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「正しく恐れる」とは、適度な施策を講ずること

2020年05月28日 時吉康範


 いや、ほんとにしんどかった。
 40半ばを過ぎたあたりから春先になると、ホットフラッシュに悩まされる年が何回かあり、体調不良になることが多かったが、今年は別格だった。
 持病の首肩痛とホットフラッシュによる睡眠不足や食欲不振に、新型コロナウイルスの警戒や外出自粛によるストレスがのしかかったからだ。市販薬は効かず、何をやっても不調は一向に改善しない。しばらくすると他の箇所の不具合も噴出し、日に日に減る体重計の数字や目の下の消えないクマを見てはさらにメンタルを病むという悪循環に陥った。そして、食べ物を一切受け付けないようになった。
 「何かが致命的に悪いのだろう」と意を決し、感染症を恐れて遠ざかっていた病院に行き、かかりつけ医に症状を全て吐き出して、人間ドック+αの検査を受けた。
 五臓六腑、異常なし。血液、異常なし。消化器なんて笑えるくらいにきれいなものだった。医者には「生きていればいろいろなことがあるのだから、心配しないで休みなさい」と言われ、処方箋すら出なかった。それはそうだ。直すところがないのだから。

 医者にそう言われて安心した直後、「病は気から」の真実味に驚愕する。
 普通に腹が減り夕飯を食べられた。夜はすぐ眠れて、毎朝悩まされていたホットフラッシュも起きなかった。
 すべての体調不良の原因が「気のせい」で片付けられるとは予想していなかった。改めてストレスとは怖いものだ。

 さて、中年の不健康自慢が長くなった。
 今回の体調悪化に加担した新型コロナウイルスへの警戒だが、有識者が「正しく恐れる」と語るのを耳にした読者も多いだろう。筆者自身、「正しく恐れている」と思っていた。「自分が感染するなら日本人はみな感染するだろう」とすら思っていた。筆者が取っていた行動は、手洗い・うがい・マスクは当然のこと、人(混み)を徹底的に避ける、公共物に素手で触らない、室内に長時間滞在しない、外部から入ってきた物は例外なくきれいに洗う、家に帰ったら風呂に直行する、抗ウイルスの薬剤等は頻繁に使う、外食はオープンスペースに限定する、中食でも火を通せるものしか食べない、等々、マイルールを厳格に定め遂行していた。
 未知のものとはいえ、ウイルスであるからには「どのように感染するのか」は推測可能であり、この程度の対策は当然のことだと思っていた。筆者が当然と思う対策を取っていない人を見ると激しくイライラした。

 結果、「“正しく”恐れている」とは言えなかった。メンタルを病んだのだから。

 では、正しく恐れることに失敗した要因はどこにあったのだろう。

1. 感染拡大状況の事実を知り、拡大のメカニズムと未来に起こり得ることを推測する。
 “正しく”の前提となる情報の把握と、感染拡大のモデル(市民の意識変化、市場構造変化、業界構造変化等のモデルが該当する)の推測から、考えられる未来像を考察する。筆者の本業は未来洞察のコンサルタントだ。知識、推測、未来像の描写を怠けて暮らせる職業でも性格でもない。

2. 未来に起こり得ることから感染予防のための全ての施策オプションを考える。
 起こり得る変化に対応するオプションを全て洗い出してみることは、その後の戦略・政策検討における、見落としや手戻りを減らす。検討するオプションの数の多さを面倒くさがらずに、可能性を排除せずに頭を使ってみることが正しく備えることにつながる。

3. 考えた施策オプションを取捨選択する
 筆者はこれが問題だった。取捨選択をすることなく、個人で取り得る“ほぼ全ての”施策オプションを実行した負担が大きすぎた。特に心理的コストがかかりすぎた。毎日毎日実行する項目数と各項目の手間の多さが、度を越していた。企業や自治体の場合、経済的コストを判断基準に全ての施策を実施できないので取捨選択するが、費用対効果を基準にすると不足を生み出す可能性がある。

4. 取捨選択した施策オプションを実行する(詳細は割愛)

 こう整理すると、この個人的な不具合の要因は、企業や自治体のバックキャスティングによる戦略策定・政策形成に筆者が推奨している“OODAループ*”で説明できることに気づいた。他人様に偉そうに話していることが自分事には何ら活かされていないことは筆者にはよくあることだ。


 あり得る未来のリスクを洞察する難しさは、起こり得るリスクを数多くリストアップすることではないし、考え得るリスクの全てに施策を打つことでもない。リストアップしたリスクに見合った“過不足のない適度な施策を定義”し、負担が掛かりすぎないように“健全に実行し続ける”ことなのだ。これが出来て初めて「正しく恐れている」と言えるのだろう。
 普段であれば、未来の変化に向けた施策を備えようとしないマネジメントに対して毒づいている筆者ではあるが、“過不足のない適度”が重要と身をもって知った以上、しばらくはおとなしくしておこうと思う。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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