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コロナ禍から立ち上がって前進するためのレビュー力

2020年04月30日 加藤彰


予測困難な時代に求められるもの
 「VUCAの時代」――Volatile=不安定、Uncertain=不確実、Complex=複雑、Ambiguous=曖昧――という言葉が喧伝されるようになったのはここ数年のことだ。知識人がしたり顔で恰好いいことを言っているぐらいに捉えていた我々も、新型コロナ禍でその意味を思い知らされることになったのではないか。VUCAの社会では「予測の無価値化」が進む(※1)。いくら時間をかけ精密に未来予測をしても今回の危機を事業計画に織り込むのは難しかったはずだ。
 では、このような時代の事業経営に求められるスタンスは何か。対応原則は明確だ。①予測より構想を重視する、②仮置きして試行する、③結果をモニタ・レビューして修正する、④サイクルを速く回す、この4点だ(図1)。思いや共感からスタートして簡単なプロトタイプをつくり、それを顧客に提示し、フィードバックをもらってさっさと壊してもう一度考え・つくる、というプロセスの意義はすでにデザイン思考が解き明かしている(※2)。それが経営全体にとっても重要になってくるということだ。また、初めから細部を詰めるのではなくおおまかな方向性だけを示し、行動して環境に働きかける過程を経て意味や事態の理解を深める「センスメイキング(※3)」が、危機の時代のなかで方法論としての存在価値を一層増してきているとも言える。

(図1)事業経営のサイクル


(出所:日本総合研究所)


 本稿では③のレビューに焦点を当てたい。事業活動が続く限り、緊急対応に追われる現在のフェーズはいずれ一段落し、戦略・業務・組織の見直しが必要になる。一方で、「アフターコロナを見据えた取り組みの方向性」で提示したように、見直し期で必要となる主要検討項目は多岐にわたるが、傷ついた身体でその全てに取り組めるはずがない。必ず、緊急期の活動を検証した上で、どの検討項目を優先するか、という議論が求められる。
 立ち上がって前進する、その第一歩はレビューにならざるを得ない。

良いレビューを実施するポイント
 レビューは必要だ。これに異を唱える人はまずいまい。にもかかわらずあえて本稿でレビューを話題に取り上げるのは、世間のレビューのやり方があまりにもお粗末だからだ。
 「では、ここ半年の当社のコロナ対応について検証したいと思います」と経営企画室長が切り出す。検討結果を示すと、「~の対応は妥当だったのかね」「ここの責任は誰にあるのか」「もっと深く分析して根本原因を突き止めねば」「より詳細に調査・検討して来月の経営会議に諮ってくれ」等と評論家然とした指摘が飛び出す。経営企画はまるで責めを一手に受ける被告のようだ。あるいは「なぜ適切な対応がとれなかったのか。」と社長が言い、担当役員が「当部門が事態を軽く見ておりました。申し訳ありませんでした。今後部内で対策を検討します」と答えて終わり。
 こういうレビューは次の一歩に活きない。関係者が心的ダメージを受け、しかも余計な時間を食うぐらいなら、やらないほうがいい。レビューは追及や反省ではない。過去や現状を振り返って、次の具体的な方針や行動を生み出すことこそが肝だ。

【1】シンプルに、軽やかに
 「②仮置きして試行する」と「④サイクルを速く回す」という対応原則を思い出していただきたい。レビューという作業自体も、緻密に、深く、時間をかけて、ではダメなのだ。ものすごく心理的抵抗を感じる方も多いとは思うが、レビューはシンプルに軽やかにやろう。
 また、レビューではどうしても問題点に光を当てがちになるが、うまくいった側面も取り上げるべきだ。気持ちが前向きになるというだけでなく、うまくいっていることに余計な手を加えてかえって悪くする(例: 従業員の負荷増)ことを避け、自社が今持っている資源に気付けるという効果がある。レビューではソリューション・フォーカスの3つの原則(※4)を意識したい:(1)うまくいっていることに余計な手を加えるな、(2)一度やってうまくいったなら、またそれをせよ、(3)うまくいっていないのであれば、何か違うことをせよ。
 上記を実践するため、KPTというフレームワークを活用するのも一法だ。Keep/Problem/Tryの3つの枠を描き、Keep: 今うまくいっていることで今度も継続すべきこと、Problem: 今困っていること/問題だと思っていること、Try: 今度新たに取り組むことを順番に挙げていく手法だ。まずうまくいっていることから考える、Problemのところで個人責任追及になりかねないWhy分析を「しない」、そして、Tryで今後の行動を考える空気に持っていく、という仕掛けが1つのフレームワークの中に見事に織り込まれている。じっくり話すときならば1時間超、短期レビューならば30分もあれば実施できる。小生がマネジャーを務めるグループでは、図2のようにQuit(やめること)を加えたKPTを用いている。関心のある方は極めて秀逸なガイドブックをぜひ参照いただきたい(※5)

(図2)改造型KPT


(出所:日本総合研究所)


