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『リアルワールドデータ』のビジネスでの活用に関する現状と今後の期待

2021年04月16日 東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 臨床疫学・経済学 康永秀生教授、熊澤良祐、株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 ヘルスケア・事業創造グループ、川崎真規小倉周人、徳永陽太、野田恵一郎




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 コロナ禍における国民の健康意識の高まりもあり、健康アプリ等の健康・医療データを取得できるサービスが増えていくことが想定される。また、ヘルスケア関連の企業を中心に、このようなデータに対するニーズも存在している。また、従来のように医療に関するデータが限られた時代から、データが事業活動や研究に活用しやすい時代に変わっていると言える。これらのデータ活用はヘルスケア産業に関わるビジネスの検討において欠かせない要素となっているのではないだろうか。
 ただし一方で、これらのデータは「リアルワールドデータ(以下、RWD)」と称され、ビジネスの検討の場において議論の中に登場することはあるが、このRWDについての理解や認識が一致していない場合がある。また、RWDのビジネス活用の入門書は多くなく、ビジネスマンがRWDに関する基本情報の共通認識を持ち、RWDを利用した自社事業展開を考えるための情報が必要ではないかと考えている。
 そこで本紙では、ビジネスにおけるRWDの活用に関する基本情報について、研究者でなくても、ヘルスケア産業に従事するビジネスマンが知っておくと良い事項を記載した。各社でのヘルスケア産業の事業展開に役立てていただきたい。

1.「医療ビッグデータ」に関連する種々の用語の整理
 「医療ビッグデータ」という言葉は極めて多義的であるが、大きく分けて「1)保健医療介護のリアルワールドデータ」と、「2)ライフ・サイエンス系のオミックス情報」の2種類がある。まず、これらが包含する概念も含めて用語を整理する。

1)保健医療介護のリアルワールドデータとは
 保健医療介護のリアルワールドデータ(real-world data, RWD)は、「①臨床疫学系RWD」と「②健康予防系RWD」に区分される。本稿では、前者のみを「狭義のRWD」、両者をあわせて「広義のRWD」と定義する。
 狭義のRWDとは、医療現場での日常診療から恒常的に発生する患者情報を収集し、それらを構造化して蓄積させたデジタルデータの総称である。2000年以前、患者情報は紙媒体で収集・保管されていた。近年の情報技術の革新により、電子媒体による収集・保管が可能となり、RWDの活用が始まった。
 2017年の個人情報保護法の改正、2018年の次世代医療基盤法の施行を経て、個人情報を保護しつつ適正にRWDを活用するための環境が整備された。現在、各医療機関にばらばらに存在している医療情報を収集し、健康・医療に関する研究開発や新産業創出を促進することで、健康長寿社会の形成のためにRWDを利用しようとしている。また、RWDを用いた研究より得られたエビデンスは、リアルワールドエビデンス(以下、RWE)と言われている。

①臨床疫学系リアルワールドデータ
 本稿では、下記に示す臨床医学系RWDを「狭義のRWD」と定義する。通常、RWDといえば、これらを指している。狭義のRWDには、患者登録(patient registry)、保険データベース(急性期入院医療に係る診断群分類別包括評価のデータ(Diagnosis Procedure Combination - DPCデータ)、特定健診・レセプト情報、介護レセプト情報など)、電子カルテ情報、などがある。

①-1.患者登録 
 患者登録(patient registry)とは、特定の疾患を持つ患者の詳細なデータを多施設から特定の目的のために収集・登録するシステムの総称である。主な目的は、特定の疾患の罹患率や有病割合を調べたり、疾患の経過や予後を把握したりすることである。多施設で実施されることが基本であり、データを収集する主体は国や学会をはじめとする研究団体であることが多い。
①-2.保険データベース
 保険データベースとは、Diagnosis Procedure Combination (DPC)データ、特定健診・レセプト情報、介護レセプト情報などの公的医療保険データを集積したデータベースである。本来は診療報酬請求の目的に用いられるデータを、匿名化した上で研究目的に二次的に利用するためのデータベースである。
①-3.電子カルテ情報
 全国レベルの保険データベースよりもずっと小規模であるものの、多施設からレセプトデータやDPCデータに加えて、電子カルテなどから収集した検査データなどの記録を統合したデータベースがある。

