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リモートワークを阻害する3つの要因

2020年07月02日 石井隆介


1.リモートワーク普及の兆し
 新型コロナウイルスが、我々に働き方の見直しを迫っている。
 2020年6月21日に西村康稔経済財政・再生相が発表した内閣府の調査によれば、5月25日から6月5日の調査期間において、全国で34.6%の人々が「リモートワークを経験した」と言う。東京23区に限定すれば55.5%であり、その内9割が「継続して利用したい」と回答している(※1)
 リモートワークはその必要性こそ叫ばれていたものの、これまで導入率は低水準に留まっていた(図表1)。だからこそ、今回の新型コロナウイルス対応を契機に普及が進む――と誰もが考えるであろう。
 しかしながら現実は異なる。緊急事態宣言解除を皮切りに「原則出社」の方針へ戻す企業が一定数見られている。後述するが、リモートワークは「従業員」「経営者」「行政」にとってメリットのある働き方である。そのような理想と裏腹に、「原則出社」を企業に打ち出させてしまう要因とは何であろうか。
 本稿ではリモートワークの期待効果を改めて整理するとともに、リモートワーク推進の阻害要因を検討する。


2.リモートワークの期待効果
 リモートワークの本質は、従業員を場所の制限から解放することである。これによる期待効果を「従業員」「経営者」「行政」の3つの視点で整理する。

【従業員にとっての期待効果】
・通勤時間の削減
 リモートワークによって通勤時間を削減することができる。1日の通勤・通学時間は全国平均で1.19時間(※2)とされる。年間労働日数を約240日と仮定し、全て在宅勤務に代替するとすれば、年間に約286時間も削減することができる。
 通勤によるストレスを回避できることも見逃せない。34,000人以上を対象としたイギリスの調査では、通勤時間が長い人はそうでない人に比べて鬱に苦しむ人が33%多いと報告されている(※3)
 通勤時間の短縮は、従業員の可処分時間を増加させるだけでなく、メンタルヘルスの向上にも資するのである。

・ワークライフインテグレーションの進展
 リモートワークによって仕事と私生活の統合(ワークライフインテグレーション)が進み、ライフステージに合わせた多様な働き方を選択できるようになるであろう。これまでであれば育児・介護等の家庭の事情で仕事を犠牲にしなくてはならなかったケースでも、リモートワークによって両立が可能になる可能性がある。

【経営者にとっての期待効果】
・コストの削減
 リモートワークが普及すると常時出社する従業員が減るため、オフィススペースの縮小によるコスト削減が期待できる。オフィスビル総合研究所は、2020年1~3月時点で0.6%であった東京都心5区におけるオフィス空室率が、2023年1~3月には4.8%に達すると予測している (※4)。同社は賃料に対する影響は限定的としているが、予測を上回るペースで空室率が上がれば賃料も下落すると考えられる。
 オフィスコストに比べると小さいが、通勤費の削減も期待できる。2015年の厚生労働省の調査によれば、1カ月あたりの通勤手当は平均11,462円であった(※5)。従業員数の多い企業は特に削減効果が大きいと考えられる。

・リスクの軽減
 新型コロナウイルスの第二波、第三波が予測できない現状、今後は従業員が一カ所に集まること自体がリスクになる。働く場所の分散を図ることは、リスクの軽減に直接的につながる。新型コロナウイルスだけでなく、地震や火災等の災害対策としても、働く場所の分散は有効である。
 
【行政にとっての期待効果】
・労働力人口の増加
 非労働力人口の一部活用が期待できる。2015年時点で、日本の15歳以上人口に占める労働力人口の割合は60.0%(※6)に過ぎず、約4,100万人もの非労働力人口が存在しているとされる。しかし、リモートワークで働く場所の制限が撤廃されれば、育児・介護によって仕事を離れている人材や地方居住者等の就労機会が増加する可能性がある。

・東京一極集中の緩和
 東京一極集中の緩和により、地方の過疎化と出生率の向上に資する可能性がある。
 リモートワークが普及するとオフィスへの通勤圏内に居住する必要性が薄まる。地方に住む人が増えれば、地方の過疎化を抑制することが期待できる。
 かねてより、東京一極集中は東京都の出生率の低下に影響しているとされていた。全国6位の高い待機児童率(※7)や、全国で最も高い住宅費用(※8)が家計を圧迫していることがその要因である。2018年の合計特殊出生率は、全国平均が1.42のところ東京が全都道府県中最低の1.20(※9)であった。リモートワークにより東京一極集中が緩和されれば、出生率の向上に寄与する可能性がある。

