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アジア・マンスリー 2021年7月号

ポスト・コロナに向けて進むアジア経済

2021年06月25日 野木森稔


アジアでは台湾とベトナムといった輸出主導の国・地域で好調が続く。回復に出遅れたフィリピン、インドネシア、インドもキャッチアップの動きを見せるが、米金融政策の正常化が行く手を阻む可能性がある。

1.輸出主導の国・地域では景気回復が加速
アジアでは景気回復が続いているが、そのペースにはばらつきがみられる。中国は新型コロナの感染抑制を早期に成功させ、回復基調を強めている。中国向け輸出とIT関連輸出が大幅に増加した台湾とベトナムも速いペースで回復している。その後を香港、シンガポール、韓国が追う形であり、外需比率が高い国・地域の経済活動は新型コロナ前の水準まで戻っている(右上図)。一方、出遅れが目立つのがフィリピン、タイ、インドネシアといった東南アジア諸国である。これらの国では輸出の増加よりも、内需の低迷の影響の方が大きい。タイは財輸出の比率が高いものの、インバウンド需要への依存度も高く、外国人観光客が戻らないことが景気下押しの大きな要因になっている。

先行きについては、以下の三つの要因により、外需主導でアジア景気の回復が続く見込みである。第1に、中国の力強い回復が続くことが挙げられる。政府による投資抑制策が予想される一方、個人消費の回復傾向が一段と強まることが見込まれる。感染者が出ても早期の封じ込めが可能な体制が整うなか、ワクチン接種率はすでに66.1%(累計接種回数の人口比、6月17日時点)に達しており、活動規制による景気下押しの可能性は大きく低下している。そのため、アジア諸国の中国向け輸出の拡大が続く可能性が高い。

第2に、半導体需給がひっ迫するまでに高まっているITブームの継続である。コロナ禍で特需となった医療関連は、不織布マスクの出荷量がピークアウトするなど勢いが鈍っている一方、テレワーク向けなどのIT関連向け需要は引き続き堅調が見込まれる。

第3に、3月に1.9兆ドル規模の追加経済対策(米国救済計画法)が決定した米国への輸出増加が見込まれる。追加経済対策には、1人あたり最大1,400ドルの個人向け給付金支給や失業保険の上乗せなどが含まれ、個人消費を上押しするとみられる。これにより米国経済は+2%程度押し上げられる見込みであり、米国向け輸出増がアジア諸国の景気を押し上げる可能性がある。

このように、中国の景気回復、IT特需の継続に加え、米国の景気回復の恩恵もあり、輸出主導の国・地域で回復ペースは強まると見込まれる。2021年にアジア全体の成長率は前年比+8.0%と前年の同+1.9%から反発し、なかでも中国、台湾、ベトナムが高成長を達成すると見込まれる(右上表)。一方、内需面は、中国を除く多くの国ではワクチン普及ペースが遅れており、低迷から脱し切れないと考えられる。内需比率が高いフィリピン、インドネシア、インドでは回復ペースが緩慢となり、本格的な回復は2022年以降になると予想される。

2.ポスト・コロナで試されるアジア金融・経済の安定性
2022年にかけての本格回復に向けた動きに水を差す可能性があるのが、米国における金融政策の正常化である。2013年5月、米FRBが量的緩和の縮小を示唆したことで新興国の資本流出が加速し、新興国市場で混乱が生じた(テーパー・タントラム)。この時、トルコ、南アフリカ、ブラジルとともにインドとインドネシアは「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5通貨)」と呼ばれ、急速な通貨下落に見舞われ、景気は大きく下振れした。今のところアジアの為替市場は、経常収支の大幅改善に支えられ、総じて安定的に推移している。IMFが公表した『外貨準備の充足状況の評価』では、トルコ、南アフリカなどで外貨準備の不足が続くとされている一方、ほとんどのアジア各国・地域は問題ないと評価されている。

