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新型コロナウイルス感染症を契機に急速に普及する中国インターネット診療とさらなる発展の方向性

2020年04月28日 厳華


はじめに

 中国では、新型コロナウイルス感染症の発生、急速な拡散と流行を受け、都市がロックダウンされ、多くの産業が活動を停止し、一般市民の移動も制限される状況にある。
 一方、中国では、様々な制限のある状況下で適切な医療サービスを提供するため、インターネット診療の提供・利用が急速に発展している。

 本稿では、中国インターネット診療に関する現状、現状に至った経緯および今後のさらなる普及発展の可能性を論ずる。

Part1 新型コロナウイルス肺炎感染症の影響下で急速に普及する中国インターネット診療

 2020年1月23日、新型コロナウイルス感染症(以下「新型肺炎」) の流行を抑制するため、中国湖北省武漢市の全域がロックダウンされた。それ以外の地域においても「外出を控えること」が政府から呼びかけられた。

 一般市民の健康不安が増える状況を受け、オンライン医療プラットフォーム運営者が迅速に動き始めた。「微医(Tencent傘下)」、「平安好医生(PingAn GoodDoctor)(平安保険傘下)」、「阿里健康(アリババ下)」(※1)をはじめとする複数の大手オンライン医療プラットフォーム運営者は新型肺炎に関する「無料カウンセリング」サービスの提供を開始した。

 2月3日、中国国家衛健委(※2)は上記を含めた新型肺炎対応へのICT活用の動きを受けて、「新型コロナウイルス感染症の感染防止・抑制に情報技術の活用強化に関する通知」を発表した。本通知では、積極的にインターネット診療サービスを展開することで、新型肺炎対応指定病院の負担を軽減するように呼び掛けた。

 同時に、オンライン医療プラットフォーム運営者は、新型肺炎に関する「無料カウンセリング」提供を通じ「カウンセリング量やアプリの新規登録者数は急速に増加した」という結果を次々と発表した。平安好医生の公表データによると、一日平均のカウンセリング実施数は従来の約9倍、アプリ新規登録者数は約10倍に増加した(※3)

 一方、新型肺炎の流行の長期化による国民の自粛期間の延長および医療資源を新型肺炎に優先対応する等の影響により、慢性疾患を罹患した患者に対する医薬品の再処方が滞る等、慢性疾患罹患者の定期通院および医薬品の処方の対応が新たな課題として浮上した。

 この課題への対応策として、衛健委傘下の中国医療保険局が3月2日に「新型コロナウイルス肺炎感染防止、コントロール期間中“インターネット+”医療保険の推進に関する指導意見」を公表した。本指導意見では、許可を得ているインターネット病院もしくはインターネット診療の提供が許可されている保険指定病院では、公的医療保険加入者に対する一般的な病気、慢性疾患等の再診に関するインターネット診療および医薬品の処方を保険給付の対象とすることが認められた。

 本「指導意見」に基づき、福建省、陝西省をはじめ、中国全土の複数の省や病院は、保険適用となるインターネット診療サービスの試行を開始した。

【保険適用インターネット診療サービスの試行事例】
◇浙江省邵逸夫病院(※4)- 医薬品を患者宅へ宅配するインターネット診療

 中国浙江省医療保険局は同省の名門病院である邵逸夫病院にてインターネット診療および医療保険の適用サービスを試行した。同試行では、同省の公的医療保険加入者の慢性疾患罹患者の再診および医薬品の処方が対象となった。
 さらに医薬品は患者の自宅まで宅配されることで、慢性疾患罹患者の通院による診療業務負担や交差感染のリスクを大幅に低減することができた。

〈邵逸夫病院のインターネット診療プロセス〉

(出所:邵逸夫病院ウェブサイトおよびWeChatアカウント公表情報より日本総研作成)