②健康予防系リアルワールドデータ
 健康予防系RWDとは、スマートフォンアプリ、ウェアラブルデバイスや家庭内診断用センサーデバイスなどを用いた、生活習慣病予防等に活用される種々の情報である。本稿では、前項の臨床医学系RWDと、健康予防系RWDを併せて「広義のRWD」と定義する。
 健康予防系RWDは、健常者・患者を含めた社会生活者が、日常生活を送る中で生成される健康関連のデジタルデータの総称である。これらのデータは、スマートフォンアプリ、ウェアラブルデバイスや家庭内診断用センサーデバイスなどによって取得される。

2)ライフ・サイエンス系のオミックス情報
 本稿の検討対象外ではあるものの、参考までに、オミックス情報に関する概略を以下に示す。
 オミックス情報とは、生体分子に関する網羅的な情報である。ゲノム(genome)、トランスクリプトーム(transcriptome)、プロテオーム(proteome)、メタボローム(metabolome)など様々な生体分子情報の集合体を指す。次世代シーケンシング(ゲノムの塩基配列を高速に読み出す技術)の普及により、大量のオミックス情報が収集・蓄積され、多数の患者のオミックス・データを集積したデータベースである「バイオバンク」も多数構築されている。

3)リアルワールドデータ概念図
 ここで、RWD等データの類型を整理する。類型化の軸は、[a]ビッグデータか否か、[b]医療のビッグデータか否か、[c]保健・医療・介護・健康のデータ(広義のRWD)か否か、[d]臨床疫学系データ(狭義のRWD)か否か、の4点である。
 [a]ビッグデータか否かについて、健康・医療系データであっても、数百名程度のデータはビッグデータとはいえない。たとえば、RCTデータは、健康・医療系データとして各種研究に使われる重要なデータであるものの、データサイズはそれほど大きくないため、RWDという言葉の定義には含まれない。
 [b]医療のビッグデータか否かについて、たとえば、ソーシャルメディア・顧客情報・金融や生命保険情報などは巨大なデータサイズを有するものの、医療関連データではないためRWDには含まれない。そして、ビッグデータでありかつ医療関連データである「医療ビッグデータ」は、第4節のオミックス情報と、保健医療介護データに分類できる。ただし、オミックス情報は生体分子に関する網羅的な情報であり、RWDとは異なる。
 [c]そこで、保健・医療・介護・健康データを広義のRWDとして整理した。さらに、この広義のRWDは、臨床疫学系RWDと健康予防系RWDに区分できる。このうち、[d]臨床疫学系RWDを狭義のRWDとして整理した。
 以上を踏まえ、関係者間で共通した認識が持てるよう整理した全体像と各種データの位置関係を示す。



2.ヘルスケア産業におけるRWDに対する認識
 昨今、ヘルスケア産業では、RWDに対する注目度が高まってきている。特に、医薬品・医療機器の研究開発でのRWD活用をはじめ、医療・健康系アプリなどから取得されるRWD活用に関する取り組みが活発になっている。このような背景を受け、実際にヘルスケア関連ビジネスに従事するビジネスパーソンが、RWDについてどの程度理解し、どういった認識を持っているかについてアンケート調査を実施した。

