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新型コロナウイルス感染症に負けない行政サービスの提供と準備
~感染症予防の原理原則から導く~

2020年08月18日 山田敦弘


1.感染症予防の原理原則に基づいた自治体の役割の再認識
 新型コロナウイルス感染症は、新興感染症としては、近年類を見ないほどの感染拡大を見せており、自治体ではその対応に大変苦慮している。新しい感染症であることからその対処方法が分からず、近隣自治体の対応に合わせて場当たり的に実施しているケースも少なくない。ここで基本に立ち返り、新型コロナウイルスであっても、新型インフルエンザであっても、長年にわたって発生し続けている結核であっても、基づくべき感染症予防の原理原則は同じである。感染症が発生する3要素は、新型コロナウイルスなどの病原体、人間などウイルスへの感受性(感染する可能性)のある宿主、そしてこの2者を結び付ける感染経路である(図表1)。この3つが成立して初めて感染症は発症するため、これをいかに防ぐかが、感染症対策の基本となる。



 そのため、新型コロナウイルス対策においては、都道府県と市町村が感染症予防の原理原則に沿って明確な役割分担を行い、それぞれ適切に対応することが重要である。例えば、コロナウイルス感染者が確認された場合、一般的な対応としては、主に都道府県が所管する保健所に連絡が入り、その患者が陰性になるまでは主に保健所が対応する。そして、一度陰性となれば、自宅などで元の生活に戻るが、陰性になった後も体調不良等で日常生活に支障が発生するケースもあり、その相談対応や生活支援は、本人の意向の下で市町村が対応することとなる。都道府県と市町村の役割分担を感染症予防の原理原則に加えて、疾病予防の観点から整理すると図表2の通りとなる。都道府県は、1次予防としての「感染予防対応」、そして2次予防としての「検査・治療対応」が主な役割となる。一方、市町村は、1次予防としての「感染予防対応」、そして3次予防としての「社会復帰対応」が主な役割となる。



2.市町村で対応が分かれる「行政サービス提供における防疫」
 新型コロナウイルス対策においては、市町村は国や都道府県の指導の下、他事例に倣いながら対応を行っているが、それだけでは対応が難しいことがある。それは、行政サービスの提供が感染症拡大につながらないように、中止・中断したり、または提供方法を変更したりする「行政サービス提供における防疫」(図表2の赤丸部分)である。
 近年、行政サービスの提供における環境や方法、そしてサービス自体も多様化しており、全く同じ事例は簡単には見つからない。そのため、市町村の独自判断が求められており、結果として同じ都道府県内でも、市町村間での対応は分かれている。2020年4~5月の緊急事態宣言の状況下をみると、住民基本台帳・福祉事務などの窓口サービスや公共交通サービス運営は、住民生活上で必要不可欠なものであり、市町村間で提供方法や内容が大きく変わらないことから、あまり差異なく提供された。一方、公立小中学校や図書館等教育施設、文化・観光関連施設の運営などの行政サービスについては、その環境やサービスが多様であることから、他の自治体にも適合する事例や基準・規範があまりなく、中止、再開、提供方法の変更などにおいて、市町村間で差異が見られた。中でも、公立学校の継続や再開、そしてその方法については、家庭や子供の生活や将来に影響することから、対応に頭を悩ませた市町村も数多かった。

3.行政サービスの提供のために自治体が優先的に取り組むべきこと
 感染症流行下であっても、基礎自治体である市町村の行政サービスの中には、継続的に提供が求められるものが少なくない。行政サービスを提供できる庁内体制を確保し、感染症予防の原理原則である病原体、宿主、感染経路が成立する確率を少しでも下げることこそ、自治体が優先的に取り組むべきことである。

