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JRIレビュー Vol.4,No.76

ステーブルコインが通貨・金融秩序にもたらす課題

2020年04月23日 河村小百合


フェイスブック(Facebook)が2019年6月18日に発表したデジタル通貨「リブラ(Libra)」の発行計画は、世界に衝撃を与えた。本稿ではまず、現行の通貨・金融秩序はいかなる決済システムに支えられてきたのかを振り返ったうえで、最近の民間や中央銀行による動きや国際社会の受け止め方を踏まえつつ、ステーブルコインの登場が、既存の通貨・金融秩序にもたらす課題とわが国に求められる政策対応の方向性を考えたい。

われわれはこれまで、各国の中央銀行を頂点に、その下に民間銀行が連なる形で形成された決済システムを基盤に、各国通貨を利用してきた。国際的な決済も、そうした各国ごとの民間銀行システムを基盤とした“コルレス銀行方式”のもとで運営されており、その実態は決して効率的とはいえず、時間を要し、またコスト面でも相当に割高な状態が今日に至るまで続いてきた。そして世界には、こうした銀行システムへのアクセスを有しない「アンバンクト(unbanked)」がなお17億人も存在するとみられている。

そうしたなか、アリババ(Alibaba)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック、グーグル(Google)、テンセント(Tencent)といった「ビッグテック」(Big Techs)が過去十数年の間に急速にユーザーを増加させているのに加え、近年さらに、金融業務に参入する動きを広げている。それと同時に、暗号資産の価値の安定を目指す取り組みが、世界の各地で多く始まっている。また、スウェーデンやウルグアイといった一部の中央銀行で、厳密にはステーブルコインには該当しないが、各国の事情(現金利用率の低下や多くのアンバンクトの存在)に応じた、中央銀行デジタル通貨の発行を模索する動きもみられている。

フェイスブックによるリブラ構想は、世界で初めての①ビッグテックによる、②ステーブルコインの現実味のある実用化計画といえる。リブラは、フェイスブック単独ではなく、他の企業も加わったリブラ協会が発行主体となり、安定し信頼できる通貨建ての銀行預金や短期国債などを裏付けとして発行される。これは、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)に類するような合成通貨の一種であるとみることもできるが、既存の国際的な通貨システムを介さずに、独自のネットワークを通じて瞬時かつ安価に国際的な決済を行うことを可能とするものである。フェイスブックはすでに世界で27億人ともいわれるユーザーを得ており、世界の市民の支持を得れば、一気にグローバルに普及する可能性がある。

他方、主要国や国際社会においては、真剣かつ厳しい検討が始まっている。リブラ構想に最も敏感かつ迅速に反応したのはアメリカである。2019年7月には早くも議会の上下両院で公聴会が開催され、個人情報漏えい等に関するフェイスブックのこれまでの様々な失態を鑑み、議会における検討や規制当局による十分な検討や政策運営が整うまでは、フェイスブックに対してリブラ構想の一時停止を求めるなど、極めて厳しい議論が展開されている。連邦準備制度(Fed)や米財務省も同様の姿勢を示している。また、欧州連合(EU)においても、欧州委員会が規制面での対応の方向性を、専門家会合を設けて検討しているほか、ドイツにおいても連邦議会において、ECBの理事を招致した公聴会が開催されている。

また、2019年10月には、G7のもとに設けられたワーキング・グループが報告書を公表し、ステーブルコインによる潜在的利益を認める一方で、①法的な確実性、②健全なガバナンス、③マネーロンダリング、テロ資金供与、その他の形態の不法な金融、④決済システムの安全性、効率性、および完全性、⑤サイバー・セキュリティおよびオペレーション上の頑健性、⑥市場の完全性、⑦データのプライバシー、保護およびポータビリティ、⑧消費者/投資家保護、⑨課税上のコンプライアンスといった多岐にわたる課題があると指摘した。G7としては、これらの法律面、規制や監督上の課題に適切な対処がなされるまでは、いかなるグローバル・ステーブルコインも業務運営を開始すべきでない、としている。

通貨の「信認」は、発行主体の健全性および信用力に対する評価を源として醸成されるものである。具体的には、開放経済下にある今日においてはとりわけ、①当該通貨を発行する政府による健全な財政運営と、②中央銀行による、国内外での通貨価値の安定維持のための機動的な金融政策運営が不可欠であるといえよう。歴史的な経験を鑑みれば、民間主体が発行する通貨は信認を得られない、というものでは必ずしもない。

ステーブルコインによるメリットとしては、①国際的な決済の効率化やコスト低減のほか、②金融包摂の促進が挙げられる。他方、考え得るデメリットとしては、①安全性が未確立であることや、マネーロンダリング等への悪用の可能性、②通貨発行益の流出や、各国内からの資金流出の手段となりかねず、各国の通貨主権が深刻に侵害されかねない点が挙げられよう。

それらの問題に対応すべく、今後は、金融規制、監督といった従来型の金融分野の政策対応にとどまらず、競争政策(独占禁止、データ利用規制、個人データ保護)等も組み込んだ幅広い分野における、国際的に調和のとれた政策対応が求められる。
わが国としても今後、諸外国とも協調しつつ、検討を急ぐ必要がある。同時に、民間主体によるステーブルコインという、国際通貨・金融システムにおける“良きライバル”の出現を奇貨として、すでに大きなリスクを抱えるに至ってしまった財政・金融政策運営の健全化・正常化に努めていくことが何よりも求められている。
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