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【ヘルスケア】
DXのアウトカム ~担い手の自己効力感向上を目指せ

2020年11月25日 齊木大


 COVID-19感染予防対策のために、緊急的にあるいはやむを得ずだとしても、結果的にあらゆる現場でデジタル技術の活用が進んだ。もちろん行き過ぎの見直しは必要だ。それでも、これまで目を瞑っていた業務の非効率に目を向け、その在り方を変革する動きはこれからも広がっていくだろう。
 最大の背景は人口減少だ。消費者も労働者も減っていくなかで、一人当たり生産性を高めなければこれまでのビジネスを持続することも叶わない。人手によらず、デジタル技術を活用して、業務の在り方を根本から見直すしかない。

 私が携わっているヘルスケア・エルダリーケア分野でもデジタル技術の活用が進んでいる。介護分野は慢性的な人手不足の状況にあり、これからも高齢化の進展に伴ってさらに多くの担い手を必要とする。
 2018年の統計で、医療・介護・福祉領域で働く担い手は全就業者の約12%だが、2040年にはこれを全就業者の19%まで引き上げなければならないとの推計もある。生産年齢人口の減少と需要増があいまって、就業者の5人に1人が医療・介護・福祉領域に従事する社会が訪れることになる。
 2013年から2019年まで日本の就業者数は7年連続で増加し、就業率も全年齢、全地域ともに増えてきた。これからも全年齢を見渡せばまだ労働参加する余地はあるだろうが、人口減少局面が変わらないかぎり、必ず頭打ちになる。
 つまり、これだけの担い手を確保するのは現実的とは言えず、したがってさらなる高齢化に対応するには、一人当たりの生産性を高める改革が不可避だ。

 ただし、ケアにおける生産性とは「ある時間にいかに多くの“お世話”を提供したか」ではない。ケアのゴールは、できる限りその人自身の力を引き出して将来、ケアが必要となる確率を押さえること、言い換えれば自立支援と重度化防止・予防だ。このゴールを、限られたリソースで実現することが求められているのだ。

 つまり、業務の効率化・省力化はDXの主目的になり得ない。そうではなく、状況を把握・分析し、その人の潜在能力を高めたり、リスクに対して事前に環境を整えたりすることにリソースを割けるようにすることが重要だ。そして、この取り組みの品質は、ES(従業者満足度)と連動する。したがって、サービス産業なかでもケア分野におけるDXで本質的な価値創出を目指すなら、ケアに携わる担い手として「意味があるケアを実践している」と実感できること、担い手の効力感を高めることをアウトカムに設定すべきだ。
 自己効力感の向上が専門職としての成長を促すこと、また職場定着率の向上につながることは既に明らかになっている。今後は、こうした高い目標意識と専門性のある職場・組織こそが新しいケアの工夫や方法を考え出す最前線になるだろう。DXを新たなイノベーションのための手段として使いたいなら、特にサービス業態においては、担い手の自己効力感に目を向ける必要がある。

 デジタル技術を専門性の高い人材の成長に活かすには、技術の導入だけでなく人材育成施策や組織も合わせて変えねばならない。特にケア分野のように、正解が完全には定まっていない、あるいは新しい知見が生み出されている領域では、「ケア論」とデジタル技術の「活用論」の両方を整理し、現場実務とその組織にいる人材像に合わせて落とし込み、指導できる組織・チームが必要だ(自治体・保険者の場合はこれに加えて「制度論」の観点も求められる)。
 デジタル技術の発展スピードと比べて、組織が生き生きと動くようにするには時間が掛かる。だからこそ、今すぐ取り組まなければならない。技術が成熟して使い勝手のよいソリューションが出回るのを座して待つのではなく、組織文化を変え担い手の自己効力感を高めることを目指しに、出来る範囲から変革に着手すべきだ。経験も知識も豊富で、サービスが目指す理念を噛みしめて体得しているベテランスタッフがいる今のうちにしか出来ないことであり、残された時間はそう長くない。


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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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