1)アンケート調査方法
 本調査は、GMOリサーチ株式会社のモニターパネルを活用し、2021年2月18日~2月23日の期間にアンケート調査を実施した。
 本調査の主目的は、RWDのヘルスケア関連業界別の理解度・活用状況を把握することにある。そのため、ヘルスケア関連業界を「製薬」「医療機器」「介護」「健康」「食品」「保険」「IT・デジタル」の7業界と設定し、「RWDの種類等について把握できているか?」という問いに対して、「十分把握できている、概要は把握できている、あまり把握できていない」とした回答者(有効回答者)が各業界50名は得られるようにして進めた。これら各50名×7業界の350名を有効回答者として、RWDの種類等についての理解度、利活用の現状(活用状況、活用目的、活用できていない場合の課題等)についての設問を設定した。

2)アンケート調査結果および考察

①RWDに対する認知度・理解度
 ヘルスケア関連業界の方の全回答者数は、3490名であった。また、以下の表には、RWDの種類等を「十分把握できている」、「概要は把握できている」、「あまり把握できていない」のいずれかを選択した方の合計人数を①、RWDの種類等「把握できていない」と回答した人数を②として示す。
 全体では、RWDを少なからずとも把握している方 (①)は全体の15%であった。また、業界別にみると、「IT・デジタル」ではRWDを少なからず把握している方は7%であった。



 ここから以降の分析は、上記の①において、各業界50名をランダムに抽出し、計350名を有効回答者数として分析を進めた。
 有効回答者のうち、「現在、あなたはRWDの定義や種類についてどの程度把握できているか」について回答を募った。この結果、「十分把握できている」と回答した方は12%、「概要は把握できている」と回答した方は32%であり、半数以上の方は「あまり把握できていない」と認識している。また、業界によって認識にばらつきがあり、「保険」については、74%の方が「あまり把握できていない」と回答した。
 これらの結果より、業界ごとにRWDに対する認知度・理解度が異なっていると考えられる。また、「製薬」では認知度・理解度が他のヘルスケア産業従事者よりも進んでいる可能性が高いと考えられる。



②RWDの種類に対する理解
 有効回答者に対し、「RWDと聞いて思い浮かべるデータ」は何か複数回答を募った。



 調査の結果、全体の25%は「思い浮かべるRWDはない」と回答しており、RWDの具体的なデータが何か、イメージしにくい状況にあると考えられる。業界別では、「製薬」「医療機器」は10%程度、「介護」は約20%であったが、「健康」「食品」「IT・デジタル」に至っては約30%が、「保険」は約半数が思い浮かべるRWDがないと回答した。
 また、全体としてRWDとして多くの方がイメージしたデータは、電子カルテデータ、レセプトデータ、そしてRWDではないが、ゲノム(遺伝子情報)データであった。ただし、いずれも約30%の回答率であり、RWDの種類等を少なからず把握している方の中でもRWDに関する統一されたイメージが業界横断で形成されているわけではないことがわかった。また、ライフ・サイエンス系のオミックス情報として分類されるゲノム(遺伝子情報)データが多く選ばれたことから、RWDとオミックス情報の違いがビジネスマンの間で十分には浸透していないと考えられる。業界別で見ても、ゲノム(遺伝子情報)データと事業上の親和性が高い「製薬」で30%、「医療機器」「介護」で各36%回答しており、ヘルスケア産業全体としても十分に理解が進んでいない状況にあることが示唆される。
 さらに、全体を通して、RWDとして「ウェアラブル端末の日常生活データ」が該当するとしたビジネスパーソンは13%と少なく、業界別では、「製薬」「IT・デジタル」で20%程度、「介護」「健康」「食品」「保険」では8%であった。これらの日常生活データは、健康予防系RWDとして広義のRWDに含まれるが十分には認識されていない可能性がある。

③RWD保有現状
 有効回答者に対し、「現在、あなたが所属する組織(部門)で保有しているRWD(リアルワールドデータ)」は何か複数回答を募った。



 調査の結果、全体の42%がRWDを保有していないと回答した。「食品」「保険」「IT・デジタル」においては、半数以上の方が、RWDを保有していないと認識している。また、RWDの活用が最も進んでいると想定される製薬業界においては、保有しているRWDとして最も多くの方が回答したのが市販直後データであり36%であった。各業界の企業において様々なRWDが多く保有されている状況ではない可能性が高いと考えられる。