【2】適切な問いを設定せよ
 上のようなフレームワークに当てはまらないレビューもあろう。当社はどの検討項目を優先するか、を決めるシーンはその最たるものだ。その時にはどう議論すればよいか。
 世間の人達は「~を検証すべきだ」と言うのが大好きだ。実に安全な正論で、「検証しなくていい」という返り討ちに遭う恐れはまずない。しかし、「~を検証すべきだ/しよう」と投げかけても、皆は何について思考し発言すればいいのか分からない。無理に発言しようとすれば「あの時のあの対応には疑問が残る」といった評論ばかりが飛び出してくるのは当然だ。
 検証という言葉で思考停止せずに、適切な「問い」にまで持っていこう。たとえば「この3カ月間を踏まえ、当社の中で『変えるべき』と強く思ったのは何か?」「そう思った理由は何か?」「優先的に手を着けるべき課題はどれか?」といった具合に。
 さらに、その問いもよく選ばねばならない。「その方策で本当に問題が解決できるのか?」という問いは至極真っ当な問いのように思えるが、あなたが問いかけられた側だったら答えられるだろうか。よほど自信があるならともかく、多くの場合は絶句するしかないのではないか。あるいは「我々は今の事業スタイルのままでいいのか?」という問い。「今のままでいい」とは答えづらい。「よくない」としか答えようがない。相手を絶句させてしまう質問、答えようの無い質問は投げないほうがいい(yes/no型の質問にこういうものが多い気がする)。
 もうひとつ、「~の根本原因は何か?」という問いも安易に使わないほうがいい。それが本当の根本原因だということを立証するのは通常非常に難しいし、もしできるとしても多大な手間がかかってスピードが損なわれる。その上「あいつが悪い」に行きつくことも多く、では、その人の首をすげ替えるとでもいうのだろうか。解決策につながらない原因分析は不毛だ。

【3】役員同士が議論できるようになる
 上の2つのポイントは言うなればテクニカルな工夫だ。下地として、役員同士で議論ができる習慣が根付いていないとどうにもならない。経営企画からの答申を聞いて、それに疑問や注文を投げ、決裁するだけが自分たちの仕事だと思っていてはダメだ。議論の準備は経営企画がしてくれるけれど、自分たちこそが意見・アイデアを出し合い、良い方法を模索し、意思決定する主体者なのだと認識せねばならない。しかも認識にとどまらず、実際に「議論ができる」必要がある。必要だと分かってはいるけど、でも、社長が話し始めたらもう誰も割り込めない、というのでは「できる」とは言えない。
 さらに役員間で、これまでに述べてきた「この時代に必要な考え方原則」が共有されている必要がある:予測の精度を追求しない、仮置きして試行する、サイクルを速く回す、等々。これらは議論する実体験を通じて、体得・腹落ちしてゆくしかない。
 我田引水になるが、このためにはコンサルティング・ファームの利用も一考の価値があるのではないか。経営企画の人が経営層の議論のファシリテーションを務めるのは、力関係からいっても酷なことが多い。といって純粋なファシリテーターでは経営・戦略の議論についていけない。経営戦略や企業独自の事情も理解しつつ、議論の場の設計のノウハウがあり、ファシリテーターとしても振る舞える、コウモリのようなコンサルタントが意外に役に立つ。そして、関係者一同がやり方を習得すれば、そこから先は社内だけでも十分にやっていける。

レビュー能力鍛錬のススメ
 役員同士が議論できるようになっておくことは、レビューの場に限らず、多様な場面で活きてくる。自社の将来像を描いたり、ある特定テーマ(市場環境激変への対応、デジタルトランスフォーメーションの意義、わが社の目指すCSVなど)について方向性を打ち出したり、コーポレート・ガバナンスを正常に機能させたり、ということを想定した時、役員同士が正面から本気で議論できるというのは大きな武器になり得る。模倣困難な競争優位性と言ってもいい。
 そのための必須かつ入門しやすい第一歩として、レビューの話し合いができるように訓練を積んでおくというのは魅力的ではないかと考える次第だ。
 小生が徹頭徹尾ファシリテーションの世界に生きる者だということもあって、その方面に偏重した主張になってしまったかもしれない。しかし、私は多様な人が集まった話し合いの場のパワーを信じている。さらに言うなら、Post- or With-Coronavirusの時代にあっても、リモートやオンラインのみに閉じこもるのではなく、使うべきところでは直接対面で協働作業する場を駆使する組織が底力を溜めていくだろうと思っている。


(※1)山口周「ニュータイプの時代」ダイヤモンド社
(※2)解説書は多く出ているが、たとえば 佐宗邦威「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」クロスメディア・パブリッシング
(※3)入山章栄「世界標準の経営理論」ダイヤモンド社、第23章 センスメイキング理論
(※4)橋本文隆「問題解決力を高めるソリューション・フォーカス入門」PHP研究所
(※5)天野勝「プロジェクトファシリテーション 実践編 ふりかえりガイド」
以 上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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