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コロナショックは従来型のM&Aの在り方を見直す契機に

2020年05月26日 林信行


リーマン・ショック時のM&Aマーケットへの影響

 新型コロナウイルスの影響により、M&Aは延期、見送りが相次いでいます。今年3月、4月については、従前からM&Aを検討している流れでそのままクロージングする案件も見られましたが、初期的な検討段階のものは先に進めることは難しく、減少傾向に拍車がかかっている状況です。特に大型のM&Aについてはリスクが読みきれないことから減少傾向が著しく、これからは逆に大手企業の「子会社」や「事業」売却が加速してくると推測されます。

 リーマン・ショック時にM&Aアドバイザーをやっていた私も、世の中からM&A案件が次々と消えていくのを目の当たりにしました。2008年9月に起きたリーマン・ショック後、2009年、2010年はM&A全体の件数、金額ともに大きく減少しました。しかし意外にも、2010年には日本企業による海外企業の買収(いわゆるIn-Out案件)の金額・件数はいち早く増加に転じています。

 リーマン・ショック後の特徴としては、①パナソニックによる三洋電機買収、国内鉄鋼最大手の新日本製鉄と同3位の住友金属工業の合併等の「国内大型プレイヤーの業界再編」、②製薬・飲料・金融等が成長戦略を海外に求める「大型海外企業買収の伸長」の2点が挙げられます。リーマン・ショック後に間を空けずにM&Aを実現するには、リーマン・ショックの最中にも大手企業を中心に迅速に買収検討に動き出していたと推察されます。日本企業は、手元流動性が欧米企業よりも厚く、D/Eレシオも低いことから、いち早く買収を仕掛ける体力がありました。これは、今回のコロナ状況下も同様で、日本企業はいち早く買収攻勢を仕掛けられるだけのキャッシュと自己資本を保有していると言えます。

不況時は買収の好機に

 世界経済が停滞している今、ミニバブルとも思えたM&Aの価格水準は一旦リセットされ、企業価値は大きく下落している状況です。不況期のM&Aは、買収価格が低いことに加え、自社が本当に必要とする優良な企業が買収できる可能性が高まることから、好況期と比較すると成功する確率が高いとも言われています。

 新型コロナウイルスの影響が長期化の様相を呈する中、モノの流れ、ヒトの流れがすぐに元に戻ることは考えにくく、今後、弱いプレイヤーがあぶりだされるとともに、強いプレイヤーが一層力を持ち、さらなる業界再編が起こり得ます。M&Aをうまく活用し成長している企業は、この時期にも様々な案件を検討しています。事実5月には、オーナー系上場企業のMBOや、近年ガバナンスが問題視される上場子会社の完全子会社化等、「株価が下がった時こそ」の大型案件も見え始めています。

 今後不透明な状況が続く中、今までは売却の可能性があり得なかった企業も、他社とのアライアンスを検討する時期に差し掛かってきています。今は良質な案件を多数検討し、ある程度時間をかけて案件の見極めをできるチャンスでもあります。買収体力のある企業は、この時期だからM&Aは横に置いておく、ということではなく、「今こそ機動的に動ける体制を整え、来るべき時に備えておく」ことが肝要です。今M&Aの思考を一切止めてしまい、コロナウイルスの影響から完全に脱却出来たときに改めてM&Aを検討開始するのでは、そこから買収戦略が軌道に乗るまで2~3年は時間を要し、ライバル企業から大きく遅れを取ることになるでしょう。

M&Aの原点に立ち戻る

 M&Aマーケットがストップしている中、今までの行動を一旦リセットして、改めてM&Aの在り方を考える良い機会です。「M&Aの本来の目的」は、自社の成長戦略に必要不可欠なものを、「時間を買う」、「独自には得られないノウハウを獲得する」ために行うものです。残念ながらコロナショック以前は、上場企業は中期経営計画の数値目標達成へのプレッシャーが強く、計画達成のためM&A実現に望みを託すという、本末転倒な状況になっていた側面もありました。今のような時期にこそ、買収側の企業は自社の取り得る戦略の見直しと、その戦略実現のために必要なアライアンス先、およびその具体的なシナジーについて改めて考え直すことで、自社にとって「本当に必要なM&A」について検討してみてはいかがでしょうか。