3.リモートワークの阻害要因
 リモートワークの阻害要因はいくつかある。主たるものを「職務要因」「環境要因」「マネジメント要因」の3つの視点で整理する。

【職務要因】
 職務特性により、「そもそもリモートワークができない」というケースである。一般論として企画系職種など、デスクワーク中心の人がリモートワークに向く一方、医療や物流、サービス、建設等の現場で働く人などはリモートワークの導入が難しい。
 なお、デスクワークであっても、リモートワークしやすい業務とそうでない業務が存在することは付記しておきたい。リモートワークとの相性を考える上で「自分一人である程度完結できる仕事か、そうでないか」(ソロワーク/グループワーク)、「複雑な判断や思考を伴う仕事か、そうでないか」(定型業務/非定型業務)に分けて考えると以下のようになる(図表2) 。


 ①は、一人でコツコツと進めるような仕事である。タスク完結性が高いためリモートワークとの相性が良い。
 ②は、一人でじっくりと考えたり、新しいものを作り出したりするような仕事である。これもリモートワークしやすいと言えるが、自宅等で勤務環境が変わらないと煮詰まりやすく、リフレッシュするための工夫が必要である。
 ③は、複数人で分業して効率的に進めるような仕事である。業務プロセスがしっかり整理されていれば十分リモートワークを活用できる。
 ④は、複数人でアイデアを生み出すような仕事である。③より複雑なメンバー間コミュニケーションを要するため、リモートワークの難易度はやや高い。ICTツール等の効果的な活用が欠かせない。

【環境要因】
 リモートワークするための環境が無いためできない、というケースである。まずICT関連では、ノートPCやインターネット回線等のハードと、高いセキュリティレベルという2つを備えた作業環境が必須となる。その他、ICTによるチャットツールの導入が望ましい。
 ワークスペース関連では、デスクやチェア等の家具類に加えて通話が可能な環境を整えることが必要になる。従業員によっては自宅での環境整備が現実的ではない人もいるであろう。サテライトオフィスやコワーキングスペースを活用することも視野に入れる必要が生じてくる。

【マネジメント要因】
 管理職がマネジメントし切れないためできない、というケースである。リモートワークではこれまでのオフィスのように部下の業務遂行状況を逐一確認することができない。そのため、「指示・命令型マネジメント」から部下への信頼を前提とした「支援型マネジメント」へ重心を移す必要がある。このマインドチェンジが出来ないためリモートワークでのマネジメントに限界を感じるケースが多い。「部下がさぼらないか不安だから全員出社させる」という発想を持つ管理職は多いのではないか。
 コミュニケーションの方法についてもマインドチェンジが求められる。これまで日本企業では、上司部下間の曖昧な指示が「阿吽の呼吸」といった表現で美化され、問題があるにもかかわらずそのままにされてきた経緯がある。リモートワークにおいてはテキストによるコミュニケーションが中心になるため、誤解を生まない正確な記述が重要になる。「例の件、去年の資料を参考にうまくやっておいて」という指示は改めなければならないのである。
 
 これらの「職務要因」「環境要因」「マネジメント要因」がリモートワークを阻害している大きな要因と言えるであろう。

4.提言
 本稿ではリモートワークの期待効果と阻害要因を整理した。
 3つの阻害要因の中で特に注意が必要なのは「マネジメント要因」である。なぜなら、これまでのマネジメントスタイルを見直さなくても、リモートワーク自体はできてしまうからである。そのような組織では当然生産性が上がらず、リモートワークそのものの評価を下げる結果になってしまう。このような企業は実は多いが、根底には「環境を整備しさえすればリモートワークできる」という誤った認識がある。
 本来、リモートワークの導入は仕事の進め方の見直しと同時に行うものである。今回は新型コロナウイルスへの対応という差し迫った問題があったため、事前に十分検討することができずにリモートワークを導入した企業も多いであろう。そのような状況で「リモートワークで生産性は上がらない」と結論付けてしまうのは早計である。
今後十分な検証をしないまま安易に以前の「原則出社」に舵を切るならば、千載一遇の機会を逸することにならないか懸念される(図表3) 。


(※1)日本経済新聞電子版「テレワーク、全国で34%が経験 東京55% 内閣府調査」(2020年6月21日)
(※2)総務省統計局「平成28年社会生活基本調査」
(※3)VitalityHealth「(Britain's Healthiest Workplace research)」2017年5月22日プレスリリース
(※4)株式会社オフィスビル総合研究所「オフィスマーケット予測レポート 東京都心5区今後3年間の見通し 2020年第一四半期」
(※5)厚生労働省「平成27年就労条件総合調査結果」
(※6)総務省統計局「平成27年国勢調査」
(※7)厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成31年4月1日)」
(※8)総務省「平成 30 年住宅・土地統計調査」
(※9)厚生労働省「平成30年人口動態統計」

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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