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ウィズコロナ時代の働き方に思うこと

2020年07月14日 岡元真希子


 会社に行って仕事をするのが当たり前だった頃は、仕事とそれ以外の境界線がはっきりしていて、場所・時間・役割がはっきりと分かれていた。会社という仕事の場所にいる間はもっぱら仕事をする時間だった。そして研究員という役割に専念できるように環境が整備されていた。集中して作業したいときは、電話に出なくても代わりに応対をしてくれる人がいた。ゴミは定期的に回収してくれたし、社員食堂に行けば支度も皿洗いも不要だ。トイレットペーパーを補充する必要も、電球を交換する手間もない。

 コロナウイルスの感染拡大防止のため、在宅勤務が常態化してかれこれ4カ月になる。会社に行くという働き方が「専業」だとすると、在宅勤務は「兼業」なのではないかと思う。在宅「オフィス」の維持管理の仕事と、そこで行う研究員としての仕事の掛け持ちだ。もちろんそれで煩わしいこともたくさんある。会社の固定電話から携帯電話へ自動転送されてきた電話は全部自分で応対しなくてはならないし、掃除もゴミ出しも自分の仕事だ。宅配便の配達で仕事が中断されることも多い。

 しかし「会社にいて仕事さえしていればいい」という状況ではないからこそ、視野が広がることもある。例えば、伝票の代わりに液晶画面に指でサインする端末を導入していた宅配便のサービスが、「人が触れたものに触りたくない」という顧客の要望を受けて、旧来の捺印方式に逆戻りをしていたことに、一生活者として気づいた。祖父母任せにしていた子どもの習い事の送迎も、自分でやるようになって、子どもと会話する時間が増えた。また、時間と場所の制約が少なくなった分、「ちょっと参加してみよう」とウェビナーに気軽に申し込みをするようになり、本来業務から少し離れたことを学ぶ機会も増えた。感染拡大防止のためにで、外出回数は激減しているのに、目にするものや接する人は逆に多様になっているようにすら感じる。

 また「会社に行かなくてはならない」という理由で諦めていたことに対して欲が出る、というのも、テレワークがもたらす転換の一つかもしれない。例えば、放課後の時間の子どもの世話。保護者が在宅勤務できる場合は学童保育の利用自粛が推奨されているため、子どもは学校から直接帰宅して、放課後の3時間を児童館の代わりに家で過ごす。自分が会社にいたときは子どもが学童で宿題を済ませてきてくれたら「ラッキー」くらいに思っていたが、目の前にいると「夕ごはんの前に宿題を済ませてしまいなさい」と言いたくなる。子どもは隣の部屋にいて、宿題の声かけや手伝いをやろうと思えばできてしまう。子どもを放置して仕事をすることが怠慢に思えて「仕事だからできない」と言い切れなくなってしまうのだ。〆切が迫っているから仕事を優先して子どものことに目をつぶるか、子どものことを優先して仕事を後回しにするか。その瞬間に自分が何を優先するのか、都度判断することになる。

 会社が引いてくれていた、仕事と家の間の境界線が消え、どこに線を引くかは一人ひとりに委ねられるようになった。同僚やクライアントと会い、パソコンに向かっていれば「なんとなく安心」できた生活から、生活の場面場面で何を優先するのかを自律的に判断する生活へと転換している。物事を見る視点が多様になり、判断材料と自由裁量が増えた。規律や決断を会社任せにするのではなく、自分で都度判断することは負担でもあるが、これをチャンスと捉えて自分なりのニューノーマルを探索したい。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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