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JRIレビュー Vol.6,No.78

水害等災害リスクとコンパクトシティのあるべき姿

2020年05月28日 藤波匠


2019年の台風19号は、阿武隈川や千曲川流域をはじめ全国71の河川で140カ所が決壊し、大規模浸水被害や土砂災害が各地で発生したほか、東日本を中心に、100名に及ぶ死者・行方不明者を出すなど、未曽有の自然災害となった。地球温暖化の影響が懸念されるなか、風水害は年々深刻化する傾向にある。これまで築き上げてきたわが国の防災インフラが激烈さを増す風雨に耐え切れなくなりつつあり、河川の河口域や盆地に形成されたわが国の都市の在り方そのものも問われ始めている。

東京都内でも、いわゆる江東5区は、ほぼ全域が浸水地域に指定されるなど、首都圏は水害リスクが高いと見込まれる地理的環境にある。しかし、都道府県別に人口当たりの水害被害額(一般資産)をみると、過去10年間に限っては、首都圏で大きな被害は生じておらず、地方で被害が甚大化する傾向がみられる。これは、首都圏において水害対策が他地域に比べ先んじて実施されてきた成果とみるべきであろう。

近年、都道府県別の公共事業費の多寡は、計算上、県内総生産と県土の面積によって説明することが可能であり、一定の合理性にもとづき分配が行われている。それにもかかわらず、首都圏で他地域よりも先んじて水害対策が実施できる背景には、全国平均の8倍に達する高い人口密度がある。高い人口密度により、狭いエリアに集中的にインフラ投資をすることができる。また、歴史的に高い浸水リスクにさらされてきた地域であるがゆえ、水害対策への投資に理解が得られやすく、投資の優先順位も高い傾向にあるとも考えられる。

降雨災害におけるリスクエリアの人口と経済基盤を、ハザードマップと500mメッシュ統計を用いて分析すると、近年被害が集中している中国地方では、リスクエリア面積比率やその地域に暮らす人口、産業集積の大きさが明らかとなる。とりわけ岡山県では、5割を超える人口や産業がリスクエリアに集中している。逆に北関東では、リスクエリアの面積やそこで暮らす人口が少ないにもかかわらず、一人当たりの被害額が大きいことから、ハザードマップが降雨災害のリスクを十分に把握できていない可能性が推察される。

今後の水害対策の方向性については、①国土強靭化等、ハード面の対応、②スムースな避難の実現等、ソフト面の対応、③コンパクトシティ等、降雨災害に強い都市・地域の形成、の同時並行的な取り組みが必要である。ハード面では、治山・治水にこれまで以上の予算を確保することが望ましいが、予算制約もあり、今後は道路をはじめ、その他の社会インフラの取捨選択が不可欠となる。ソフト面の対応としては、精度の高いハザードマップとそれに基づく避難経路、避難所の整備が重要となる。現在、全国で、より激しい降雨によるリスクを織り込んだハザードマップ作りが進められている。ハザードマップのさらなる精度向上とともに、その周知の徹底、および有効活用した避難訓練などが必要となる。

中長期的な対策として、都市のコンパクト化を図ることも重要となる。わが国では、現在立地適正化計画というコンパクトシティ政策に取り組んでいる。立地適正化計画では、人口を誘導し、高い人口密度を維持することを目指す居住誘導区域を設定することになるが、その際、浸水地域は除外することが望ましいとされている。中には、市街地全域が浸水地域であるため、やむを得ず居住誘導区域から除外していない自治体もあるが、人命にかかわるレベルの浸水が生じることが予想される地域については、改めて除外を検討すべきである。同時に、著しい浸水が予想される土地については、新築や再建築を制限するなど、近年の災害被害の大きさを鑑みれば、私権を制限することにまで踏み込むことが必要な時期に来ていると考えられる。

歴史的に、一部の農地は河川の増水時に水を誘導する遊水地として利用されてきており、今後もこの方法が有効になると考えられる。地役権を設定し、河川の氾濫リスクが高まった時にだけ、農地に水を誘導する契約を農地所有者と締結するのである。農作物に被害が及んだ場合には、別途金銭補償することとなる。この地役権補償方式による治水方法は、大規模な土木作業が不要であるとともに、遊水地となる土地を買収するよりも安価であることが最大のメリットである。農地のなかに住宅や事業所が広がることが農地の遊水地化を妨げることから、遊水地化の前提として、積極的に農地を保全し、その一方でコンパクトシティに向けた取り組みを進めることが重要となる。

地球温暖化に対する少なからぬ科学者の問題意識は、すでに温暖化を防止する観点から、温暖化した地球に、私たちの暮らしをいかに適応させるかという点に移りつつある。温暖化が進むことで深刻化する風水害を前提に、都市形成の在り方や暮らし方を見直し、今後はより規制色の強い土地利用を進めていかざるを得ないと考えられる。持続可能なコンパクトシティの形成を目指し、居住誘導区域をより狭く設定して、居住者や都市機能の誘導を図りつつ、一部のリスクの高いエリアに対しては、私権の制限まで踏み込み、将来の“撤退”をも想定した都市形成についての議論が必要な時期に来ていると言えよう。
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