①継続的に行政サービスを提供できる体制・環境の確保
・感染症に対応したBCPの作成
 BCP(Business Continuity Plan: 事業継続計画)は、災害時やシステム障害時などにおいても、市町村が必要な行政サービスを提供し続けられるための計画である。このBCPが配慮するべき危機として、新型コロナウイルスのような感染症を追加し、対応策を計画として作り直すことで、感染症下での事業継続を可能にする。
・庁内感染防止の実施
 庁内感染防止は、庁舎にある資源を活用して行政サービスを提供する場合に、その感染経路を消して行く取り組みである。マスクの装着をはじめ、換気、窓口の透明フィルムによる飛散防止、備品の消毒など多岐にわたる。今後、ワクチンが開発・提供されれば、職員が接種を受けることも庁内感染防止策の一つとなる。
・在宅・リモートワークの実現
 役所仕事は、在宅・リモートワークに適合しにくいという固定観念があったが、緊急事態宣言後、在宅勤務に積極的に取り組む自治体が出てきている。すべての事務仕事を在宅で実施するとなると、セキュリティの観点からパソコン環境整備への投資がかなり必要となる。しかし、個人情報や秘匿情報とその他の情報をしっかりと切り分けることができれば、自宅での作業も可能である。PC端末においても、個人情報や秘匿情報を排除し、管理者や職員自身が責任を持って利用すれば、スタンドアローンの端末として活用することも可能である。また、庁内LANのネットワーク範囲の拡大ができれば、利用頻度の低い公共施設に事務スペースを拡張することで、3密を避けて、仕事に従事することができ有効な対策となる。

②手続きの簡素化・柔軟化
 自治体においては、これまでも手続きを簡素化・柔軟化に取り組んでいると思われるが、感染経路を最小化するために、さらに思い切った見直しが期待される。来庁する手間を省いたり、来庁回数を少なくしたりできれば、住民にとっても、自治体職員にとっても、感染リスクを最小化することができる。また、手続きの実施時期や期限について、柔軟な対応ができれば、感染症の流行時に感染機会が拡大するリスクを伴うような手続きをしなくても済み、感染リスクを最小化できる。これら手続きの簡素化・柔軟化への対応は、もし自治体の地域内で感染症患者が続出する事態となれば、必ず求められる。さらに、自治体にとっても行政サービスの事務負担軽減にもつながることから、迅速に思い切った見直しを実施することが望まれる。

③オンラインサービスの提供
 感染症の流行で、最も有効な対策の1つがオンラインサービスの充実である。感染症予防の原理原則から見ても、感染確率をほぼ0にまで下げることができる。令和元年度情報通信白書によると、インターネットの普及率は、13~49歳では95%超となっており、ほとんどの世帯で家族の誰かがインターネットを利用している状況にある。これまでも検討されてきた行政手続きのオンライン化に加えて、これまでに検討されてこなかったような行政サービスの提供も期待される。特に、学校教育においては、休校中のプリント配付のみの対応と比較して、オンライン授業は明らかに有効である。そのため、オンラインを使った教育について、ポジティブな意見が増えており、積極的に取り込む局面にあると考えられる。現に、私学でも、塾でも、スポーツ教室などでも、すでにオンライン授業・教室は、感染対策にきっちりと準拠できた形で実施され、成果をあげている。教育の根幹である義務教育は、最も重要な将来投資であり、ぜひ早急に取り組んでいただきたい。

4.タイムリーな対応を求められる感染症対策のための準備
 コロナウイルス感染症は、明確な予兆もなく、地域内で突然発生する。また、発生する状況としては、その患者や濃厚接触者も感染発生場所も様々である。発生時には、それらの状況を短時間で分析して自治体としての対応を判断し、公表、そして実施することが求められる。しかし、基礎自治体である市町村が、窓口業務、学校、社会教育、観光、各種イベントなどをそのような状況下で継続するのかどうかについて、新しい生活様式や経済復旧の観点にも配慮しながら一つ一つ判断するのは容易ではない。そのため、発生パターンと行政サービスの対応について、あらかじめ目安となる対応基準を策定しておくことが肝心である。例えば、「行政サービス×発生パターン」のマトリックス(図表3)を作成し、関係者間で「目安となる基準」として共有することで、しっかりとした準備することができる。発生時には、想定した発生パターンと実際の発生パターンの差異を認識しながら、迅速に判断をして即時実践につなげる。



5.行政サービスの感染症予防対応は恒久的な対応
 わが国では、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2009年の新型インフルエンザ、2013年の鳥インフルエンザ、そして今回、新型コロナウイルスの危機に直面している。また世界では、中東呼吸器症候群(MERS)やエボラ出血熱などが、流行国から遠く離れた国でも確認される状況となっている。このように、感染症が特定地域に留まらず、グローバルに発生しており、日本も間違いなくその危機にさらされている。今回、流行している新型コロナウイルス感染症がたとえ収束したとしても、また新たな感染症が国内に入ってくる可能性は十分にある。感染症予防の原理原則は、新型コロナウイルスだけでなく、他の感染症にも有効であることから、今回だけの対応・対策ではなく、恒久的な対応・対策と位置付けて、自治体にて準備をしておくことが必要である。
以 上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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