コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

共創型PPP事業「弘前れんが倉庫美術館PFI事業」の挑戦

2020年06月17日 前田直之山崎新太


1.VUCA・デジタル時代の文化・芸術政策の役割

■持続可能な地域のために必要な「都市の文化・芸術・クリエイティビティ」
 AI、IoTの普及・発展により、世界は次のフェーズへ向かっている。Society5.0とも呼ばれる次世代は、暮らし方や働き方、個々のアイデンティティに新たな価値観をもたらそうとしている。一方で、我々を取り巻く足下の社会は、VUCA(Volatility(激動), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(不透明性))の世に突入していると言われている。将来を見通すことが困難な非線形の未来において、我々はSociety5.0という次世代を描き、構築することが必要である。
 その中で、人々の発想やアイデアに基づくデザインやアートなどのクリエイティブの分野は、過去のデータに基づき処理を行うAIやIoTでは代替できない、人間の「感性」「直観」が生み出すものである。人は何を美しいと感じるのか、心地よいと感じるのかを見極めながら、表現・創作を行うことが、VUCA時代のSociety5.0を実現するために我々が発揮すべき生産的な価値であり、求められる役割である。昨今、日々の生活や経済活動の中でも、クリエイティブ思考、アート思考、デザイン思考などが謳われて久しいが、その中でも重要だと考える機能は、ゼロからイチを生み出す天才的な閃きよりも、混沌としたVUCAの時代の中で、どのようなものが「正しいのか」「美しいのか」「心地よいのか」を見極める力=審美眼であると筆者は考える。
 では、そのような感性を備える人々を、どのように育んでいくのか。これからの選ばれる都市・地域では、人々が日常生活の中で審美眼を備え、感性を磨きながら生活でき、創造的な活動を自発的に行うことができる環境や機会の提供が求められる。筆者は、このように人の感性を育むことができる基盤や環境が整っていることが、創造性の高い人を生み出し、もしくは集めることができ、競争力が高く持続可能な都市の要件になると考えている。森記念財団がまとめた「世界の都市総合力ランキング」においても、「文化・交流」分野における文化施設の状況や文化・芸術イベントの件数などが、大きな評価指標として挙がっており、上位にランキングしている都市は、全てこれらの「文化・交流」スコアが高い状況である


■公共セクターの文化・芸術政策の役割
 英国の文化創造政策においては、文化・芸術・クリエイティブ分野の市場拡大とともに、他の産業に与える影響についても指標として分析している。クリエイティブエコノミーと呼ばれる領域は、いわゆるクリエイティブ産業のみならず、自動車メーカーのデザイン部門なども対象としている。つまり、あらゆる業種において、今後「創造性」を持った人材が重要であることを示している。
 では、市民がこのような「感性」や「創造性」を磨くために、地域・都市が備えるべき環境、基盤とはどのようなものか。それは、国や地方公共団体などの公共セクターが、全ての市民に対して分け隔てなく文化・芸術等に触れる機会の提供、その感性を磨いてもらうための環境を整備するために進めている文化・芸術・クリエイティブ都市政策であると考えている。質が高く、「本物」の文化芸術に気軽に、日常的に触れることのできる環境は、人の感性を磨き、創造力を刺激する。また、自発的に文化・芸術を学び、表現できる場があることによって、文化・芸術・クリエイティブ産業に関わりたいという人を育み、また呼び込むことができる。このサイクルが生まれることで、地域・都市において創造・表現される文化・芸術の質は、さらに高まっていくこととなる。
 平成30年3月に文化庁が策定した第一期文化芸術推進計画には、「国及び地方公共団体は(中略)、文化芸術により生み出される本質的価値及び社会的・経済的価値を文化芸術の継承,発展及び創造に「活用・好循環させる」ことが重要である。」と示されている。その価値を生み出す人(作家、アーティスト、キュレーター)と、その価値を享受する人(国民全体)の双方を対象として、それぞれが「する」支援、「みる・触れる(みせる)」支援を行うというものである。価値を生み出す人々に対しては、国際競争力を高める支援や、それを発表・公演し、観覧してもらえる環境を整備すること、さらには経済的な自立や発展ができるように支援することである。価値を享受する人に対しては、文化・芸術活動に親しむ環境を提供し、さらには「本物」に触れて、感性を刺激する機会を提供することなどが挙げられる。これらは、機能別に分類すると、活動そのものを支援する施策、活動をする機会を提供する施策、活動をする場を提供する施策に分かれている。

