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鳥取県水力コンセッション事業が公営電気事業に投げかけたもの

2020年09月07日 佐藤悠太


1.鳥取県水力コンセッション事業の開始

 鳥取県営水力発電所再整備・運営等事業(以下「鳥取水力コンセッション事業」という)が、本年9月1日より開始されることが、8月27日に三峰川電力および同社の親会社である丸紅からプレスリリースされた。同事業は、三峰川電力、中部電力、チュウブ、美保テクノスの4社が設立した特別目的会社「M&C鳥取水力発電株式会社」が、約25年にわたり、鳥取県が所有する水力発電所4施設を再整備・運営維持する事業である。

2.事業経緯の振り返り

(1)民間事業者との対話を通じた事業条件の構築
 筆者が導入可能性調査から事業者選定のアドバイザリーまでを務めた鳥取水力コンセッション事業は、日本初の公営水力発電所を対象としたPFI・コンセッション(※1)事業であり、事業化に至るまでには解決すべき課題が複数存在した。具体的には、事業範囲に高度なノウハウが必要となるダム管理が含まれること、制度の内容が毎年変更となるFITを活用したリプレースを前提としていること、県の財政負担を伴わない事業とするためBT+コンセッション方式(※2)を活用するなどの事業スキーム面の課題が多数存在した。また、事業スキーム面の課題を解決するためには、ノウハウを有する地域外の企業の積極的な事業参加が必要であった一方で、地域の貴重な再生可能エネルギー電源に対する民活導入であったことから、地域資源の活用や地域経済の活性化等の地域貢献が強く求められた事業でもあった。
 このように複雑な事業スキームの成立と地域への貢献という、相反する要素を両立させる必要があったが、その成立の鍵を握るのは、事業参加に興味を示す地域内外の企業であった。そのため、事業条件の構築に際しては、地域内外の企業との対話を重視した。
 事業者募集前には、事業説明会、現場見学会といった事業の概要を説明する場を複数回設けたことに加え、地域内外の企業それぞれに対し、複数回のマーケットサウンディングを実施した。事業の概要説明と、対面での情報交換を繰り返し実施することで、民間事業者の鳥取水力コンセッション事業に対する理解が進んだことに加え、鳥取県および筆者が民間事業者側の考え・姿勢を知る機会ともなった。
 このように鳥取県の事業に対する思いと、民間事業者の考え・姿勢を都度整理し、マイナーチェンジと、時にはフルモデルチェンジを行い、約1年半をかけ、事業条件を作り上げた。

(2)民間事業者の募集
 鳥取水力コンセッション事業は、実施方針公表から約1年を要し、事業者選定を行った事業である。
 2019年1月下旬に実施方針が公表され、民間事業者との質問回答を経た後の3月下旬に事業者募集が開始された。その約2カ月後に参加表明がなされ、さらに約1カ月後の6月7日に第一次提案書の提出がなされた。6月下旬に提案審査を実施し、7月上旬に第一次審査の通過者が決定した。
 第一審査通過者決定後、競争的対話(※3)を実施した。民間事業者との対話を重視するという鳥取県の姿勢を反映させた結果、競争的対話は、約5カ月間にわたり実施することとなった。詳細な現地調査とともに、第一次審査通過者それぞれと4回の対面対話を実施した。これら競争的対話を通じ、県と民間事業者の意識のすり合わせが行われ、その結果、ここでも事業条件のマイナーチェンジ(募集要項等の修正)を行った。
その後、12月26日に第二次提案書の提出がなされた。約2カ月の提案審査を経て、優先交渉権者として三峰川電力を代表企業とするグループが選定された。



(3)参加した民間事業者
 7グループからの参加表明があり、そのすべてのグループから第一次提案書の提出があった。7グループを構成する企業は下表のとおりである。
 多くの企業の事業参加を誘導するため、参加資格要件は低く設定したのだが、その結果、建設、電力、金融など多種多様な企業から構成されたコンソーシアムより参加表明がなされた。各コンソーシアムの代表企業は、電力会社3社、金融機関2社、建設コンサル1社、ガス会社1社といった多様性に富んだ顔ぶれである。
 また、いずれのグループも、最低1社は地元企業(鳥取県内を本店所在地とする企業)が含まれている点が特徴的である。民間事業者に対しては、上述のとおり、地域貢献の重要性を訴求しており、参加するいずれのコンソーシアムも、県側の思いを理解したうえで事業に参加したことがうかがえる。



(4)第一次審査
 以上の7グループで争われた第一次審査であるが、4グループが第一次審査を通過した。合計点を見ると、2位から4位まで僅差である一方、4位と5位の間に大きな点数差があり、この点数差が発生した前後で、当落を決定した形となっている。
 通過した4グループは、緑グループ(代表企業:日本工営)、青グループ(代表企業:三峰川電力)、黄グループ(代表企業:東京発電)および紫グループ(代表企業:中国電力)である。いずれの代表企業も、自社または子会社が水力発電所を有する企業であり、水力発電所の運営に係る高度なノウハウを有している企業といえる。実際、提案項目「1 確実な事業遂行体制」および「3 再生可能エネルギーの安定供給」において、第一次審査を通過した企業と通過しなかった企業との間には大きな得点差が付いており、代表企業が有するノウハウが勝負の決め手になったといえる。



