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アフターコロナのスマートシティー像

2020年05月25日 船田学


1.Sidewalk Lab撤退
 2020年5月9日に、Googleの親会社であるAlphabet傘下のSidewalk Labのダン・ドクトロフCEOから、トロントのウォーターフロント地区の再開発プロジェクトからの撤退が発表された。このニュースは、スマートシティーに取り組む日本国内の企業や行政に大きなインパクトをもって受け止められた。ダン・ドクトロフCEOによれば、撤退の理由を新型コロナウイルスのパンデミックによる影響としており、具体的には「過去に例のない規模で、経済的に不安定な状態が、世界中で起きており、トロントの不動産市場も例外ではない。このため計画の中核的な部分を犠牲にせずにプロジェクトの収益性を確保することが、非常に困難になっている」と述べている。
 さらに、WIREDによれば、「再開発地区への公共交通機関の乗り入れを実現するために、Sidewalk Labは州政府に数百万ドルの投資を依頼したものの、州政府はこの投資依頼を拒否した。このためSidewalk Labは単独でプロジェクトを完成させることは不可能であると改めて認識した」といった報道もされている(※1)。ただし、この報道に関して疑問が残るのは、第一に数百万ドル程度の投資規模であれば、Sidewalk Labにとって、プロジェクトの継続可否を左右するような規模の金額ではない。第二に、公共交通機関の投資区分がここにきて大きな問題となることは想定されにくく、そもそも話し合われておくべき課題である。ダン・ドクトロフCEOは元ニューヨーク副市長としてのキャリアも持っていることから、行政の動きは十分に理解しているはずである。公共交通機関の投資負担のイシューを、いわば撤退理由のスケープゴートとしてSidewalk Labが利用した可能性もある。

 そもそも本プロジェクトは、これまでも多くの課題が内在していた。個人情報を含むデータの保護、所有主体、監視体制等に関し、多くの懸念が指摘され、この問題は訴訟にまで発展している。さらに、行政とSidewalk Labとの関係性についても、行政として求められる公平性や平等性の観点からの疑問が指摘されてきた。このような指摘に対してSidewalk Labは、情報の取り扱いに十分注意するとともに、データを販売するようなビジネスには取り組まないことを明言した。また地区内に整備されるアパートメントのうち40%は、低所得者と中所得者に優先的に割り当てるなど、市民や行政が受け入れやすいようなアイデアを提案してきた。このような提案の集大成が、Sidewalk Labが昨年に取りまとめたマスタープランであった。しかし、このマスタープランについてもその実現性や合法性について、トロント市側は疑念をぬぐい切れなかったようである。一方、Sidewalk Labからすれば、トロント市側の対応が一貫しておらず、トロント市側への不信感をぬぐい切れなかった模様である。
 また、トロント市としては、Waterfront地区800haのうち、Quayside地区約4.9haに限定してSidewalk Labの提案を求めたものの、昨年Sidewalk Labsのマスタープランはその範囲を超えて、開発、技術サポートを行う提案をするなど、対象とするエリアについても、最後まで折り合いがつかなかった。このような経緯を考えると、Sidewalk Labとトロント市との信頼関係や適切な役割分担を構築できなかった点が、Sidewalk Lab撤退の本質的な原因であると考えられる。新型コロナウイルスのパンデミックは、Sidewalk Labの撤退の意思決定のタイミングを後押ししたに過ぎないものと理解できる。

2.トヨタ自動車Woven City
 トロントのSidewalk Labと並ぶ世界的なスマートシティーのプロジェクトが、トヨタ自動車が静岡県裾野市で整備を予定しているWoven Cityである。ただし、トロントとWoven Cityでは本質的な違いがある。第一に、トヨタ自動車の私有地内のプロジェクトであることから、法規制による制限は限定的である。行政との十分な連携は必要ではあるが、私有地としての特性から、基本的な意思決定はトヨタ自動車サイドで判断することができる。第二に、初期はトヨタ自動車の従業員やプロジェクト関係者が居住する予定とされており、オプトイン(同意)のもとでの居住となることが想定されるため、個人情報等に関連する問題が発生しにくい。加えて、当初よりデータオリエンテッドではなく、あくまで「ヒト」を中心としたまちづくりが基本理念とされている。第三に、トヨタ自動車の過去の歴史を振り返ると、「一度決めたことは必ずやり抜く企業文化」が存在する点が大きい。2021年3月期については厳しい業績見通しを発表しているものの、本プロジェクトは「やり抜く、やり続ける」としている。Sidewalk Labの撤退後、トヨタ自動車のWoven Cityは世界からよりいっそうの注目を浴びるモデルとなる。