 上述のように、新型肺炎の影響で、下記のインターネット診療サービスが急速に発展した。

Part2 新型肺炎期間中にインターネット診療が急速に展開できた背景

 上記の「通知」や「指導意見」の公表により新型肺炎期間中に中国のインターネット診療が急速に発展したと受け止める方もいると思うが、実はここ数年の中国政府によるインターネット診療を推進する様々な施策が背景にある。

1.インターネット診療に関する規制整備
 2018年4月に、中国国務院は「“インターネット+医療健康”の発展を促進する意見」(以下「意見」)を公表した。
 「意見」では、公共衛生サービス、家庭医契約サービス、医薬品の供給と保証、医療保険適用、医学教育・患者教育、AI活用などといった7つの領域での“インターネット+”(※5)の活用を促進、強化する方針を示した。
 さらに同年7月に、中国衛健委はインターネット診療に関する3つの管理規範を公表した。筆者は、この時期が中国インターネット診療の真の幕開けであったと考えている。

【2018年7月に中国衛健委が公表した3つの管理規範】
・インターネット診療管理弁法(試行)(以下「管理弁法1」)
・インターネット病院管理弁法(試行)(以下「管理弁法2」)
・遠隔医療サービス管理規範(試行)(以下「管理規範3」)

この3つの規範においてインターネット診療に関する基礎ルールが明確に示された。

(1)「遠隔医療」と「インターネット診療」の定義の明確化

「管理規範3」では、遠隔医療サービスの対象は以下2種類の形式に限定した。
・医療機関の間で実施される遠隔診療、遠隔共同カンファレンス等
・ITプラットフォームを通じたインターネット診療

(2)インターネット診療に関する各種要件の明確化

 三規範では、インターネット診療に関する各種要件を設定した。

 第一にインターネット診療の診療範囲が規定された。「規範」では、インターネット診療の診療範囲を「一般的な疾患、慢性疾患の再診サービスおよび“インターネット+”家庭医契約サービス」に限定された。言い換えれば、インターネット診療は軽症や慢性病管理が対象となっている。

 第二にインターネット診療の招聘者と診療サービスの提供者および診療をつなぐ医療ITプラットフォームの要件が明確に定められた。
 「医療機構執業許可証」を取得している医療機関によるインターネット診療サービスの提供が要求されている。インターネットを通じて個人の医師をオンライン診療に直接招聘する場合、招聘側にはインターネット病院の資格を取得することが求められている。また、診療サービスを提供する医師は下記の条件を満たさなければならない。

1)有効な医師免許を取得していて、かつ国家の医師登録システムで検索できること。
2)3年以上単独で臨床診断経験(※6)を持つこと。
3)主勤務地である医療機関での診療業務の遂行が保証できていること。

 「三規範」では各種要件が明確に定められたことに加え、インターネット診療の普及に向けた重要なメッセージも込められている。
 「三規範」では、インターネット診療の提供において第三者ITプラットフォームの存在が肯定され、プラットフォーム提供者が医療機関と共同してインターネット診療サービスを提供することが想定されている。

 こういったルールに沿って、「微医」、「平安好医者」等の医療ITプラットフォームは続々とインターネット病院を整備し、オンライン・オフライン医療資源の獲得・連携に取り組んできた。こういった基盤整備もあり、新型肺炎発生後の政府の呼びかけにすぐに対応できた。
 一方、この「三規範」は、インターネットを通じて医療関連サービスを提供する医薬品および医療機器メーカーにも適用される部分がある。例えば、高付加価値サービスを提供するため、アプリなどを通じた医療カウンセリングやオンライン診療の提供を目指す企業は少なくない。インターネット診療に関する規制が明確化したことで、企業によるオンラインサービス提供のために必要となる各種資格や規制の範囲に対する注意が必要となる。