■文化・芸術分野における共創型PPP事業の創出
 過去の文化芸術政策は、公共が芸術作品等の文化的・芸術的価値を保全、継承すること、さらには学術的に研究・記録することに主眼が置かれていた。しかしながら、前述の第一期文化芸術推進計画においては、社会的・経済的価値を「活用・好循環」させることが示され、文化・芸術政策は、持続可能な都市政策、成長可能な経済政策としても、新たな位置づけがなされているといえよう。
 人々の感性や創造性を喚起する文化・芸術の価値は、より多くの人に見てもらい、触れてもらい、体験してもらうことによって、波及する範囲が最大化する。一方で、従来の公共セクターには、多くの人に集まってもらい、作品を見てもらう施策(プロモーションやマーケティング)、「価値を好循環」させるための付加価値化やマネタイズのリソースやノウハウは不足しているのが現状である。従来の公共の役割を超えて、新しい文化・芸術政策の目標を達成していくためには、公共だけではなく、民間の資金やノウハウを最大限活用して、事業を推進していくことが望ましい。
 一方で、昨今では、官民連携による公共施策として、PPP(Public Private Partnership)手法が用いられるが、既存のPPP事業は、公共事業の「包括的アウトソーシング」の傾向が強い。既存の公共サービスと「同じ価値」を、より安価に民間が提供するという、コスト削減手法の一環として活用されている。
 しかし、文化・芸術分野におけるPPP事業は、今までの公共に不足している機能を民間に補完してもらい、双方の力を合わせることで付加価値を生み出す必要がある。これを筆者は、共創型PPP事業と呼び、特に文化・芸術分野においてはこの共創型PPP事業を推進していくことが、先の文化芸術推進計画で示す目的を達成するために、不可欠であると考える。


2.弘前れんが倉庫美術館PFI事業

■歴史的れんが倉庫の活用
 人口約16.9万人(2020年5月1日時点)の青森県弘前市は、かつて津軽藩城下町として栄えた北東北の中心的都市である。JR弘前駅から弘前公園、市役所等までのエリアが面的な中心市街地として広がり、れんが造りや石造りなどの近代建築も多く現存する趣のある街並みを形成している。
 その中心市街地の中に、日本で初めて大々的にリンゴ酒「シードル」を醸造したれんが倉庫が保存されていた。弘南鉄道大鰐線の「中央弘前駅」南側にある吉野町緑地に隣接し、風雨にさらされながらも、スポットの個展やコンサートなどの会場として利活用されていた。
 弘前市は、市民の文化・芸術・交流の拠点としての活用を考え、民間所有であった同れんが倉庫を買い取り、2016年6月には「(仮称)吉野町文化交流拠点基本計画書」を策定し、その活用方針を定めた。
 同基本計画では、施設のコンセプトとして「訪れる人全てが世界につながる芸術や文化に触れることができる機会を提供しつつ、次世代のアーティスト・クリエイターが育つ文化芸術の創造・交流の拠点(クリエイティブ・ハブ)になることで、市民の豊かな生活・新たな賑わい・市内外の集客と交流を創出し、持続可能な都市への発展に寄与する。」を掲げた。市は、このような事業を整備・運営するにあたっては、民間事業者のリソースやノウハウが不可欠であるとの判断から、PFI事業による事業推進を図ることとした。