3.アフターコロナのスマートシティー像
 新型コロナウイルスは、様々な価値観にパラダイムシフトを生じさせているが、スマートシティーについても例外ではない。今後のスマートシティーを検討するうえで、基本的な方向性を以下に整理する。まず既存の都市のスマートシティー化を図るプロジェクト、いわゆるレトロフィット型についてであるが、市場のボリュームゾーンとしてはもっともこれが多くなる。これまでレトロフィット型のプロジェクトにおいても、都市のハードを作り替えるプロジェクトが多く検討されているが、やはり都市のハードを作り替えていくには10年単位の時間が必要となる。これはこれで必要なことなのだが、今後特に優先的に検討すべきは、5Gを中心とした通信インフラの整備になるだろう。これは建物や土地を動かす話ではないので、レトロフィット型でもスピード感を持って進められる。また、この際に重要なのは今後5Gをはじめとする通信技術は短期に技術革新が起こるため、通信インフラを資産として整備するのではなく、リース化しておき、技術革新に併せてバージョンアップできる枠組みを整えておく必要がある。レトロフィット型で最も重要なのは、デジタルシティーの構築である。リアルシティーと同期するパラレルワールドをサイバー空間に整備しておくことである。アフターコロナでは、リモート環境による働き方がグローバルで定着する。これまでは「ホワイトカラー対ブルーカラー」という軸であったが、今後は「リモートワーカー対リモートできない人」という軸へ変化する。デジタルシティーは、コロナ対応や災害時にだけ利用するのではなく、常にリアルシティーと同期して存在し、生産性向上や働き方改革に寄与する仕組みとなるのである。こうしたデジタルシティーの構築を官民が連携して都市単位で進めていく必要がある。そしてデジタルシティーとリアルシティーを同期させるために、リアルシティーにおいては前述のとおり5Gを中心とした通信インフラの整備が重要になるのである。

 次に、ゼロからスマートシティーを作る、いわゆるスクラッチ型である。トヨタ自動車のWoven Cityもこのカテゴリーにあたる。スクラッチ型においては、理想的なスマートシティー構築のチャンスがあることから、世界最先端の技術実証が行われ、ショーケース的なまちづくりを目指すプロジェクトが多い。一方で、この世界最先端の技術実証が行われることの表裏一体の課題として、一都市でマネタイズすることは困難となる。ここで重要なのは市場のボリュームゾーンはレトロフィット型ということである。スクラッチ型のスマートシティーに取り組む際は、様々な技術要素をモジュール化しておいて、レトロフィット型のスマートシティーにその技術要素を「ばら売り」してマネタイズする戦略が重要となる。また、スクラッチ型スマートシティーでは、当初よりリアルシティーと併せてデジタルシティーの構築が進められることとなるが、民間企業が主導的に取り組むスマートシティーにおいては、現在政府が検討を進めている都市OSの標準化にどこまで対応するかが論点となる。当然、都市OSとして標準化しておいた方が、他都市との連携などの拡張性は広がるが、一方で民間企業の場合、ビッグデータの利活用にさらなるビジネスの可能性を考えている場合が多いため、オープンデータのような取り組みには身構えざるを得ない状況もある。企業の競争の源泉となるデータはブラックボックス化しながら、一方ではどのように都市OSとの連携を進めるかという、オープン&クローズ戦略の整理が求められることとなる。



 最後にレトロフィット型でもスクラッチ型でも共通して重要になるのは企業、行政、大学、金融機関を含む産官学金の信頼関係の構築となる。Sidewalk Lab撤退の本質的な原因は、Sidewalk Labと行政との信頼関係が、最後まで構築されなかった点にあると見る。そもそも、「都市をつくる」ということは民間企業だけではできない。行政と密接な連携が必要になる。そして、企業や行政との連携を補完する役割として大学や金融機関の協力も求められる。このような産学官金の持続的な連携体制を整備しておく手法として、PPP、PFIといった伝統的な手法が、スマートシティー開発の文脈から今後再び脚光を浴びる可能性がある。民間企業としては、行政の首長や担当者が変わるたびに行政の姿勢が変化することは最大のリスクである。PPP,PFIの手法を活用して、仕組みとしての連携体制を構築し、合意事項を契約として残し、互いの役割、投資区分、リスク等を明確に整理しておく必要がある。

(※1)グーグルがトロントで夢見た「未来都市」の挫折が意味すること,WIRED,2020年5月9日
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