 M&Aの推進体制・買収後の管理体制についても同様のことが言えます。従来の積極的なM&Aで管理しきれていない子会社群が増加し、この期に慌てて子会社の経営のてこ入れ等の対応をしている企業もあるかと思います。実際に不況下になると、過去苦労して買収した企業を売却してしまう動きも多く見られるのが実態です。M&A戦略立案に加えM&A推進のプロセス、企業価値評価の社内基準、買収後の管理ルール・自社との適合化について、過去の反省を踏まえ体制を見直す良いタイミングです。多数のM&Aを実現している大企業でも、「買いっぱなし」になっているケースは未だに多く見られます。買収前の戦略が曖昧で、買収後の一体化に人員が割けず、管理ルールも未整備のままになっている企業はまだまだ多いように感じます。M&Aの実現がゴールではなく、スタートであるという認識を改めて持ち、買収後も確り被買収企業をマネジメントできる体制を作っていく必要があります。

買収前の戦略・シナジーの議論活発化を

 最近のM&Aでは買収前に、買収企業・被買収企業がひざ詰めでお互いの戦略や目指す方向性について議論を重ね、理解を深めるというプロセスが不足していたと感じています。両者が一緒になっても良い、と納得できた時点でM&Aプロセスをスタートさせることが本来あるべき姿です。それを実現するためには、買収企業自らが被買収企業にアプローチし、被買収企業と議論する機会を積極的に作り出していくしかありません。無駄な価格競争に巻き込まれず、「欲しい企業を手の内に入れる」ことに近道は無いのです。

 この1,2年、日本でも「敵対的買収」という言葉がごく当たり前に使われ、日本のM&Aマーケットもますますオープンに変化している中、今後は買収企業・被買収企業が両者で真剣に議論を重ねる機会も増えてくると考えます。今回のコロナショックを機に、M&Aという手段は従来以上にリスクを伴い、成功に至る確率も低くなると思われます。「本当に必要なM&A」は何かを見直し、買収後の戦略・シナジーについて深く考え、被買収企業にその戦略を丁寧に説明していく過程で両者の理解が深まり、買収後もスムーズな統合が図れると考えています。

 一つの事例として最近新聞にも取り上げられましたが、リーマン・ショックの約半年前、富士フイルムが今話題のインフルエンザ治療薬アビガンを開発した富山化学工業を買収しました。2002年に、大正製薬と富山化学の間で業務資本提携が結ばれていましたが、そこにヘルスケアを次世代の柱としたい富士フイルムが自らアプローチを実施したのがきっかけで、2007年の秋頃からインフルエンザ治療薬等の大型新薬開発を軸に成長を諮るというビジョンを3社で摺り合わせし、買収に踏み切った時期がリーマン・ショックの約半年前の2008年2月に当たりました。世界経済が既に停滞し始めていた時期に予定通り買収に踏み切れたのは、3社で共通したビジョンを持ち、信頼関係が構築出来ていたからだと考えられます。そのビジョンがあったからこそ、富士フイルムはその後も富山化学の開発を支え続け、それに応えるべく富山化学は着実に成長し、今まさに富士フイルムの重要な一翼を担う企業になろうとしているわけです。

アフターコロナのM&Aに向けて

 新型コロナの影響で世界経済が不透明感を増す中、①買収企業側が明確な戦略・シナジーを作り上げ、②戦略実現のために本当に必要な企業へ能動的にアプローチし、③被買収企業と深く買収後の方向性について議論を重ね、④買収後には自らがリードして想定した戦略・事業計画を実現できる企業、が買収を成功裏に導けるM&A時代が訪れると思います。買収候補先のショートリストまで社内で共通認識を持っている企業は少ないのでは無いかと思いますが、そこまで議論を深めていくべきです。
 
 コロナショックを機に、企業規模を大きくすることが中心になりがちだったM&Aの考え方を変え、競争に巻き込まれない確固たるM&A戦略を推進する時期に差し掛かっています。「売り案件が持ち込まるのを待って、激しい買収競争に勝ち残る」M&Aではなく、「自ら能動的に動き、本当に欲しい企業を手の内に入れる」M&A実現に転換するチャンスでもあります。ピンチをチャンスと捉え、この機をうまく利用してM&A推進のあり方を見直してみてはいかがでしょうか。
以 上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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