コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

JRIレビュー Vol.5,No.89

わが国企業のキャッシュ保蔵行動に関する一考察ー生産性向上に向け、創造型R&D投資・ソフトウェア投資の拡大を

2021年03月05日 安井洋輔


政府・日銀による積極的なマクロ経済政策により、わが国企業の付加価値額は、平成バブル崩壊以降初めて、2012年度から6年間にわたり持続的に増大した。もっとも、政府・日銀が期待する2%を上回る経済成長と2%インフレ目標の達成は実現しなかった。企業は創出した付加価値額の多くを、賃金支払いや設備投資に回さずに現預金としてため込み続けたためである。それでは、なぜわが国企業は、望ましい経済状況にありながら、キャッシュ保蔵に走ったのであろうか。

一つは、経済危機において厳しい資金繰りを余儀なくされた記憶である。経済危機時には、多くの企業が金融機関に資金繰り支援を求めるものの、金融機関は政府・日銀からの後ろ盾がなければ、自己資本比率規制という制約から、貸出を大きく増加させることはできない。過去を振り返ると、経済危機において、政府・日銀の資金繰り支援は“too late and too small”であり、実際、多くの企業が資金繰り難から倒産や人員削減を余儀なくされた。こうした経験から、企業は次の危機に備えて現預金を積み上げるという自己保険の強化を図ったと考えられる。

もう一つは、わが国の成長期待の低さである。今後、国内市場の拡大が見込めるのであれば、現預金を設備投資や人材確保のための賃上げに回し、生産能力の増強を図るだろう。しかし、わが国では先行き、世帯数の減少が見込まれている。世帯数が減少すれば、少なくとも既存の財・サービスに対する市場は縮小を余儀なくされるため、足許の景気が好調であったとしても、将来の過剰債務・過剰設備・過剰雇用を恐れ、投資を抑制することになる。

少子高齢化・人口減少の進行と新型コロナのようなマクロショック、さらには増大する社会保障負担を乗り越えていくためには、企業が現預金を成長につながる設備・人的投資に振り向け、潜在成長率を高めていくことが求められる。このうち、設備投資については、とりわけ全く新しい財・サービスを生み出す創造型R&D投資と、省力化・効率化を実現するソフトウェア投資に注力することが重要である。

わが国のR&D投資は、人口減少下では投資の縮小を招きやすい既存製品の改善を追求する品質向上型に偏っている。今後は、人口変動に左右されない創造型R&D投資に資源を振り向けていくことが重要であり、そのためには既存のリーダー企業ではなくスタートアップ企業の育成が欠かせない。一方で、人手不足の解消に向けて、企業はソフトウェア投資を積極化し、定型的・単純な業務を「機械」に任せていく必要がある。

こうした動きを後押しするには、起業や資金調達環境等を整備していくことで創造型R&D投資に注力するスタートアップ企業を支援していくほか、また、ソフトウェア投資を促していくために、ジョブ型雇用への転換や転職市場の整備などの労働市場改革も推し進めていくことが求められる。また、政府・日銀が、マクロショック発生時に、コロナ禍で実施したような強力な資金繰り支援を行うと約束することで「保険機能」をより強化することも重要である。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