Business & Economic Review 2005年12月号
【PERSPECTIVES】
所得捕捉率推計の問題と今後の課題-1990年代以降格差大幅縮小との判断は早計
2005年11月25日 調査部 ビジネス戦略研究センター 主任研究員 西沢和彦
要約
- 税務当局による所得の捕捉率が、給与所得では高く、他方で営業所得や農業所得では相対的に低い結果、税制上の公平が損なわれているとされる問題、いわゆる「クロヨン問題」への取り組みが、今日改めて重要な課題となっている。その背景の一つとして、税制改革、なかでも給与所得控除の見直しが政府のなかから具体的に提示されていることがある。給与所得控除は、サラリーマンの経費相当額の控除という意義のみならず、給与所得が営業所得などに比べて相対的に捕捉が容易であることに対する補償という性格も持っており、その見直しに際してはクロヨン問題の是正が前提となるためである。社会保障制度における公平性確保のうえでも、重要な課題である。所得が、児童手当などの給付要件であり、健康保険料などの保険料算定の基礎であるためである。
- もっとも、実際の所得捕捉率については、政府自ら調査・公開するということをわが国はしておらず、もっぱら研究者らの推計が重要な役割を果たしてきた。その先駆けとされる石弘光氏の推計は、1970年代に関して、クロヨンの語源である9割・6割・4割は、若干の数値の異同はあるもののおおむね定量的に裏付けられると結論付けている。石推計の手法を基本的に踏襲し、最も近年の推計である内閣府経済社会総合研究所の大田、坪内、辻氏は、97年の捕捉率はおおむね10割・9割・8割であると、クロヨン問題の大幅な改善をうかがわせる結果を示している。
- しかしながら、これらの推計結果、とくに90年代を対象とした結果の解釈には、推計者らが注意喚起している以上に十分な留意が必要であり、仮にも、今後の政策論議のなかで、これら推計結果のみが参照されるといったことがあってはならない。
- それは、第1に、これら推計の多くが依拠している前提が、今日そもそも崩れつつあるのではないかと考えられるためである。税務当局による捕捉率を推計するには、税務当局が捕捉し集計している所得統計とは別に、わが国において発生している「真の所得」を表す統計が必要であり、捕捉率推計の多くは、それをSNAの国民所得統計によって代替できるという前提にたっているものの、この前提が近年揺らいでいると考えられる。実際、80年代後半以降の国民所得統計における給与所得は、無視し得ぬ規模で過少推計されていると推測される。
- 第2に、推計者らには認識されていない、推計方法における問題点があり、近年特に推計結果に与える影響が深刻になっていると考えられるためである。例えば、駐車場の賃貸料など不動産を源泉とする所得であっても、所得を得る人がそれを事業として行うか否かで、営業所得」か「不動産所得」という税制上の所得分類が異なってくるように、本来「所得」には多面性があることなどが、推計作業において適切に処理されておらず、推計結果に少なからぬバイアスがかかっていると考えられる。
- 第3に、推計者らも認めているように、推計に際しては、統計上の制約などから恣意的な前提を置かざるを得ず、その前提に推計結果が大きく左右されるためである。
- 今後、建設的な政策論議を推し進めていくために、より信頼性の高い捕捉率の定量的情報が不可欠であることは言を待たず、アメリカやスウェーデンなど諸外国の先達の事例などを参照しつつ、政府自らが実態を調査・開示していくことが、諸推計手法の改善および多様化とともに、強く求められている。