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Business & Economic Review 2007年02月号

【STUDIES】
地方自治体の起債マネジメントの方向性

2007年01月25日 調査部 マクロ経済研究センター 主任研究員 河村小百合


要約

  1. 地方自治体の起債環境が、地方財政制度、地方債制度、金融環境といった、様々な側面で大きく変化している。本稿では、こうした状況下、各自治体が、a.起債コストの最小化と、b.金利変動リスクの最小化、という、一見相反する政策目標を、ベスト・バランスで達成するための、起債マネジメントの具体的な方向性について検討する。

  2. 起債マネジメント上の、調達年限の配分の在り方を検討するため、デュレーションは一定との前提のもとで、a.ブレット(弾丸)型(デュレーションに相当する中期の年限のみで、負債全額を借り入れ。現状の自治体の調達方式の主流)、b.バーベル型(負債ポートフォリオの半額ずつを、短期と超長期の両極端の年限で借り入れ)を適用した際の起債コストをそれぞれ試算してみると、わが国の量的緩和の状況下でみられた、「順イールド・下に凸」という形状のイールド・カーブのもとでは、ブレット型の方が調達コストは小さくなるものの、足許の「順イールド・上に凸」という形状のイールド・カーブのもとでは、バーベル型の調達コストの方が小さくなることがわかる。

    わが国の自治体のモデル・ケースの償還プロファイルを用い、先行きの金利見通しに関する四つの異なるシナリオを適用して、複数年ベースでの試算を行っても、おおむね同様の結果が得られる。以上の試算結果は、一定の条件付きではあるものの、10年年限中心の地方債の従来の調達慣行に代わり、短期と超長期の年限の組み合わせで調達を行えば、調達コストを一定程度節減できる可能性があることを示している。

  3. 次に、先行きの金利変動リスクを、与信元である金融機関側が負担する固定金利方式ではなく、与信先である自治体側が負担する変動金利方式(長期金利連動・短期金利連動)とした場合、先行きの起債コストや金利変動リスクにはどのような影響が及ぶのかを、前章と同じ4通りの金利シナリオを用いて試算した。

    結果を金利方式ごとにみると、4通りの金利シナリオから試算される起債コストの期待値としては、現行の固定金利方式が最も大きく、長・短期金利連動方式では相対的に小さくなるものの、逆に、金利シナリオごとのコストのバラツキ度合いによって観察される先行きの金利変動リスクは、長期金利連動方式や短期金利連動方式の方が大きい結果となる。

    また、金利シナリオ別に、方式ごとの起債コストを比較すると、どの金利方式が最もコスト安となるかは、先行きの金利シナリオの内容に大きく依存することがみてとれる。

    こうした試算結果は、自治体は、調達の金利方式次第で、起債コストを節減できる可能性があるものの、その節減効果の程度は金利シナリオ次第の部分もあり、また、金利方式ごとに自治体側が負担する先行きの金利変動リスクも異なってくることから、実際にはコストとリスクの双方を慎重に検討する必要があることを示唆している。

  4. 海外主要国の公的な経済主体の起債マネジメントの実情をみると、欧州各国の中央政府を中心に、先進的な金融手法を導入する動きが近年進展している。起債マネジメント上の目標に据えられている指標は、かつてのデュレーションに代わり、近年では、a.リファイナンス比率(一定期間内に、満期を迎え再調達される元本の金額が負債全体に占める比率)、b.金利リフィクシング比率(一定期間内に、金利が改定される負債の元本金額が負債全体に占める比率)、c.固定金利比率(固定金利方式での負債の元本が、負債全体に占める比率)、といった、先行きの金利変動リスクにかかる指標が中心となっている。これらの国々では、別途、起債コストとリスクを金利モデルにより定量的に把握する「コスト・アット・リスク分析」も実施し、併用しているケースが多いものの、起債マネジメント上の目標としては、軒並み、上述の金利リスク管理指標が掲げられている。

