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アジア・マンスリー 2019年11月号

正念場を迎えた文政権の所得主導成長

2019年10月28日 成瀬道紀


文政権は、2020年に最低賃金を時給1万ウォンへ引き上げる看板公約を、失業率上昇などの副作用の顕在化を受けて断念した。今後は財政支出拡大で所得増加を図る構えで、財政赤字の拡大が懸念される。

最低賃金の公約は大幅未達へ
2017年5月に発足した韓国の文在寅政権は、家計の所得増加を起点に好循環を生み出して経済成長を図る「所得主導成長」を最重要の経済政策としている。なかでも、看板公約は2020年までに最低賃金を時給1万ウォン(約1,000円)に引き上げることであった。実際、最低賃金は2018年に前年比+16.4%、2019年に同+10.9%と2年連続で2桁の大幅引き上げが続いた。ところが、2020年は+2.9%と引き上げ幅を縮小する結果、最低賃金は5,890ウォンと大幅な公約未達に終わる見込みである。こうしたなか、韓国内では文政権の経済政策に対して厳しい見方が強まりつつある。

所得主導成長を提唱した背景
文政権が所得主導成長を掲げた背景には、これまで韓国経済を牽引してきた輸出主導成長が行き詰まりを見せたことが指摘できる。韓国は、1961年の軍事クーデターで樹立した朴正煕政権以来、輸出産業を振興することで経済を発展させてきた。実際、2010年代初頭まで、輸出の成長率がGDPの成長率を大きく上回る状況が続いており、韓国経済は典型的な輸出主導型の成長であったと言える。ところが、2010年代半ばから、主力輸出先である中国経済の成長鈍化や、同国の産業高度化政策を受けた部品などの中国国内での内製化の進展が逆風となり、韓国の輸出の成長ペースは大きく鈍化した。また、輸出主導の成長モデルでは、輸出を担う財閥企業ばかりに富が集中し、マクロで見た雇用・所得環境が思うように改善しなかったことや、大企業と中小企業の賃金格差・高齢者の貧困等に対して、国民の不満が蓄積していた。このため、低所得層を中心に所得を大きく増加させる政策を唱えた文在寅氏が、有権者の支持を得た。

所得主導成長政策では、最低賃金の引き上げだけでなく、公共部門の雇用拡大や基礎年金・失業手当の増額、児童手当の創設など財政支出拡大による所得の下支えも行われている。しかし、これらの財政支出の財源は、2018年に法人税率を22%から25%に引き上げることによって賄ったため、最低賃金の引き上げも含めて、結果的に家計へ分配する原資を全て企業が負担する構図となった。

副作用の顕在化
このように、企業に重い負担を強いる政策を実施した結果、大きな副作用が顕在化した。 
まず、製造業の韓国離れが進行しつつある。近年多くの企業は、国境にとらわれることなく自社にとって有利な生産拠点を選択する。そのため製造業では、韓国の人件費や税務コストの増加を嫌い、生産拠点を海外に移転する動きが加速した。実際、韓国製造業の対外直接投資は2018年以降急増している。

次に挙げられるのが、小売・卸売業、宿泊・飲食業などの業種で雇用が縮小したことである。これらの業種は低賃金労働力への依存度が高いため、最低賃金の引き上げの影響を強く受けた。人件費の増加に直面した小規模事業者は、アルバイトを解雇して自ら長時間労働をしたり、営業時間を短縮したりしたほか、廃業に追い込まれたケースも見受けられた。韓国では、会社勤めが叶わない人が小規模な小売業や飲食業を開業するケースが多く、自営業者が就業者の約4分の1を占めているだけに、彼らに窮状をもたらした最低賃金の引き上げは大きな反発をあびることになった。
このように、企業に負担を押し付けた所得主導成長政策は、当初の狙いとは裏腹に、生産の減少と失業の増加を招く結果となった。

財政赤字の拡大が懸念
こうした副作用の顕在化を受けて、文政権は、最低賃金の引き上げペースをスローダウンさせることを余儀無くされた。しかしながら、文政権はその政策理念ともいえる「所得主導成長」を撤回したわけでは決してない。今後は、公共部門の雇用拡大や低所得者向けの給付増加など、「バラマキ」的な財政支出に力を入れることで、所得増加を追求していく構えである。こうした文政権の政策の軌道修正は、これまで健全な財政運営を維持してきた韓国の財政規律を失わせる可能性がある。韓国は、1997年のアジア通貨危機の反省もあって、財政健全化を強く志向し、リーマン・ショックなどの危機的局面を除いて財政黒字を確保してきた。しかし、2019年上期の財政収支は、▲38兆ウォンと大幅な赤字となっている。長い目でみても、急速な高齢化が進み、ただでさえ財政支出の増大圧力が強まることが確実視される状況である。こうしたなか、適切な負担のあり方やそれをどのように前向きな循環に結び付けていくかについての議論を避けたまま、各種給付を拡充させていけば、韓国の財政赤字が加速度的に拡大し、各種市場の不安定化を招くリスクが高まる。文政権の所得主導成長政策は、正念場を迎えているといえよう。
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