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CSRを巡る動き:改正育児介護休業法で加速する雇用慣行の転換

2021年08月02日 ESGリサーチセンター、清水久美子


 2021年6月3日、国会で改正育児・介護休業法が成立しました。(1)2022年4月からの男性の育児休業取得促進のための子の出生直後の時期における柔軟な育児休業の枠組みの創設、(2)育児休業を取得しやすい雇用環境整備及び妊娠・出産の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付け、(3)2023年4月からは常時雇用する労働者数が1,000人超の事業主において育児休業の取得の状況の公表の義務付け、などが主な内容となっています。今回の改正では、企業側に枠組みづくりや環境整備を促すだけでなく、取得率の向上につながる具体策をコミットさせている点が特徴だと言えるでしょう。

 こうした背景には、前回の法改正から10年以上が経過し、現在の延長では、父親の育児休業の取得促進に限界があると判断されたことがあげられます。2009年の法改正以降、父母ともに育児休業を取得する場合に休業可能期間を延長できる「パパ・ママ育休プラス」創設、厚生労働省「イクメンプロジェクト」による情報発信、イベント、セミナー実施等による啓蒙活動が行われてはきました。しかし、2019年度の育児休業取得率は女性が83.0%に対し、男性は7.48%という水準でした(注1)。2009年時点では83.7%。男性は1.38%(注1)であったことから多少改善しているものの、2019年度の民間の調査において育児休業の取得希望がありながら取得できなかった男性社員の割合は37.5%に上ることが分かりました(注2)。男性が育児休業を取得しづらい理由の上位は、「収入減につながるから」の他、「職場が育児休業制度を取得しづらい雰囲気だったから」25%、「残業が多い等、業務が繁忙であったから」18.1%、「自分にしかできない仕事や担当している仕事があったから」16.7%となっています(注2)。このことから、育児休業を取得しやすい雇用環境整備とは、育児休業取得の対象者に限らず、全従業員を対象に慣行を変えていく必要があると判断されるに至ったのです。

 育児休業を取得しやすい環境整備を進める結果として、(1)生産性が向上する、(2)育児休業を取得した社員の勤労意欲が高まる、(3)優秀な人材を惹きつけるなどのポジティブな側面が期待されています。
 その一方で、ネガティブな側面もあります。育児休業取得促進によって、休業に伴い生じる代替人員の確保ニーズが広がり、そのコストの吸収をスムーズに行う必要性が高まります。ここで、吸収方法の巧拙によっては、企業内または社会的な新たな格差を生んでしまいかねません。例えば、企業が育児休業取得対象の除外とできる有期雇用者の割合を高める、といった選択を行う可能性もあります。これによって、社会保障が受けられる労働者とそうでない労働者の格差・分断が広がる恐れもあります。また、生涯未婚率が高まっている今、企業内でも「育児休業できる人」と「代替ばかりさせられる人」の分断を招きかねません。

 今回、育児休業取得状況の公表が義務付けられたことによって、育児休業取得推進の流れが後退することは、もはやないと考えられます。同時に、慣行を確実に変えていくためには、企業は職務や人事考課の公開性を高めていくことがより強く求められるでしょう。社員との合意を図るだけでなく、年齢に関係のないキャリア形成を実現することにつながるからです。それによる人材の流動性の高まりを容認すること、企業による社会保障を受けられなくなる労働者に対し、住宅手当や子ども手当等、国に社会保障の充実を求めていくことも、これからの企業の社会的責任となるでしょう。

(注1)厚生労働省「雇用均等基本調査」
(注2)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成30年度仕事と育児の両立に関する実態把握のための調査」


本記事問い合わせ: 清水 久美子
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