オピニオン
人と環境のつながりが生み出す「強い農業・農村」
2021年07月13日 三輪泰史
今回のコラムでは、農業振興、地域振興に関する意欲的な取り組みを数多く実施している栃木県茂木町を取り上げます。茂木町は栃木県南部の中山間地に位置する人口一万人強の自治体です。カーレースが好きな方は「ツインリンクもてぎ」をご存じかと思います。私たち日本総合研究所・農業チームは、茂木町と農業振興に関する協定を締結(※注)し、スマート農業等の最先端の取り組みを一緒に推進してきました。
(※注)プレスリリース:茂木町との先進農業モデル及び当該モデルを核とした地域振興施策の研究に関する覚書締結
茂木町の取り組みの代表格が、町が運営する道の駅「もてぎプラザ」です。B級グルメのコンテストで優勝した「ゆず塩ラーメン」が名物で、地場農産物の直売所、地元の特産品の販売所やバームクーヘンショップも好評を博しています。ゆず塩ラーメンには地元産のゆず、バームクーヘンには地元産のコシヒカリというように、地場の農産物をうまく生かした商品開発がなされている点が特徴的です。他にも地元の食品メーカー、農業者、自治体職員が知恵を出し合って地元色溢れる魅力的な商品を次々と生み出しており、それを楽しみに何回も足を運ぶリピーターも多数います。
農業生産における取り組みとしては、町が(間接的に)出資する美土里農園という農業法人が注目されています。新規就農者や地域おこし協力隊(OBを含む)といった若手の農業者が中心となって運営しており、温室でのイチゴ狩りは茂木町の新たな観光スポットとなっています。栃木県の新品種である「とちあいか」の栽培、イチゴ狩りやジャム販売といった6次産業化、スマート農業実証への参画といった意欲的な活動を行っており、中山間地における好事例として他地域からも関心を集めています。
このように茂木町ではさまざまな挑戦がなされていますが、それぞれがバラバラに展開されているわけではない所に、成功の秘密が隠されています。茂木町の農業・食の取り組みを横断的に支えているのが、町独自の「美土里堆肥」という農業資材です。茂木町では、落ち葉、間伐材、もみ殻、家畜排せつ物等をもとに、有機物リサイクルセンター(堆肥センター)で良質な堆肥を生産し、地元の農業者はそれを用いて高品質な農産物栽培を行っています。特徴的なのが、落ち葉や間伐材の収集に地元の住民が積極的に参加している点です。住民が集めた落ち葉等を町が有償で買い取る仕組みで、金額はそれほど高くはないものの、地域の自然や農業を守り、活性化したいという想いも相まって、多くの住民が積極的に里山のバイオマスを収集しています。公共事業で間伐材等を収集するより、住民参加型の方がストーリー性に富んでおり、そのような活動から生まれた堆肥、そして農産物の付加価値の源泉となっています。また住民の皆さんにとっても、地域の農業・環境に貢献しているという実感が生まれやすく、住民間のつながりの強化にも効果を発揮しています。
農業では古くから入会地(コモンズ)という制度がありました。入会権に基づき、地域の住民が共同で里地里山の薪炭材や山菜・キノコ等を共同管理、共同利用してきたのです。近現代となり土地所有制度が厳格化される中でコモンズの利用は下火になっていき、里山の荒廃が進んでしまいました。クマ等の野生動物が住宅地に頻繁に出現するようになったのも、里山の荒廃が一因とされています。しかし近年、コモンズを取り巻く環境は大きく変化しています。SNSを活用したコト消費の喚起やバイオマス関連技術の発展により、新たなコモンズの利用方法が生まれています。茂木町のように「現代版のコモンズ」を確立することが、今後の中山間地の振興策の一手となると考えています。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。