■PFIによる事業化への挑戦
 本事業は、築100年近いれんが倉庫をリノベーションして美術館にし、その運営と維持管理を15年間の長期にわたって行うPFI事業である。この事業には、わが国のPFI事業として、初めての要素が多数存在した。
 まず、歴史的なれんが倉庫をリノベーションするという改修事業であるということである。れんが造りの壁や基礎、屋根において耐震補強が必要であり、その工法について多くの議論がなされた。倉庫という用途であるため、大空間が維持されていたが、その空間の良さを打ち消さず、展示空間として活用していくことを前提に補強方法が検討された。
 また、通常公立美術館の運営にあたっては、行政職員としての学芸員が中心となって作品の収集や展示企画などが実施されるが、本事業では、それらの学芸機能も含めて、民間事業者(アート関連の事業者)に委ねる事業スキームとした。
 このような事業であるため、プロポーザルに応募者として参加する事業者コンソーシアムについては、改修にかかる技術的課題をクリアする設計・施工者と、アート分野の運営ノウハウを有する事業者によるコンソーシアム組成が求められた。また、美術館という空間の性質上、改修とはいえ建築全体のデザイン性、内部空間の利便性、快適性、計画されている展示方針との整合性を備えた空間設計能力を有する事業者(設計者)の参画が期待された。そして何より、貴重な地域資源であるれんが倉庫を弘前市とともにクリエイティブ・ハブに転用していくことができる、高い見識と公共心を持つ事業者の参画が必要であった。

■新たな価値を共創するPFI
 本事業は、一般的なPFI事業ではなく「共創型PPP」であると述べたのには、3つの理由がある。一つ目は、美術館運営の根幹となる「どのような作品を収集・展示するのか」ということについて、民間事業者の提案を求めたことにある。市として本事業で達成したいアウトカム(成果目標)は、先に述べた施設コンセプトで示しているが、それを具体的にどのような作品収集や展示を行って実現するのかについては、要求水準書に示していない。より知見・ノウハウを有する民間事業者からの提案を受け、市は目標達成に向けて効果的であると評価し、同意することによって、美術館の運営方針の根幹を決めることとなった。特に、収集する作品を民間事業者の提案事項としたことは、美術館のPPP事業において極めて挑戦的な取り組みである。
 二つ目は、民間側の事業計画に基づくプロフィットシェアの仕組みを導入していることである。通常の公共施設は、利用料金を徴収し、その収入で足りない運営維持管理経費を指定管理料として市が事業者に支払う。本事業では、民間側の美術館運営にかかる事業計画を提案してもらい、そこで得られる事業収益が一定の条件を超えた場合には、市に一部還元するプロフィットシェアの仕組みを導入している。このプロフィットシェアは、より多くの人に美術館のサービスを享受してもらうことを目的とした場合、民間事業者側の収益も増加し、市の財政にも還元される仕組みであり、双方が事業の目標達成によってメリットを享受できる、シェアできる仕組みである。シェアする仕組みがない場合には、民間側は一定以上集客することに対するインセンティブが働かなくなり、結果として市の財政への還元が最小化されてしまう可能性がある。官民双方が同じ目標を達成するために協力し合う関係を構築するために必要な仕組みであった。
 三つ目は、多くの官民対話によって、民間事業者側の「公共心」を醸成しながら事業を推進できたことである。本事業は、公募開始後から、提案提出後の審査までの間、事業条件や提案内容に関する市と提案事業者との対話の機会を多く設けた。公募書類や要求水準書などでは、伝えきれていない市側の想いを提案する事業者に丁寧に伝えていくことや、事業者側の提案内容について、大きく事業条件を外れていないか、要求水準未達になっていないかなどを確認しながら、事業者側の提案精度を高めるための対話を複数回実施した。さらに、優先交渉権者決定後の契約協議、設計協議、施工時における定例会議など、頻繁に市と事業者側の対話、打ち合わせを実施し、取り交わした契約書の文面だけでは処理しきれない課題をともに解決しながら、2020年2月の竣工にたどり着いた。この対話こそが、共に事業を創り上げるために、民間事業者側の公共心を醸成するために必要な最善のプロセスであり、成功要因であると考える。立場を超えて、同じ目標に向かって課題を解決しながら進んでいくためには、志を共にする官民の対話による信頼関係の構築が不可欠である。

