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【STUDIES】
わが国の政策コスト分析の課題-政策決定プロセスの透明化・効率化に向けて

2005年04月25日 調査部 マクロ経済研究センター 主任研究員 河村小百合


要約
  1. 2001年4月に、「財政投融資の抜本的な改革」が実施され、その改革の柱の一つとして政策コスト分析が導入された。本稿では、その将来の改革の方向性や、政策運営上の今後の活用の在り方の検討を試みる。その際、アメリカ連邦政府において、わが国の財政投融資に類似する「連邦信用計画(Federal Credit Program)」に含まれるすべてのプログラムを対象に実施されている、「補助金率(subsidy rate)分析」の制度設計や実際の活用振りが、わが国の政策コスト分析の今後後の在り方を考えるうえで、極めて示唆に富むと考えられることから、具体的な例を交えつつ、詳細に検討する。そのうえで、わが国が、政策コスト分析の現行の枠組みを、今後いかに再設計し、政策決定プロセスの透明化・効率化という新たな側面で、活用できるようにしていくことが望ましいのか、また、目先の課題である政策金融機関改革について、政策コスト分析をいかに活用することが望ましいのかを検討する。さらに、政策コスト分析の根本にある「事前・事後の定量的なコスト把握」、という考え方は、財政投融資以外の、他の多くの政策手段についても拡大して適用できるものであること、そしてそれを徹底できれば、単に財政投融資制度にとどまることなく、より広い意味でのわが国の政策決定プロセスの透明化や効率化に資するものとなるであろうことを明らかにする。

  2. わが国の政策コスト分析は、これまでに、「経年比較分析」や「発生要因別政策コスト分析」等の補足的な分析手法が追加されるなど、様々な改善が図られてきた。しかしながら、そのいずれもが、a.財投機関ごと、b.割引現在価値ベースの金額のみ、という基本的な設計の枠内にとどまっている。このため、現行の政策コスト分析では、核心にまで踏みこんだ分析ができないという問題が存在する。例えば、a.各財投機関が実施する、様々な政策目的に対応する事業(例えば特定の高速道路の建設)や融資制度(例えば創業支援目的での中小企業向け直接融資)といったプログラムごとの政策コストが不明である。また、b.政策コストは金額ベースのみの計数であるため、コストの水準を評価する際に、要因(規模・単位当たりコスト)別に分解することができない。例えば、それが、特定の政策目的のもと、そもそもデフォルトする可能性が高い企業を対象にしているといった、「各プログラムの設計に基づく、単位当たりコスト」に起因するものな のか、それとも、融資残高が多額であるために、政策コストの金額が膨らんでいる、といった「規模」の要因によるものなのかを判別できない。さらには、c.分析期間が財投機関ごとに統一されていないために、機関ごとの横断的な評価にはそのまま用いることができない。

  3. これに対して、アメリカの連邦信用計画において実施されている、補助金率(subsidy rate)分析をみると、わが国の政策コスト分析とは、分析の枠組みや実際の予算運営への活用の仕方等の点で、次のような大きな違いがみられる。すなわち、a.所管する機関ごとではなく、プログラムごとに補助金が示されている。b.補助金率分析は、基本的に与信額全体に対する比率で示されている。c.プログラムごとに、詳細な前提条件(デフォルト率や回収率等)やプログラム設計上の特徴が開示されている。

  4. アメリカの補助金率分析は、実際の政策の企画・運営上、次のように活用されている。a.直接融資と保証といった、信用プログラム相互のコストを比較する。b.信用プログラムと、補助金や減税等の他の政策手段を用いるプログラムとのコストを比較する。さらに、c.予算運営の面で、発生主義会計を導入し、各プログラムについて、補助金率に基づいて算出された、長期的な補助金コストの推計金額(割引現在価値ベース)を、当初年度の歳出として計上し、次年度以降、補助金コストの推計額の増減に応じて歳出額を調整する。すなわち、補助金率分析の成果を、毎年の予算編成に組み込み、財政運営上の規律付けにも活用する仕組みが確立されている。

  5. ブッシュ政権による、中小企業庁所管の信用プログラムに関する政策運営は、補助金率分析が、実際の政策の企画・運営に役立てられている好例である。中小企業庁の看板プログラムである「7(a)プログラム(中小企業に対する一般的な融資保証)」について、精緻な補助金率分析を基に、2003会計年度には、その制度設計をきめ細かく変更して受益者となる中小企業を重点的に絞り込んだり、2005会計年度には「“no subsidy (補助金ゼロ)”化」を実施するなどの動きがみられる。

  6. アメリカでは、補助金率分析の根底にある、「事前・事後の定量的なコスト把握」という考え方が、連邦信用計画のみならず、他の政策分野全般に浸透している。このことにより、政策運営プロセスが透明化・効率化されているほか、議会や世論における議論の活性化にもつながっている。その典型として、連邦政府によるPART Assessments という、広範な政策プログラムを対象とする政策評価の枠組みが挙げられる。そこでは、定量的な判断指標のなかに、事前・事後のコスト指標が必ず含まれ、信用プログラムの場合には、コスト指標として補助金率分析の成果も活用されている。そのほか、定性的な判断指標も加えることにより、総合的な政策評価が行われている。

  7. アメリカの補助金率分析や、その根底をなす「事前・事後の定量的なコスト把
    握」という考え方を参考に、わが国でも、政策コスト分析をさらに有効に活用するために、その枠組みを、次のように再設計することが求められる。すなわち、a.政策コスト分析の枠組みを、財投機関単位からプログラム単位に改める。b.コストの表示を金額ベースばかりではなく、プログラムの単位当たりコスト(与信額ないしは事業額に対する比率)を加える。c.コスト算出の前提条件を、プログラムごとに詳細に開示する。

  8. 経済財政諮問会議が本年、検討に着手することを表明している政策金融機関の改革に際しても、まず、プログラムごとに政策コスト分析を実施することを、国の責任において各政策金融機関に徹底させることが必要である。それにより、各プログラムのコスト対効果や、政策金融という政策手段を選択することの適切性を、客観的に検証することが可能となろう。さらに、プログラムごとの検証をボトム・アップ方式で積み上げたうえで、各分野において政策金融が担うべき役割や、各政策金融機関の改革の方向性を検討すべきであろう。

  9. 今後は、政策コスト分析の対象として、財投投融資対象事業のうち、現在対象となっていない地方公共団体や特別会計も含める必要がある。加えて、政策コスト分析の範囲を、財政投融資制度に限定することなく、信用供与にかかるすべてのプログラムにまで拡大することが求められる。そして、政策コスト分析の根底にある、「事前・事後の定量的なコスト把握」、という考え方を、信用供与以外の他の政策手段にも拡大して適用し、その実践を徹底する。こうして、政策コスト分析や定量的なコスト把握を、政策評価や予算編成プロセスへ組み込めば、わが国の政策決定プロセスの透明化・効率化が図られ、ひいては厳しい財政状況のもとで実効的な歳出削減を実現することも可能となろう。このように、政策コスト分析や、その根底にある「事前・事後の定量的なコスト把握の徹底」という考え方は、活用の仕方次第では、わが国の今後の政策・財政運営を改革していくうえでの有力なツールとなり得るものである。
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