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ビューポイント No.2019-027

露呈する「官製春闘」の限界と新たな賃上げの手法-2020年春季労使交渉の論点

2020年01月24日 山田久


安倍内閣発足以来、政府主導の賃上げ―いわゆる「官製春闘」によりベースアップ(ベア)が復活したが、2018年以降潮目が変わっている。相場形成に大きな影響を与えるとして、毎年その賃上げ動向が注目されてきたトヨタ自動車が、2018 年交渉後にベアの金額を非公開とし、さらに2020年春闘を控えて同社労組が、個人の評価に応じてベアを配分する制度の提案を検討していることが明らかになった。

経団連も中西会長が就任してからは政府による賃上げ要請を牽制し、ベアに拘らない姿勢を示している。そうしたなか、足元企業業績の改善は頭打ちとなり、インフレ率の高まりも見られないなか、2020年の賃上げ率は大幅に鈍化することが予想される情勢にある。

そもそも春闘における賃上げは、①基本給の横並び底上げを意味する「ベースアップ」、および、②各時代のリーディング産業・企業が全体の賃上げをリードする「パターン・セッター方式」を基本原理としてきた。さらにその前提として、③職能資格制度とよばれる年功型賃金を支える人事評価制度が普及していたことがあった。これら従来型春闘が成立する前提条件は、90年代末から2000年代にかけて大きく崩れたが、無理やりそのやり方を復活させたのが「官製春闘」であった。その意味で、「官製春闘」の行き詰まりは必然といえるが、問題はその結果としてわが国で賃上げを実現する仕組みが再び消滅することである。

さらに、2020春闘では経営サイドから、年功賃金を含む日本的雇用システムの見直しを議論すべきとの問題提起が行われている。背景には「第4次産業革命」が進展し、既存産業の枠組みを超えて事業の大再編が進んでいくことが予想されるなか、日本的雇用慣行が足かせになっているとの強い危機感がある。グローバルな人材獲得競争が激化するなか、世界に通用する人材をいかに採用し確保していくかという観点から、「ベースアップ」ではなくいかに「成果主義2.0」を進めるかにこそ賃金問題の焦点がある、という認識に基づくものといえよう。

もっとも、ここで想起すべきは2000年代初めの成果主義ブームの教訓である。当時、成果主義は評価制度の問題に矮小化され、異質なものを受け入れる組織風土への改革や労働移動の活発化といった条件整備が行われず、期待された「破壊型イノベーション」は増えなかった。「成果主義2.0」を成功させるには、産別労働組合や専門職団体のような企業横断的な働き手のコミュニティーが形成され、職業能力認定制度や実践的な職業教育システム等、個別企業の枠を超えた人材開発支援の仕組みを整備することが必要である。

一方、人材育成やチームワークを悪化させ、わが国企業の強みである「改善型イノベーション」を弱めたため、付加価値創出力が低迷した。わが国企業の競争力は製品やサービスの品質の高さにあり、それを支えているのは多くの「普通の人々」の高い規律であり、そのチームワークである。この点に注目すれば、組織力・現場力の維持強化のために人材育成・処遇改善の「底上げ」も重要である。

つまり、「日本型雇用システム」の見直しの方向性は、従来の「就社型」と「ジョブ型」の「ハイブリッド」である必要がある。「ハイブリッド」によって「就社型」を残すということは、賃金制度においては「ベースアップ」を残すべきことを意味する。日本企業の競争力の根幹にある高い品質は組織力や現場力に基づくものであり、それは個人の貢献よりもチーム・組織全体の貢献であり、それに正当に報いるには横並び底上げの賃金配分は重要であり、それこそベアにほかならない。要は「成果主義もベアも」である。

ベアを維持する必要があるが、従来の一律の形は変えることが求められる。「新型ベースアップ」は、原理的に「物価上昇対応分」と「生産性向上対応分」に分けて配分することが望ましい。さらに生産性向上対応分は、会社・部署・個人の三層で考える必要がある。

「官製春闘」が限界に直面するなか、政府による賃上げ要請に代わる、より実効性の高い新たな賃上げのドライブを創出する必要がある。私見ではそれは有識者からからなる第三者機関による賃上げの目安の提示の仕組みの創設である。もっとも、経営サイドにはベアに対する懐疑的な考え方もあり、2020年春闘ではナショナルレベルでの労使の対話を深め、ベアの意味や意義についての共通認識を得ることから始める必要がある。そのうえで、先行き不透明感が強い中においても少しでもベアを行い、賃上げ率2%台を確保することが重要である。

2020年春季労使交渉では、一層の推進が求められる「働き方改革」への対応も重要なテーマになる。「同一労働同一賃金」については、裁判で争うことは極力避け、希少になった労働力を有効活用するとの観点から、労使の話し合いによって対応することが重要である。雇用延長を含めたシニア就労促進も重要なテーマで、高齢者になっても活躍できるという観点から、一企業の枠を超えて人事処遇制度をどう見直していくかを労使で議論すべきであろう。


露呈する「官製春闘」の限界と新たな賃上げの手法-2020年春季労使交渉の論点(PDF:750KB)
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