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アジア・マンスリー 2020年11月号

新型コロナ禍で逆風強まるASEANの雇用環境

2020年10月28日 塚田雄太


潜在失業者や格差拡大を踏まえると、ASEANの雇用環境は失業率が示す以上に深刻化している可能性がある。各国は対応策を打ち出しているものの、雇用回復には時間を要するであろう。

悪化するASEANの雇用環境
新型コロナ感染拡大が続くなかでASEANの雇用環境が大幅に悪化している。
ASEAN各国の失業率は2020年4~6月期に上昇した(右上図)。特に、フィリピンでは17.7%と現行統計で最悪の水準となった。その後、活動制限が段階的に緩和されたため、7~9月期になると失業率は低下したが、前年同期と比べればなお大幅な高水準にあり、依然として雇用環境は厳しい。一方、ASEAN域内で最大の経済規模と人口を誇るインドネシアの失業率は毎年2、8月分のデータのみが公表され、2020年8月の数値が公表されていないため、新型コロナ禍の雇用への影響を確認することは難しい。しかし、2月の失業率(5.0%)と国家開発企画庁の2020年通年の予測値(9.2%)に基づけば、8月の失業率は14%程度に達したものと見込まれる。

近年、中間層の台頭や米中対立の深刻化を背景に、より多くの日本企業がASEAN経済の動向を注視しているが、消費購買力や社会情勢に影響を与える雇用情勢も先行きを見るうえで重要なポイントと言える。以下では、新型コロナ感染拡大のASEANの雇用への影響を整理し、今後を展望した。

失業率が示す以上に深刻化
今回の新型コロナ感染拡大によって生じた景気の大幅な悪化は、二つの特徴的な動きを労働市場にもたらした。

第1に潜在失業者の増加である。長引く経済活動の制限による先行きの不透明感は、アジアを含め多くの国で従来の景気後退局面以上に労働市場からの退出者を増やしてしまった可能性がある。実際、マレーシア、ベトナムでは、2020年4~6月期以降の労働参加率が前年同期を下回っている(右下図)。労働参加率の前年同期差分を潜在失業者とみなして、それらも含めた7~9月期の潜在失業率を計算すると、マレーシア:5.2%(当局発表の失業率:4.7%)、ベトナム:5.4%(同2.5%)と、乖離が生じている。特にベトナムは、新型コロナ感染拡大下でもプラス成長を維持するなど、経済活動のマイナス影響は比較的軽微とされるが、潜在失業率は当局発表の失業率を大きく上回っている。公式の失業率が急上昇したフィリピン以外も、統計に示される以上に雇用環境が悪化していることが示唆されよう。もっとも、ASEAN諸国のうち、タイでは例外的に労働参加率が低下していない。これは、同国で、国や自治体の命令、事業者の判断に関わらず休業者にも失業保険を給付するなどの対策がとられたことにより、労働市場からの退出者を抑制できたためと考えられる。

第2に、格差の拡大である。右上図はマレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムの2020年4~6月期の就業者数の前年同期差に占める業種別割合を縦軸、2018年の業種平均を1とした場合の業種別賃金倍率を横軸としてプロットしたものである。このなかで、雇用減少が目立つ業種としては、農林水産業、卸売・小売業、その他サービス業などが指摘できる。これらは、工業化への構造的な変化や自然災害が影響した農林水産業を除けば、テレワーク化が難しく、かつ、新型コロナの感染拡大に伴う活動制限で大きな打撃を受けた分野である。注目されるのは、これらの業種は総じて全体平均に比べ賃金水準が低いことである。その他サービスに関しても、内訳が確認できるフィリピン、タイ、ベトナムのデータから確認すると、娯楽・エンターテイメントで減少しており、この業種の賃金倍率は0.93と全業種平均を下回る。新型コロナ感染抑制を目的として導入された活動制限は、低賃金労働者を中心に雇用を奪ったといえる。格差拡大は、社会不安につながり、政治の不安定化の要因となる可能性もあることから、ASEAN各国政府にとっては喫緊の対応を要する課題である。

雇用環境の改善には相当な時間
こうした状況下、ASEAN各国政府は雇用対策に力を入れている。例えば、多くの国で減税や公共料金の減免、金融機関への返済猶予要請などを通じて企業の資金繰りを支援し、雇用維持を図っている。また、フィリピンでは感染者の接触追跡者などの雇用増にも踏み切った。

このように各国で雇用対策の拡充は進むものの、多くの対策はセーフティネットとしての色合いが強い。雇用改善に向けて、本格的にテコ入れするのであれば、国内観光活性化やインフラ投資の促進といった需要喚起策が重要と考えられる。
しかし、ASEAN各国政府は脆弱な医療体制を背景に医療崩壊への警戒感が強く、感染再拡大の兆候がみられれば活動制限の再強化が求められるため、人の往来を増やす政策には慎重にならざるを得ない。また、インフラ投資についても、ASEAN各国は先進諸国に比べ行政の執行能力が低く、割り当てた予算で円滑に実行できないことがかねてより問題となっている。

厳しい経済環境が続くなか、ASEANの雇用環境改善には政府のサポートが欠かせない。しかし、脆弱な医療体制や行政の執行能力の低さを考えると、回復に至るまでには時間を要すると見ておくべきであろう。
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