなるため、経営トップの意思決定はオペレーショナルなものが中心となる。そして、マネジメントは短期志向、内部志向となり、管理会計の主目的は前年対比や予算対比による部門の業績評価や進捗管理となる。その結果、事業は最低限達成すべきハードルを越えているか、現状延長の場合、価値を創出できるのか、といった冷徹な事業性評価が行われず、過去と同様の戦略が繰り返される。
また、部門の活動コントロールを追求するあまり、全体最適よりも部分最適を志向したマネジメントになりがちである。例えば、機能部門のプロフィットセンター化を過度に徹底すると、各機能部門に利益が溜まり、事業全体の利益が見えづらくなってしまう。
4.管理会計リデザインによる企業革新
これらの弊害から脱却するためには、環境認識や戦略・方針自体にメスを入れるアプローチが考えられる。しかし、この進め方の場合、トップマネジメントや企画・管理スタッフ、現業部門から、「これまでのやり方で何故問題があるのか」、「戦略・方針は既に検討済みである」、といった反発がおこり、現実には困難な場合が多い。
従って、事業の実態をタイムリーかつ的確に把握できる管理会計の仕組みを整備した上で、自発的に事業環境を再認識させ、戦略・方針や組織を見直させる、というステップを取るべきではないだろうか。
(1)の弊害の内、環境変化の見落としについては、製品、顧客、地域といったセグメント別の損益情報によるマーケティング戦略・施策の妥当性評価や、コスト分析に基づく組織、機能、業務、体制の検証をする。また、タイムリーな対応の遅れについては、日次ベースのセグメント別売上・粗利レポートや月次ベースのセグメント別利益レポート等のアジルなレポーティングシステムを整備することによって解決を図る。
(2)の弊害については、事業の利益と投下資本を適切に把握し、ROIC(投下資本利益率)を評価することや、複数年のキャッシュフロー予測に基づき、NPV(割引現在価値)を評価するといった事業性そのものの評価を行う仕組みを管理会計に組み込み、戦略・施策の妥当性を適宜チェックするという対策が有効である。