2.病院側の情報基盤整備

 インターネット診療が急速に発展・普及した背景として、「三規範」の整備に加え、医療機関の情報化推進が強力に推進されたことも重要な要因となっている。
 
 2018年4月に「中国病院情報化建設基準と規範」(試行)(以下「建設基準」が衛計委によって公表された。「建設基準」の公表により、個々の医療機関の方針に従い推進されてきた情報化が、統一の基準の下に進められるようになった。
 この「建設基準」では、三級甲、三級乙および二級病院(※7)で情報化すべき業務と整備すべき情報基盤が明確に定められた。院内診療情報の管理はもちろん、患者向けのサービス機能の整備も重点化された。具体的には、インターネットによる診療予約、受診受付,支払い、インターネットによるカウンセリング機能等の整備が挙げられる。さらに、インターネットによるカウンセリングについては、文字、音声もしくはビデオといった3つの通信方式によるリアルタイムのコミュニケーションの実現が求められている。

 最近では、診療予約、受診受付,支払い等の手続きが、1つのプラットフォームで完結するアリペイ(支付宝)(※8)などのサービスが多くの医療機関に導入されている。

 「三規範」や医療機関における情報基盤の整備が着実に進展したことがあり、新型肺炎対策としての医療保険局によるインターネット診療の実施促進や保険適用の指針を受け、多くの省・市のトップレベル医療機関は医療ITプラットフォームを通じたインターネット診療(再診)、医薬品処方、配送サービスの提供を速やかに開始できた。

Part3 中国インターネット診療の発展の方向性

 新型肺炎対策を契機として、中国のインターネット診療は急速に発展・普及した。ここでは、中国におけるさらなるインターネット診療の発展の方向性と可能性、発展に向けた課題点を論じてみたい。

1.インターネット診療の主体は基層医療機関になっていくべき

 インターネット技術を活用した診療サービスは、従来の医療機関間の遠隔診断・治療以外、今後はアプリなどを通じて提供しているインターネット診療がより国民の生活に近く、より手軽に利用されると思われる。

 情報化基盤整備の制限もあり、現在インターネット診療は主に省・市のトップレベルの医療機関を中心に提供されているが、今後は、基層医療機関(※9)がインターネット診療の提供主体になるべきと考える。
 理由としては、下記2点が挙げられる。
・インターネット診療の診療範囲は「一般的な疾患、慢性疾患の再診サービスおよび“インターネット+”家庭医契約サービス」に限定されていること。
・“分級診療”(※10)を推進している中、慢性疾患管理や一般疾病の診療は、基層医療機関の役割になっていること。

 新型肺炎への対策では、すでに情報基盤が整備されている三級病院がインターネット診療を担っているが、将来的には基層医療機関が提供主体となることが、中国でインターネット診療が継続、定着する上で不可欠である。
 さらに、基層医療機関では家庭医制度(※11)が推進されており、家庭医によるインターネット診療により、確実な再診受診、頻度高い健康管理指導が可能となり、患者の家庭医サービス利用の普及と利用効果の向上にもつながる。

 基層医療機関がインターネット診療サービスを提供する上で課題となっている情報基盤整備も改善される見込みである。
 三級、二級病院向けの「情報化建設基準」に続き、2019年4月に基層医療機関向けの「全国基層医療衛生機構情報化建設基準と規範(試行)」が公表された。この基準では、基層医療機関で整備すべき情報化基盤が明確に決められた。さらに、整備した情報基盤を通じて、高齢者向けの健康サービスや慢性病患者の管理サービス、家庭医サービス等を提供していく方針も示された。

 基層医療機関で情報化基盤整備により、家庭医を通じた慢性疾患の再診、管理をはじめとするインターネット診療が普及、定着していく可能性が高まると予測する。
 今後、基層医療機関を対象とした「インターネット+慢性疾患管理」は、新たな事業モデルが構築される成長ポテンシャルの高い事業機会であると考える。

2.インターネット診療に関する複数形態の支払い側(Payer)の開拓と確保

 地域間の医療資源の不均衡を補うため、医療機関の間の「遠隔カンファレンス」「遠隔診断」の導入が数年前から国策として推進され、内陸部をはじめとして、関連する診療報酬体系が整備されつつある。

 一方、to C型(個人向け)のインターネット診療において、大手医療ITプラットフォーム提供企業は様々な取り組みを試行したものの、診療サービス利用に医療保険が適用されないため、患者の受診行動を変えることができなかった。

