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新型コロナウイルス影響下で求められる和牛素牛の供給基盤強化

2020年05月21日 猪尾祥一


新型コロナウイルス感染拡大に伴う和牛相場・素牛(※1)相場の下落
 新型コロナウイルス感染拡大によるインバウンドの減少、飲食店の休業等により、牛肉、特に和牛枝肉の相場が下落している。市場における令和2年4月の黒毛和種の枝肉相場(※2)は1,714円/kgと昨年同月比で70.8%にまで下がっており、生産現場に深刻な影響をもたらしている。和牛生産を維持するための対策が必要である。枝肉相場の下落を受け、肥育素牛相場も下落している。市場における令和2年4月の素牛相場(※3)は620千円/頭で、前年同月比78.2%、新型コロナウイルス感染拡大前の令和2年1月相場比でも80%となっている。素牛相場については、平成23年以降の生産縮小により相場の高騰が続いており、中長期的には供給力の回復による適正水準への低下が期待されていた面はあるものの、今回の価格の下落は需要ショックによる急激なものであり、素牛の生産基盤、ひいては和牛の生産に対し長期的な悪影響を残す可能性がある。

素牛供給量への影響は長期化する懸念
 肉用牛繁殖経営は、いったん生産者数および生産規模が縮小してしまうと、供給量を回復するのに非常に時間を要する業種である。平成22年の口蹄疫、平成23年の東日本大震災による生産者数減少の影響は大きく、供給不足から素牛価格は平成23年度平均の399千円/頭から、ピーク時の平成28年には815千円まで高騰した。その間、生産者数、生産規模拡大のための施策がとられたが、生産規模を表す繁殖雌牛頭数は平成27年まで減少し続け、ようやく平成31年時点で震災前の9割程度まで増加していたところであった。
 新型コロナウイルス感染拡大による相場下落が深刻化し、繁殖経営の廃業や規模拡大の断念が増えてしまった場合、長期的に素牛供給量に影響が残ることが懸念される。
 供給量の回復に時間を要している原因は、繁殖経営が軌道に乗るまでにかかる時間の長さと、規模拡大の難しさである。通常、母牛の妊娠から子牛の販売までには、妊娠期間約10カ月に加え、子牛の育成期間約9カ月を要する。母牛の妊娠までの期間等を考慮すると、母牛の導入から、初回の子牛販売までは約2年弱を要するのである。既存事業者による規模拡大や新規参入があっても、素牛生産増加の効果が出るまでには時間がかかる上、時間がかかること自体が規模拡大や新規参入のハードルになってしまう。さらに、繁殖経営では発情発見から種付け、出産支援など、経営規模1単位当たりにかかる手間が多く、求められるスキルも多い。結果として労働集約的な経営となっていることも、経営規模の拡大、新規参入のハードルとなる。
 一方で、繁殖雌牛は生物である以上、需要がないからといって生産を意図的に止めることはできず、生産体制の維持には一定の固定費がかかり続ける。需要の減少に対し、段階的な生産縮小という対応は取りにくいことから、事業環境の悪化に対して廃業という選択がとられやすい傾向がある。需要へのショックに対して非常に脆弱である一方で、いったん生産基盤が弱体化してしまうと、回復には時間がかかる。これは農業、畜産業に共通する特徴であるが、肉用牛繁殖経営はその特徴が顕著であるといえる。

素牛供給体制の維持のために必要な対策
 新型コロナウイルスによる影響がいつまで続くかは不透明であるが、インバウンドの減少や、景気低迷による和牛需要の減少等は当面続くことも想定される。影響を受ける繁殖経営に対し、補助金の支給やセーフティネット融資などの措置を速やかに行うとともに、中長期的な視点で素牛供給基盤の強化に取り組む必要性がある。
 具体的には、①繁殖経営の収益性向上、②地域での支援体制強化、③肥育経営や酪農経営と連携した素牛生産といった取り組みを進めていくことが必要となる。

繁殖経営の収益性向上
 まず、繁殖経営の生産性の向上およびコストの低減により、収益力の強化を図る必要がある。先述の通り、肉用牛繁殖経営は労働集約的であり、平成30年度のデータ (※4)では、肥育素牛の生産費の30.1%を労務費が占めている。経営規模の拡大を進める上でも、コスト削減の意味でも、労働生産性の向上が急務である。そのためには、近年開発が進むスマート技術、ICTの導入が一つの解決策となるであろう。例えば、ウェアラブルセンサーの導入による発情発見支援はその一例である。発情の迅速な発見は繁殖経営における重要な技術であるが、経営主による丁寧な母牛の観察を要し、経営を労働集約化させているとともに、規模拡大を困難にする要因の一つでもある。さらに、深夜・早朝など発見が困難な時間帯に発情兆候が表れることもあり、見逃しが収益機会の逸失につながっている。ウェアラブルセンサーの導入による観察の容易化と負担軽減により、生産性向上、規模拡大が可能になることが期待される。
 近年取り組みが進んでいる放牧技術導入も、収益力の強化につながる取り組みの一つである。特に、通年で放牧を行う「周年親子放牧」では、十分な放牧地の確保が条件ではあるものの、舎飼いでの経営を超える生産性を実現している経営も現れており、今後の普及が期待される。ここでも、GPSやセンサーといったスマート機器の活用は有効な手段となるであろう。
 また、収入増加の取り組みとしては、経産牛の再肥育の取り組みが挙げられる。通常、産子能力の低下した繁殖雌牛は低価格で販売される。経産再肥育は、そうした繁殖雌牛としての利用が終わった親牛を放牧や濃厚飼料の供与によって再肥育し、付加価値をつけて販売することで収入を得る取り組みである。市場でのセリにおいて高値が付く「霜降り」にはならないため、高値販売にはマーケティングの工夫を要するものの、赤身肉としての食味については高く評価する声もあり、経営努力によって重要な収入源となることが期待される。

