リサーチ・レポート No.2019-012
国際収支に規定される中国の中期政策運営-経常黒字維持が主要な政策目標に
2019年11月01日 牧田健
中国の経常黒字は2008 年をピークに縮小している。背景には、所得水準の大幅上昇を受け、経済構造が輸出主導から内需主導に転換し始めていることがある。そもそも、中国の国際収支は、①対外資産の収益性が低く、②「誤差脱漏」という形で大規模な資金流出が生じているなど、経常黒字の持続は盤石といえない体質となっている。先行き経常収支が赤字化していけば、習近平政権下での様々な規制から海外からの円滑な資金流入は期待しにくく、ファイナンスに支障が生じる事態も想定される。財政健全化に取り組まないと、「双子の赤字」を抱えることになり、通貨危機や金融資本市場の大混乱をきたすリスクが膨らむことになる。
経常黒字という原資が乏しくなるなか、これまでのようなハイペースの対外投資は期待できず、それどころかファイナンスに窮する事態となれば、対外資産を取り崩す動きも生じかねない。直接投資の分野で中国の存在感は大きく、とりわけ中央アジアやアフリカは中国依存度が高い。中国の対外投資が停滞すれば、同地域の一部の国では経済開発が大きく遅れる可能性がある。証券投資でも、キューバやモンゴル、ネパール等の中国依存度が高く、それらの国では市場の混乱が生じる恐れがある。これらの投資は、中国の国家戦略と結びついており、当局は対外投資の圧縮にはつながらないよう政策運営を行っていくと推察される。
一方、中国はわが国と並ぶ米国債の大量保有主体であり、保有米国債が売却されれば、世界の金融資本市場に相当の悪影響を及ぼすとみられる。ただし、「米国債売却」は、中国政府にとって米国に対抗する有効な手段である一方、自らの保有資産価値の毀損を招きかねない劇薬でもある。中国が売却を余儀なくされるような局面では、有効な対米カードではなくなっている可能性が高い。
以上のように、中国の経常収支が赤字化すれば、中国は対外ファイナンス確保に向け、経済構造・金融市場を抜本的に変革していかざるを得ず、それができなければ、通貨危機・経済危機に陥りかねない。対外投資についても、これまで進めてきた重商主義的な対外戦略が水泡に帰す恐れがある。したがって、中国政府は経常収支の赤字化を断固回避すべく、あらゆる手段を講じて経常黒字を確保することを主眼に政策運営を行っていく可能性が高い。
財・サービスの取引を資金面から捉えた資金循環勘定からみれば、企業の設備投資の増勢が鈍化、あるいは、輸出増加等により企業・家計の貯蓄が増加すれば、経常黒字が拡大しうる。前者は、バブル崩壊以降の日本の歩みと重なるものであり、中国が抱えている構造問題などを踏まえると、十分ありうるシナリオである。後者のシナリオ実現に向けては、米中対立の激化を受け、人民元安誘導という手段が事実上封じられるなか、輸出構造のさらなる高度化が不可欠となる。
中国が『中国製造2025』に示すビジョンを実現して高付加価値な輸出大国に変身できれば、中速成長と経常黒字を同時に確保でき、現行の重商主義的な対外政策も強化できる。逆に、輸出競争力の向上に失敗すれば、ディスインフレ色が強まるのは必至で中国経済の中期的な成長期待も消失するだろう。その意味で、『中国製造2025』を推進しようとする中国と、それを封じ込めようとする米国との対立は長期化する可能性が高く、世界経済の先行き不透明感は容易には払拭されないだろう。
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