④RWDを十分活用ができていない場合の理由
 有効回答者に対し、「現在、あなたの所属する組織(部門)がRWD(リアルワールドデータ)を十分活用できていない場合の理由」について複数回答を募った。



 RWDを組織内で十分活用できていない場合の理由は、全体では、「RWD活用の必要性がない」と回答した方が26%と多かった。これは業界別にみると、「保険」「食品」「IT・デジタル」で高く、所属組織でのRWD活用の必要性が十分検討なされていない可能性がある。また、RWDの活用が進んでいると考えられる「製薬」では、「RWD活用の必要性がない」と回答した方は約15%程度と他業界と比較し少ない状況にあるが、「入手・分析が困難/」煩雑」「エビデンス構築が困難」「信頼性がない」といった分析上の課題に加え、「分析人材・組織が十分ではない」「購入費用が高額」等のリソース上の課題も選択されており、RWD活用に向けた多様な原因があると考える。また、「RWDを十分活用できている」と回答した人は各業界5%未満であり、RWDの活用は十分に進んでいない可能性が高いと推測される。

⑤RWD活用に対する課題
 有効回答者に対し、「現在、あなたがRWD(リアルワールドデータ)をさらに収集・分析し事業に活用する上で、課題だと感じること」について複数回答を募った。



 全体では、RWDを企業がより使いやすくすべきと考える方が22%であった。また、「製薬」「医療機器」では多様な課題が認識されており、「保健」「IT・デジタル」ではRWDの事業活用の必要性の検討余地があり具体的な課題は現時点では大きく認識されていないと考えられる。これらの多様な課題への対応がわが国でのRWDビジネスの推進において重要であると考える。

⑥RWD活用に対する期待
 有効回答者に対し、「今後、あなたが所属する組織(部門)で、RWD(リアルワールドデータ)を事業活用する目的として期待すること」について複数回答を募った。



 RWDの事業活用に際して期待する領域として全体では、「新製品・サービスの研究および開発」「新たな市場・顧客の開拓」が高く35%程であった。業界別にみても、多くの業界でRWDを事業成長に活用できないか期待されている。

3)アンケート調査まとめ
 本アンケート調査の結果、RWDの種類等を少なからず把握している方に限ってみても、RWDに対する認知・理解状況が異なり、企業においては保有しているRWDも多くないと考えられる。一方で、RWDを今後の事業成長に活用することへの期待が存在し、業界・企業ごとのRWDの事業成長上の阻害要因の原因や課題対応が重要と考える。
 今後、ヘルスケア関連ビジネスにおけるデータ利活用の重要性が高まる中で、RWDを活用したいと考える企業が、RWDを十分に活用できる体制・環境を整える必要があるだろう。企業がRWDの事業活用を推進し革新的なヘルスケアイノベーションを創出していくために、ヘルスケア産業に関わる方々においてもRWDに対する正しい理解・認識を広げる必要がある。

3.民間企業に対するリアルワールドデータ活用への期待
 想定されるRWDの活用用途は業種ごとに異なり、自社に合わせたRWDの利活用方法を検討する必要がある。また、このようなRWDを活用する事業者に向けて、RWDデータを収集・分析・販売する事業者は、医療統計で求められるデータや解析手法等のニーズを把握する必要がある。
 一方で新型コロナウィルスが流行するなかで、健康予防系アプリの普及が進んでいる。これらアプリで取得したデータを利活用するビジネスを検討する際には、データを取得してからどのように分析するかを検討するのではなく、予めどのような分析をするかを明確にした上で、データを取得することが重要となる。



<本件に関するお問い合わせ>
シニアマネジャー 川崎 真規
E-mail: kawasaki.masaki@jri.co.jp
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