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ウィズ/アフターコロナ時代におけるMICE施設の方向性に関する考察

2020年09月23日 西田恵


■はじめに
 “MICE is a catalyst.”これは私が10年ほど前、MICE(※1)先進国と言われていたシンガポールへMICE政策調査に赴いた際、現地のキーマン(事前にアポを取ることができなかった同国の多くの主要関係者と我々を小さなBlackBerry一つであれよあれよとつないでくれた本当にキーマンたる人であった)が、自分たちがどのような信念をもってMICE振興に携わっているかを語る中で登場したフレーズである。そのとき、恥ずかしながら“catalyst”という単語の意味が分からなかったのであるが、重要なキーワードであることは文脈から理解できた。彼女と別れた後すぐに調べてみると“catalyst”は触媒という意味であった。「MICEは触媒」。多様なバックグラウンドを持った多くの人々が出会い、同じ時間を過ごし、何かを経験し、二度とないその時だけの空間、新たなネットワークやビジネス、気付きなどが生まれていく。それは人々の人生を豊かにし、都市を活気づける。
 その後、様々なMICEイベントに触れ、多くのプロジェクトに携わる中で、冒頭のフレーズは私の中に浸透し、都市インフラとしてのMICE施設の重要性を強く意識するようになった。

■都市インフラとしてのMICE施設
 大きなものでは国内外から数千人から数万人が集まるMICEは、開催地域への経済波及効果、都市プロモーション、新たなビジネス創出等、開催都市における都市競争力の向上に大きな効果が期待されることから、わが国では、1960年代後半から現在に至るまで、多くの都市において、都市インフラの一つとして大規模MICE(主にCとE)の会場となる会議場や展示場が整備されてきた。
 それらの施設は、民間のMICE施設(ホテル、ホール、貸会議施設等)とともにわが国のMICE振興に大きく寄与し、特に大規模な国際会議や政府系会議などの会場として利用されてきた。
 民間のMICE施設が強い都市においても、公共MICE施設は、行政が政策的に誘致を図りたいものや、施設利用料収入は得られないが大規模な集客や都市プロモーションの観点からの発信効果などが期待されるものなどの主要な受け皿となっており、公共施設でありながら市民が日常的に利用する施設ではなく、その必要性について多くの人々に意識されることがあまりない施設かもしれないが、まさに都市のインフラとして重要な機能を果たしているのである。

■拡大・発展機運の高まりから一転、窮地に直面したMICE
 MICE振興については、国際競争力強化等の観点から、近年、国を挙げた大々的な取り組み推進が図られてきた。2013年に閣議決定された「日本再興戦略」においては、2030年にはアジアNO.1の国際会議開催国としての不動の地位を築くという目標が掲げられ、「観光ビジョン実現プログラム2018」においては、観光立国実現に向けた主要な柱の一つとしてMICEが位置付けられた。それらに基づき、グローバルMICE都市の選定・支援(※2)、ユニークべニュー(※3)の開発・利用促進、各種プロモーション活動などの取り組みが進められている。各自治体においても、人口減少下における重点政策の一つとして、海外を含む域外からの集客による地域活性化を目指し、施設の新規整備や拡張、誘致メニューの強化・拡大等が進められており、都市間でのMICE誘致合戦は年々激化している。
 そうした中、この春、想定し得ない事態が発生した。新型コロナウイルス感染症の蔓延である。Face to Faceが基本で、いわゆる「3密」の典型例ともいえるMICEは大打撃を受けることとなった。2月下旬の政府の大規模イベントの開催自粛要請により、3月以降のMICEはほぼ中止・延期となり、オンライン形式への変更や規模の縮小等により、徐々に再開の動きも見られるようになってきているが、本稿執筆時点においても、未だ収容率および参加人数の制限は解除されておらず、このうち収容率制限については当面の間継続される見込みである。例え制限が撤廃されたとしても、今後、ワクチンや特効薬の開発が進み、世界的な感染状況が収束するまで、数年程度は厳しい状況が続く見通しであり、各都市においては、今までとは異なる新たなMICEのあり方について考え、それに応じた誘致方策や受け入れ環境整備を進めていくことが求められることとなった。