地域での支援体制強化
 地域での支援体制を作り上げることも重要である。繁殖経営に対する地域支援としては、キャトルブリーディングセンター(CBS)による飼養管理の受託が挙げられる。CBSは、主に繁殖雌牛の預託を受け、必要な飼養管理を行う施設である。繁殖経営からすれば、繁殖作業を外部委託することで作業負担が減少するほか、一部の雌牛を外部に預けることで牛舎のキャパシティを変えることなく規模拡大が可能になるメリットもある。また、CBSでは経営主のケガや入院の際の一時預かりも行われており、緊急時の経営維持として用いられるほか、引退時には後継者探索までの時間的な余裕確保のための利用もされている。
 先述した放牧の導入について、地域的な取り組みを進めている事例もある。例えば、山口県では「山口型放牧」として、耕作放棄地等を活用した放牧が推進されている 。畜舎周辺の水田(耕作放棄地を含む)などを活用して行う水田放牧や、簡易な電気牧柵を用い、放牧場所を牛が移動していく移動放牧が行われており、繁殖経営のへの支援と耕作放棄地の活用、鳥獣害対策を並行して実現している。
 スマート技術、ICTの導入についても地域を挙げた支援に取り組んでいるケースがある。鹿児島県肝付町では、株式会社ファームノート、株式会社NTTドコモと提携し、若手肉用牛農家へのスマート機器導入およびデータの収集・分析の支援を行っている 。スマート技術やICTの導入については、技術の有用性は認められているものの、農業経営のよる自主的な導入はまだあまり進んでいない地域もある。自治体や支援団体による導入支援により、技術導入が進むことも想定される。
 また、コントラクターやTMRセンターの設立など、飼料生産・調整に関する外部支援も重要である。繁殖経営における労働時間の多くが飼料の生産・調整に充てられており、こうした作業の外部委託が経営にもたらすメリットは大きい。そのほか、地域で可能な支援としては、公共牧野の活用促進や、経営数維持のための事業承継支援など、様々なものがある。繁殖経営を地域の重要な存在と位置づけ、支援体制を構築していくことが重要である。

肥育経営、酪農経営との連携
 また、素牛供給の確保のためには、肥育経営や酪農経営との連携も方法の一つである。酪農経営では、黒毛和種の受精卵をホルスタインに移植する技術(ET技術: Embryo Transfer)による肥育素牛生産が行われており、素牛供給において重要な役割を担っている。また、肥育経営においても、交雑種雌牛の肥育を行いながら、黒毛和種の受精卵を移植することで、肥育牛と肥育素牛の生産を並行して行う(経産1産取り)経営もある。こうした技術の振興も含め、素牛の供給基盤を確保していく取り組みも有効である。

和牛生産の要である素牛供給基盤の強化を
 和牛は日本の重要な資源であり、農産物輸出拡大における戦略の要にもなっている。素牛の生産はまさにその基盤であり、素牛供給力の確保および生産性の向上は牛肉生産の効率化にも直結する。令和2年3月に策定された、新たな「酪農および肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」(酪肉近)においても、改めて繁殖経営の増頭・増産に向けた取り組みの必要性について指摘されている。
 新型コロナウイルスの影響を乗り越え、かつアフター/ウィズコロナの環境において素牛供給の基盤を維持・拡大するためには、より徹底した取り組みが必要になる。各経営における経営改善の取り組みはもちろん、それと連携した地域での支援体制の構築も重要である。
 上で挙げたように、素牛生産基盤拡大のため、様々な取り組みが行われている。未だその多くは先端事例が点的に存在している状況であるが、新型コロナ禍を乗り越えるためにも、先端事例を参考にした取り組みの拡大が必要となる。

(※1)素牛(もとうし)。9ヵ月齢程度の子牛であり、肉用牛繁殖経営により生産される。肥育経営は素牛を仕入れ、30ヵ月齢程度まで肥育を行う。(繁殖から肥育までを行う一貫経営も存在する。)
(※2)農畜産業振興機構「毎日の市況情報」(令和2年4月、黒毛和種、去勢、A4、東京・大阪加重平均)
(※3)農畜産業振興機構「肉用子牛取引情報」(令和2年4月、黒毛和種、雄雌平均、総市場平均)
(※4)農林水産省「畜産物生産費統計」平成30年度

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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