    わが国の自治体としても、実用化には様々な課題のあるコスト・アット・リスク分析に必ずしもよらなくとも、扱いやすく、また一般にも理解しやすい、リファイナンス比率等の金利変動リスク管理指標を、起債マネジメント上活用する余地が十分にあると考えられる。

  5. このうちリファイナンス比率が、ブレット型・バーベル型調達を適用した場合にどのようになるのかについて、わが国の自治体のモデル・ケースについて試算を行った。ブレット型調達を行う場合のリファイナンス比率の試算結果をみると、目先数年間に大量償還を迎えるため「コブ」が形成され、それが10年サイクルで繰り返される結果となる。他方、バーベル型で調達を行うと、短期的なリファイナンス比率はブレット型よりもさらに上昇するものの、中・長期的には同比率は一定程度抑制されることがみてとれる。もちろん、実際の償還プロファイルは各自治体ごとにかなり様相を異にしているため、各自治体は、仮にバーベル型調達や変動金利方式の調達を採り入れるのであれば、このような金利リスク管理指標を基に、それぞれどの程度であれば先行きのリスク管理上の許容範囲内といえるのかを、慎重に検討する必要がある。

  6. 近年の環境変化により、各自治体が自律的な起債マネジメントを行う余地は拡大しており、今後は、その工夫次第では、起債コストとリスクの間での最良のバランスを達成することを目指すことも可能となる。具体的には、10年年限中心であった従来の手法に代わり、バーベル型の調達を採り入れれば、一定程度起債コストを節減できる可能性がある。

    ただし、その節減幅は、先行きの金利シナリオ次第の部分も大きく、また、短期的には自治体の負担する金利変動リスクが大きくなる可能性もあるため、リスク管理指標であるリファイナンス比率等を活用し、将来の各年度における金利変動リスクが過度に大きなものとならないよう留意することも必要である。変動金利方式の導入についても、先行きの金利シナリオ次第では、調達コストの節減が期待できるものの、同時に自治体側が負担する金利変動リスクは大きくなるため、どの程度であれば許容範囲内といえるのかを、同様にして慎重に検討する必要があろう。

  7. 加えて、国においてすでに導入されているスワップ取引が自治体についても認められることになれば、満期到来前の既発債の一定部分について、起債コストを節減することも可能となろう。例えば、高水準の固定金利が付されている過去の政府資金引き受けでの超長期の起債分等について、固定金利の水準にもよるものの、補償金を支払って政府に繰り上げ償還することなしに、「固定金利受け・変動金利払い」のスワップ取引を自治体がオファーすることができるようになれば、取引が成立し、自治体側は利払い費を節減できるケースも出てこよう。

    ただし、その際に、自治体側には、変動金利方式の調達を導入するのと同じ効果が生じるため、スワップ取引を組むことに起因する先行きの金利変動リスクが過大なものとならないように、リスク管理指標を用いて、慎重に管理することが求められるのは言うまでもない。

  8. 加えて、今後、自治体に対して、自律的な財政運営の一環としての自律的な起債マネジメントを、わが国として本気で促そうとするのであれば、地方債制度そのものの基盤を、そうした自律的な運営にふさわしいものに改革していく必要がある。ちなみに、わが国の従来の地方債制度は、元利償還金の交付税措置やいわゆる「補助裏債」という制度等に典型的に認められるように、起債に際しての債務の償還責任を、国と地方のどちらが負うのかをあえてあいまいにしてきた制度であったとみることができる。また、本来は金融取引であるはずのこの分野に、財源保障や財政調整といった財政政策運営の要素が盛り込まれてきた面があることも否定できない。

    本来、債権者と債務者が明確に認識されて然るべき地方債の分野に、財源保障や財政調整の要素を混在させることは望ましくない。折しも、新しい地方再生制度の実現に向けての議論が現在進められている。自治体による真の意味での自律的な起債マネジメントが可能となるためには、そうした検討と合わせ、地方財政制度改革のなかにおける地方債制度の位置付け、および改革のあるべき方向性についても十分な検討が行われることが前提となろう。
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