 新型肺炎への対策として、政府は「インターネット診療」の活用を呼び掛けると共に、インターネット診療の公的医療保険適用も打ち出した。この推進施策により患者のオンラインサービスの利用の障壁が取り除かれた。
 例えば、通院困難な慢性疾患罹患者の医薬品処方問題が解決するなど、より多くの患者がインターネット診療の利便性を体験することができ、同時にインターネット診療へ信頼感も高まった。
 しかし、オンライン診療の品質や、オンライン処方の妥当性等の監督体系が構築されていないことに加え、公的医療保険の適用は期間限定になる可能性が高く、さらなる普及にはまだ課題が残っている。

 インターネット診療の支払いについては、「公的医療保険」、「自己負担」以外に、民間商業保険の活用も視野に入れる必要があるだろう。

 将来的には公的医療保険給付を抑えるため、保険の加入者向けの健康管理、重症化予防が重要課題となる。「より安い、より手軽」なインターネット診療が「商業保険」で利用可能となることが1つの現実的な選択肢であり、民間商業保険者がインターネット診療の支払い側になることも十分に考えられる。実際、近年、多くの保険会社は生命保険や重大疾病保険以外に、慢性疾患管理保険商品の販売を開始している。

 インターネット診療を普及していくには、公的医療保険、自費、並びに商業保険など複数の支払い側の開拓と確保を同時に講じる展開策が必要である。

 インターネット診療の普及、定着には依然として複数の課題が残される一方、新型肺炎への非常事態対応により、インターネットによる再診、医薬品の処方、自宅までの医薬品の配達、公的医療保険による負担、といったインターネット診療の全サイクルが複数地域で試行されたことで、インターネット診療の社会的な価値が証明され、展開を加速していくべきといったエビデンスが蓄積されつつある。

 新型肺炎問題は、インターネット診療で形成される新たな医療エコシステムに自社がどのように参画していくのか、どのような価値を提供していくのか、改めて検討する契機となるのではないか。

(※1)「微医」は中国大手IT企業テンセント傘下の医療アプリ。「平安好医者」は大手保険会社平安保険傘下の医療アプリ。「阿里健康」は大手IT企業アリババ傘下の医療アプリである。
(※2)衛健委は国家衛生健康委員会の略称で、中国国務院の直轄部署であり、国家医療、健康関連政策の策定および実施監督といった役割を担っている。
(※3)2020年2月11日平安好医生の業績発表会で同社CEOが発表した数字となる。
(※4)邵逸夫病院は総合公立三級甲病院で、2,400病床数を有している。中国初のJCI国際認証を取得した病院でもある。
(※5)“インターネット+”の中国語原文は「互聯網+」で、伝統的な産業に「インターネット」や「インターネット」的な考え方を付与することで新たな産業形態や価値を作るという意味である。
(※6)単独の臨床経験とは研修医経験年数などは考慮しないという意味である。
(※7)三級甲、三級乙、二級は中国病院の等級である。病院の病床数、医療能力によって、三級、二級、一級と分けられている。三級病院は日本の大学病院に相当し、医療水準は最も高い。
(※8)アリペイとは大手ITプラットフォーム会社アリババが開発、運営しているスマホ決済システムである。
(※9)基層医療機関とは、主に所轄地域内の住民に公共衛生サービスと基本医療サービスを提供する医療機構であり、都市部の「社区病院」や農村部の「郷鎮(町村)病院」が相当する。
(※10)分級診療とは、中国医療改革の重点政策の1つである。主に病院の等級によって役割を定義し、上級病院(三級病院)では難病および重病の治療に集中し、下級病院(基層医療機関)では一般的な疾病の診断、治療や健康管理を実施することで、医療資源を効率的に利用する診療体系である。
(※11)家庭医制度は2015年に開始され、基層医療機関の医師が地域内の家庭と契約し、医療サービス、健康管理を実施するサービスで、分級診療を支える重要施策の1つである。

※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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