■ウィズ/アフターコロナ時代におけるMICE施設の方向性の検討にあたってのポイント

①「リアルとバーチャルの融合」への対応(リアルの価値の再定義)
 まず、ウィズ/アフターコロナ時代のMICEにおいて考えられる大きな変化として、「リアルとバーチャルの融合」が挙げられる。Face to faceを基本とするMICEではリアルの価値が追求されてきたが、コロナ禍において、MICE主催者、また1ビジネスパーソンとして多くの人々が、感染防止のためにやむなく取られたオンラインでの代替開催を経験したことによって、多かれ少なかれ何らかの成功体験を得たのではないか。「直接会わなくてもちゃんと打ち合わせができた」「移動時間や費用をかけずに効率的に情報収集ができた」といった具合にその利便性や経済性に気が付いてしまったはずである。それにより、感染防止対策としてはもちろんのこと、経済合理性の観点からも、今後は一気にMICEのバーチャル化が進むものと考えられる。そこでは、交通アクセス等の差による都市と地方の格差解消や参加者層の拡大(会場での参加が難しかった遠隔地居住者、ハンディキャップのある人々等の参加促進)も期待できる。
 一方で、リアル形式自体は今後も根強く残っていくはずである。そこには、偶発性、体験性、縦覧性、没入感といった、バーチャルでは代替が難しい確かな価値があるからである。技術の進歩は目覚ましいが、数年でそれらをバーチャルで提供できる範囲は極めて限定的であり、より長期的にみても完全にバーチャルがリアルに取って代わるということはないであろう。
 そうした状況において、MICE施設としてはまず、国や業界団体の指針、ガイドラインに基づき、感染防止対策を取りながらの試行錯誤によるMICE開催の中で、運営上の課題や主催者および参加者のニーズを把握しながら、新たに求められる施設・設備スペック(高度な映像配信システム、VR・AR等を活用した演出装置、国内外の他会場との接続ネットワークシステム、諸室構成等々)やサービス(最新システムの活用サポート、安心安全のための運用面でのサポート、リアル参加者向けのおもてなしサービス等)などについて検討する必要がある。しかしながら、それらすべてに対応することは現実的にはかなりハードルが高いものと想定される。
 そこで、何より重要なのは、リアルで開催する価値を再定義し、その価値の提供を第一に考えることである。その上で、費用対効果を勘案し、できることから優先度をつけて確実に取り組みを進めていくことが重要となる。例えば、MICEのうちCに該当する各種学会や大会については、会場でだけ体験できるプログラム提供やレセプション演出に係るサービスを重点的に検討したり、その土地で開催する意義づけをしたりする「ストーリー」の構築支援(地域における産業や関連研究の実績、歴史や文化、観光資源などを絡めたプログラム提供など)などに注力する。各都市の強み、ターゲットとするMICEに応じて、地域が一体となって「来るべき場所」として都市を売り込んでいく必要がある。

