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アジア・マンスリー 2020年7月号

懸念が高まる国際金融都市としての香港

2020年06月26日 野木森稔


米中対立が深まるなか香港の国際金融センターとしての中長期的な役割に不透明感が高まっている。しかし、中国本土と国際金融の窓口としての機能の代替は簡単ではなく、当面、その重要性は残るだろう。

米国は香港優遇措置を廃止、ただし影響は軽微
5月28日、中国は全国人民代表大会で、香港における「国家安全法」の導入を決定した。これにより香港の高度な自治への懸念が高まり、国際金融センターとしての地位を危ぶむ声が多くなっている。5月29日には、米国は香港に認めてきた優遇措置の廃止を発表した。さらに、6月13日にムニューシン財務長官が香港を通じた米国資本の移動に制限をかける可能性に言及している。しかし、在香港の大手金融機関から撤退の動きはなく、むしろ同法を支持する声明が出されるなど、大きな悪影響は今のところ見られない。優遇措置に含まれるビザ発給や関税による悪影響は小さいとみられ、在香港の米国企業に大きなインパクトを与えるような金融関連の大規模な制裁実行の可能性は極めて低いと考えられる。

シンガポールに大きなチャンスとの見方もあるが、、、
実際に悪影響が顕在化しないなかでも、不透明感が高まることで同じアジアの国際金融センターであるシンガポールが香港の役割を奪っていくとの見方も多い。両地域は富裕層やヘッジファンドなどの投資家にとって「低い税率」という大きなメリットを持つ。個人所得税の最高税率は香港15%、シンガポール22%であり、法人税はそれぞれ16.5%、17%と、他の先進国、アジア諸国・地域に比べかなり低い。今回の動きを受けて香港から資金をシフトすることを計画した場合、シンガポールは有力候補になる。実際、富裕層がシンガポールへ退避しているとの報道は多い。しかしながら、金融仲介業務や企業の資金調達面から両地域のメリットを考察すると、香港からシンガポールへのシフトはそれほど簡単ではないことが分かる。

金融仲介業者にとって、為替を中心に金融取引の利便性という点で、拠点を両地域に設置するメリットは大きい。両地域はともに世界各国からの貿易の中継地としての特徴も持つことで、様々な通貨での資金決済機能の強みを積み上げてきた。また、香港ドルはカレンシーボード制(ドルペッグ制)、シンガポールドルはバスケット方式による管理型変動相場制という仕組みの下、ともに対米ドルとの比較的安定した為替取引ができるという魅力がある。ただし、シンガポールはASEAN各国など複数通貨の取引に優位性を持つ一方、香港は人民元取引に特化して強みを持つという大きな違いがある。実際に、香港とシンガポールの通貨取引量は、英国、米国に次ぐ規模を持つが、人民元だけに限ると香港が30%を占め世界最大となる。加えて、香港は株・債券取引でも中国本土とのストック(またはボンド)コネクトという仕組みを持ち、香港を通じて中国本土外(内)投資家における本土内(外)証券取引の利便性を大きく改善させている。海外からの中国本土との取引では引き続き厳しい資本移動規制が残っているが、金融仲介業は香港での機能を使うことで最も効率的に中国本土との取引を行うことができる。この仕組みは簡単に替えがきくものではなく、金融機関の撤退の話がほとんどないことの大きな要因である。加えて、香港では機関投資家を中心に中国投資を主とする場合が多いため、投資家の多くを香港に留める要因にもなろう。

最後に、企業の資金調達についてであるが、香港とシンガポールは共にグローバルマネーを調達する点においては魅力的な市場である。しかし、上述した中国と関連性の強い金融仲介業者、投資家(資金の出し手)を持つことで、香港市場は中国企業の資金調達に対して優位性を高め、大きな強みになっている。実際に、国際会計事務所EYによれば、2019年の香港株式市場での新規株式公開(IPO)は154件となり、資金調達額は379億ドルと世界最大となった。アジア市場拡大を目指すベルギーのビール大手に加え、中国の電子商取引(EC)大手の上場が大きく寄与している。なお、米上院が5月20日に、米国に上場する外国企業に経営の透明性を求める法案を可決したが、これが香港株式市場の存在感をさらに高めるきっかけとなった。もともとは米国で上場した中国大手カフェチェーンの不正会計を発端とした法案であるが、検査拒否や情報開示不十分の場合は米国上場廃止につながる可能性など、米国に上場する中国企業全体に対する懸念が強まった。そのため、グローバル展開を目指す多くの中国企業が、これまでのような米国での株式上場だけでなく、香港上場ないしは米国と香港の重複上場(米国上場廃止になった場合も香港株との交換が可能となる)を目指す動きが加速している。

香港金融機能を代替するのは容易ではない
香港とシンガポールはそれぞれ独自の成長を遂げ、国際金融センターとして高い地位を築いてきた。投資家、金融仲介業者、企業、それぞれに対し同様の好条件が整っているが、そこから得られるメリットは大きく異なる。香港におけるメリットは中国本土との強いつながりであり、シンガポールがそれを代替するのは難しい。また、その他のアジア都市が香港に代わる国際金融センターを目指す可能性も考えられるが、その場合はまずストックコネクトなど香港が持つ中国金融市場の窓口としての機能を導入する必要がある。投資家を呼び込むには税率への大幅引き下げが必要だが、実行のハードルは高い。

米中対立が深まるなか、香港の国際金融機能の中長期的な役割には不透明感が高まっているのは間違いない。しかし、司法の独立が脅かされるなどのリスクがささやかれるなかでも、多くの投資家、そして金融仲介業者、非金融企業にとって香港からの撤退という選択は簡単ではない。中国本土と世界をつなぐ金融アクセス窓口に他の選択肢がないなかで、香港の重要性は当面、残ることになろう。
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