(5)第二次審査
 第二次審査は、第一次審査を通過した4グループで争われたが、勝者は、三峰川電力を代表企業とする青グループである。第一次審査では1位と大差の2位であった三峰川電力グループが、逆転勝利をつかみ取ったのである。15項目の提案項目(小項目)のうち、14項目がトップ(同点含む)で完全勝利といえる。
 特に提案項目(大項目)「1 確実な事業遂行体制」、「3 再生可能エネルギーの安定供給」、「5 県の財政健全化への寄与(運営権対価)」の3つで、他グループと大きく差が付いている。いずれも三峰川電力が有するノウハウが存分に発揮された結果といえる。
 提案審査を行った「鳥取県営水力発電所再整備・運営等事業事業者選定審査会」が取りまとめた審査講評では、「参加のあったいずれのグループも、その発想力には目を見張るものがあり、いずれの提案も再生可能エネルギーの安定供給や安全確実な事業運営、さらには地域経済発展への積極的な寄与などについて、民間の創意工夫が随所にみられるすばらしい内容」と称賛されていることに着目するべきである。実際、どのグループが選定されても魅力的な事業となっていたと思えるほど、いずれのグループの提案も素晴らしいものであったことを申し添える。



3.鳥取県水力コンセッション事業が示唆する公営電気事業の未来

 鳥取水力コンセッション事業の事業者選定は、以上のとおり三峰川電力グループが優先交渉権者となり幕を閉じたのだが、鳥取水力コンセッション事業に参加した各事業者からの提案内容は、今後の公営電力事業の経営に対し、いくつかの重要な示唆を与えたと筆者は考えている。具体的には、事業の収益性と公益性に対する示唆である。

(1)収益性に対する示唆
 水力発電所の運営においては、誰が運営しても同じ運営になる、と思われがちであり、鳥取水力コンセッション事業においても、限られた水利権の中、運営権対価に大きな上昇は見込まれないと想定されていたが、蓋を開けると、コストの見立て、資金調達方法などに工夫が見受けられ、結果として行政の得る経済的なメリットは予想に反し非常に大きなものがあった。
 三峰川電力グループをはじめとした鳥取水力コンセッションに参加した民間事業者は、民間事業者が水力発電所を運営することで、民間ならではの創意工夫とノウハウにより、費用低減はもとより、収入上昇も果たすことができ、合理的な経営が可能であることを示唆している。

(2)公益性に対する示唆
 水力発電事業は、地方公共団体のみが実施可能なものではなく、民間事業者も実施可能な事業である。こういった事業領域である中、地方公共団体が実施を継続する理由は、公営電気事業に公益性が存するからである。
 鳥取水力コンセッションの規模の水力発電所は、大手電力、地方公共団体が運営しているものがほとんどである。その理由は、洪水、渇水対応など、地域と共生しつつ、地域の水を使うことに高い公益性が必要とされているからである。鳥取水力コンセッションにおいては、河川法の権利義務に関する官民の役割分担の一つのモデルを構築しており、官民の適切な役割分担を行うことにより、地域に受け入れられる事業づくりは十分可能であることが立証された。
 このほか公営電気事業公益性として、電力の地産地消や地域経済への貢献などが上げられるが、三峰川電力グループの提案では、これらの公益性の追求を民間事業者として実施することを約束している。コンセッション事業のように、民間事業者間の提案競争がなされたうえで、事業者が決定する仕組みがあったからこその提案ではあるが、公益性は地方公共団体のみが果たせるものではないことを示唆している。



4.結びに

 鳥取県水力コンセッション事業は、公営電気事業より民間事業者の方が、収益性の高い事業運営が可能であり、公益性についても行政と同等に発揮できることを示した。
 公営電気事業は、従前、独立採算で事業が成立していればよいとの風潮が強かったが、昨今は、長野県をはじめ、経営の効率性を高めたうえで、得られた事業利益を一般会計に繰り出している公営電気事業も存在する。つまり、公営であるから利益を上げる必要がないとは必ずしも言えない風潮になっている。また、従来、地方公共団体が担ってきた水力発電事業の公益性は、民間事業者によっても担保され得ることが確認された現状を踏まえると、民間の経営ノウハウを取り入れ、1円でも多くの利益を上げ、1円でも多く一般会計に繰り入れることこそが、公営電気事業が果たすべき新たな公益性なのかもしれない。

(※1)利用料金の徴収を行う公共施設について、施設の所有権を公共主体が有したまま、施設の運営権を民間事業者に設定する方式。多くの裁量を民間事業者に与えることが多いため、民営化に近い方式といえる。
(※2)BT(Build-Transfer)とコンセッションを組み合わせた事業方式。民間事業者に対し、施設の整備と運営維持を包括的に委ねるもの。
(※3)参加表明後(参加者の確定後)において、官と民が対面にて質疑を行う対話方法。対面でコミュニケーションを行うことにより、官民の認識齟齬の解消が期待できる。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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