3.弘前市と弘前芸術創造株式会社の挑戦

■弘前芸術創造株式会社
 筆者が基本計画の策定から事業者選定のアドバイザリーまでを務めた本事業は、プロポーザル審査の結果、PFI事業者として弘前芸術創造株式会社が選定された。同社は、前森美術館館長である南條史生氏が総合アドバイザー、新進気鋭の建築家田根剛氏がデザイン監修として参加し、大手デベロッパーのスターツコーポレーション株式会社が代表企業として参加するSPC(特別目的会社)である。耐震改修工事は株式会社大林組東北支店、設計には株式会社NTTファシリティーズと国内大手企業が参加するとともに、地元企業として株式会社南建設、株式会社西村組が参加し、運営企業には南條氏のアートディレクション事務所であるN&A株式会社が入っている。地域の内外、個と組織の力を組み合わせ、本事業のためだけに組成された同社は、れんが倉庫の改修デザイン、美術館としての運営方針が高い評価を得て選定された。

■「弘前れんが倉庫美術館」が目指すもの
 2020年2月、本事業は「弘前れんが倉庫美術館」を竣工させ、スタート地点に立った。地域に愛され、地域の景色を形作ってきたれんが倉庫は、美術館として新たな役割を与えられ、これからの弘前の文化・芸術創造・発信の拠点としての歴史を刻むこととなる。


出所:弘前れんが倉庫美術館ウェブサイト


 同施設の運営を担う弘前芸術創造株式会社は、同施設のミッションとして「1. 建築の記憶の継承と、新たな空間体験の創出」「2.地域の新たな可能性の開発と歴史の再生」「3. 異なる価値観の共有と開かれた感性の育成」の3つを掲げている。これはまさに、先に述べた国の文化芸術推進計画で示されている「文化芸術により生み出される本質的価値及び社会的・経済的価値を文化芸術の継承,発展及び創造に『活用・好循環させる』こと」を弘前という地域において、実現しようとしている。

■本事業が弘前市にもたらす変化
 「弘前れんが倉庫美術館」は、新型コロナウイルス感染拡大を防止するために、当初から約2カ月遅れて、2020年6月にオープンした。社会的に新たな生活様式が求められる中、ニューノーマル(新常態)の中での美術館、公共施設の在り方を模索していくこととなる。そして、ニューノーマルの中で確立された弘前市の「クリエイティブ・ハブ」として、地域に変化をもたらすことが期待される。
 まず、市民は日常的に現代アートの「本物」に触れることができる。弘前市出身の奈良美智氏の作品をはじめ、国内外の一流アーティストが本美術館のために制作したサイトスペシフィックな現代アート作品の展示が計画されている。
さらに、文化・芸術を核としたコミュニティの形成が図られる。文化・芸術分野の人材の集積はもちろんのこと、市民、国内観光客、訪日外国人客などが訪れることによって、美術館および吉野町緑地がコミュニティ形成の場となり、交流と賑わいを生み出していくことだろう。
 加えて、県内他地域との連携による取り組みの創発である。青森県内には、青森県立美術館、十和田現代美術館などの著名な美術館が現存するとともに、八戸市でも新美術館の整備が進められている。これらの美術館が連携し、青森県全体で質の高い文化芸術を発信することで、弘前市内にとどまらない交流・連携が広がっていく。
 そして、最終的には、弘前から新たな文化芸術が創造され、新しい価値を生み出す人材が育成され、さらに弘前に人が集まり、経済循環が生まれるという、エコシステムが構築されることが期待される。「弘前れんが倉庫美術館」PFI事業が、そのサイクルを生み出す第一歩になることを祈念している。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
IKUMA Message
カテゴリー別

業務別

産業別

レポートに関する
お問い合わせ