もっとも、先行きの不確実性は大きい。米国では、景気回復傾向が明確であり、米FRBによる資産買い入れの段階的縮小(テーパリング)に向けた議論が予想より早く進む可能性がある。アジア各国・地域でも、ワクチン接種の進展で内需が急回復する場合、輸入の急増による経常収支の悪化で外貨が流出し、通貨が下落する可能性がある。IMFは、インド、インドネシア、フィリピンが、2021年に経常収支を悪化させると予想している。さらに、コロナ禍では、アジア各国・地域で財政・金融政策が積極的に発動された。そのため、多くの国の財政収支は大きく悪化する見込みである。インドネシアは、財政赤字をGDP比3%以内に抑える財政規律ルールを一時撤廃したほか、中銀による国債の直接引き受けを実施している。同国の国債は、海外投資家の保有比率が高く、財政リスクの高まりが嫌気されると金利上昇につながりやすい。フィリピンでは、政策金利を過去最低水準で据え置くなか、インフレ率が中銀の目標を超えて上昇している。これが自国通貨を下落させ、それがさらにインフレを加速させる悪循環に陥る恐れがある。

以上のように、①米国金融政策正常化の前倒し、②アジア新興国における経常赤字の再拡大、③アジア新興国における過度な財政・金融緩和、といった火種が市場の混乱を招く可能性がある。特に、フラジャイル・ファイブの一角であるインドネシアとインドに加えて、フィリピンでは、通貨の下落圧力が高まる可能性があり、実際にそうなれば、本格回復への道がさらに険しくなるであろう。

3.中国がもたらすアジア経済の成長とその裏で高まる警戒論
アジア景気の全般的な堅調を見込む一因である中国経済への依存度の強さが、リスクとなりうる点にも注意が必要である。コロナ禍からの回復が早かったこともあり中国はアジア内での存在感を一段と高めた。特に、貿易取引額に占める中国向けの比率は2020年後半に大きく上昇し、2021年に入っても高い水準で推移している。加えて、中国が参加する初の広域貿易協定である東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定も早ければ2021年末にも発効する見込みであり、対中取引を後押しする可能性がある。とりわけ、同協定では、インドが不参加になっているため、中国の影響力がより高まる可能性がある。アジア向け投資が多く含まれるとされる中国の「一帯一路沿線」向け対外直接投資は、1~4月期に前年同期比+14.0%と大幅な増加となり、中国が投資面でもアジア経済の支えとなっていることが示されている。

さらに、中国はワクチン外交を積極化しており、東南アジアを中心に中国製ワクチンのシェアが高まっている(次頁右上図)。これまで、先進国が国内への対応に追われるなか、中国はアジア圏、特に東南アジアへの感染抑制の支援に早期に乗り出していたことも、中国の存在感の高まりに寄与している。

しかしながら、中国に対する欧米からの圧力は着実に強まっている。政治・外交面で多くの問題が生じていることから、アジア諸国が中国経済への依存度を高めることは潜在的なマイナス面も多いと言えよう。人権問題では、ウイグル自治区で生産された綿の利用を巡り、日米欧のアパレル・メーカーへの批判が高まり、当該企業は対応を迫られた。日本を除くアジア企業への影響はまだ限定的だが、対中国ビジネスでのリスクは高まる方向にある。

さらに、欧米は安全保障の観点から中国を中心とするサプライチェーンへの警戒感を強めている。特に、半導体産業で大きなシェアを有する台湾について、米インド太平洋軍のデービッドソン司令官が3月9日に米上院軍事委員会の公聴会で「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と発言したことなどから、台湾を巡る地政学リスクへの意識が急速に高まった。欧米当局は半導体産業の自国・地域への誘致策を積極化しており、それに乗じて世界3大半導体メーカー(台湾のTSMC、米国のインテル、韓国のサムスン)は欧米での工場建設について検討を始めている(下図)。仮に半導体産業の生産機能の多くが欧米に移ることになれば、周辺産業への影響も大きいだろう。欧米に近いメキシコや東欧諸国が関連産業の移転候補となるなど、アジア全体でのサプライチェーンに大きな逆風となる。

このように、中国に依存したアジア経済回復の構図は、リスクを内包している。アジアには、未来の超大国として期待が高まるインド、中国の次の世界の工場と目されるASEANがあるが、現状、その存在感は中国に大きく劣後する。アジアが中長期的に安定した発展を続けていくためには、インド経済やASEAN経済が勢いを取り戻し、中国経済に過度に依存しない、バランスのとれた経済圏となっていく必要がある。
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