②施設再整備手法の転換(規模縮小および余剰地活用による新たな魅力創出)
 次に、都市インフラとしての公共MICE施設についてハード面から考えてみたい。
 各自治体においては、2016年4月の総務省からの要請を受け「公共施設等総合管理計画」を策定し、保有施設の現況および将来見通し、各施設のマネジメント方針について取りまとめており、施設保有量の総量削減を掲げている自治体も多い。削減対象とされている施設を見てみると、人口減少による利用者減が見込まれる公営住宅、学校施設、市民活動拠点施設等の削減率目標が高く、域外からの集客を図るMICE施設がその対象とされていることはほとんどない。
 MICE施設整備時における規模設定にあたっては、敷地条件などによる制約はあるものの、「大は小を兼ねる」「これまでより(もしくは他都市より)大きなものを作り、新たなMICEを受け入れたい」といった志向が強く働く傾向にあった。そして、そうではないケースにおいても、誘致ターゲットとする具体的なMICEを設定し、その過去の開催実績(参加者数、開催施設および空間の使われ方等)から、当該MICEの開催施設候補となり得る規模・スペックを設定するというプロセスが取られるのが一般的である。そして、稼働状況としては、施設全体が利用されるのは年に数回という状況も決して珍しくない。それでも年に数回の大規模MICEおよびその他の中小規模の日常的なMICE開催によって、その都市にとって十分な効果が出ていると判断し得る場合においては必ずしも問題ということにはならず、既存施設における稼働率の向上については各都市・各施設において日々工夫や努力が重ねられている。
 一方で、建物の老朽化による大規模改修や建て替えが必要なケースにおいては、施設規模の設定はシビアに考えていかざるを得ない。国内における主要MICE施設のうち1980年代以前に整備されたものは3割強を占めており(※4)、大規模改修や建替を実施済みの施設もあるものの、施設の再整備について検討する時期に来ている自治体は少なくない(※5)。財政がひっ迫している多くの自治体において、再整備費用の捻出は大きな課題であり、施設規模を縮小し費用削減を図る(さらに余剰地の貸与・売却で収入を得る)という選択肢もあるが、先述したような当初の施設規模設定経緯に加えて、当該施設における既存顧客の維持のため、なかなか受け入れられにくい状況にあった。
 しかしながら、今般、コロナ禍を経て、MICEの「リアルとバーチャルの融合」が進むことにより、そうした状況は大きく変わるものと考えられる。これまで各都市においてターゲットとしていたMICEのうち相当割合のものについて、必ずしも従来の会場規模は必要なくなるはずである。施設の老朽化による再整備の必要性に迫られている施設においては、施設規模を縮小し、バーチャルMICE対応が可能なコンパクトで使い勝手の良い施設としてリニューアルするという選択肢が台頭していくことになるであろう。さらに、規模縮小に伴い隣接地に土地創出できる場合には、当該地の貸付または売却による再整備費用の捻出のほか、そこでMICE誘致と親和性の高い事業を展開することにより、MICE施設としての新たな魅力創出にもつなげることができる。
 近年では、MICE施設の整備・運営がPFI(※6)事業等の官民連携事業として実施されるケースが増えているが、「リアルとバーチャルの融合」へ対応、規模縮小による創出用地における関連事業実施による施設機能の複合化およびサービスレベルの向上は、民間事業者の得意とするところである。これまでとは異なる技術提供を得意とするプレーヤーの新規参画も想定され、官民連携事業としての実施にこれまで以上に大きな効果が期待できることから、各都市においては、そうした形での事業化検討を積極的に進めていくことが望まれる。

■終わりに
 コロナ禍にてMICEを取り巻く環境は大きく変化することとなった。ここまでウィズ/アフターコロナ時代における検討のポイントについて述べてきたが、これらは、各都市においてMICE政策の位置づけを再定義した上で検討、実施される必要がある。リアルとバーチャルの融合によって絶対的な来訪者が減少することで、MICE開催の主要効果である地域への経済波及効果、都市プロモーション効果、新規ビジネス創出等に関しては、従来通りのインパクトは期待できず、それらの効果創出のためには新たな戦略が求められる。
 そして、MICE施設のあり方については、これまで以上に、施設単体ではなく都市全体の中での役割を考えていくことが重要となる。エリアマネジメント、スマートシティ、コンパクトシティといったまちづくり的観点からのアプローチも含め、MICE施設が都市インフラの一つとしてどのように魅力ある都市づくりに貢献していくことができるか、その潜在力を知っている(つもりの)者として、引き続き検討していきたい。
以 上


(※1)企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字のことであり、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどの総称。※観光庁ウェブサイトより
なお、MICEという用語は欧米では通じないが、シンガポールでは日本とほぼ同義で用いられていた。
(※2)グローバルMICE都市:札幌市、仙台市、東京都、千葉県 千葉市、横浜市、名古屋市 愛知県、大阪府 大阪市、神戸市、京都市、広島市、福岡市、北九州市の計12都市 ※観光庁ウェブサイトより
(※3)ユニークべニュー(Unique Venue):「博物館・美術館」「歴史的建造物」「神社仏閣」「城郭」「屋外空間(庭園・公園、商店街、公道等)」などで、会議・レセプションを開催することで特別感や地域特性を演出できる会場 ※観光庁ウェブサイトより
(※4)日本政府観光局(JNTO)ウェブサイトにおいてコンベンション開催施設として紹介されている施設のうちシアター形式での収容人数1,000名以上の施設で体育系及び文化系施設を除いた施設、及び全国展示場連絡協議会会員施設の合計86施設を対象とした場合
(※5)公共MICE施設の再整備においては、検討開始(基本構想の策定フェーズ)から開業まで短くても5年以上を要し、10年程度を要するケースも少なくない。
(※6)PFI(Private Finance Initiative):公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法。国や地方公共団体の事業コストの削減、より質の高い公共サービスの提供を目指す。※内閣府民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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