オピニオン
停電にインフラ強靭化で対応するのか
2019年10月01日 瀧口信一郎
1.異常気象に対応できなかった配電インフラ
9月9日の台風15号は関東を直撃し、直接、間接に大きな被害をもたらした。千葉県、神奈川県、茨木県、静岡県と広範囲にわたり、停電が発生した。中でも千葉県は、台風後の猛暑や風雨の中、2週間が経過しても停電が収束しておらず、大きな問題となっている。1日も早く被害に遭われた方々の生活が軌道に乗ることを願うばかりである。
今回の台風15号では、変電所近くから房総半島南部の木更津、君津、館山などに配電を行っている66,000ボルトの配電線の鉄塔が倒壊し、房総半島南部への供給が制約されたことが停電の一因となった。地形的に送電網の端に位置する千葉県の房総半島は送電遮断をバックアップできる送電ルートが多くないため、復旧が遅れたと考えられる。また、鉄塔の仮復旧後も停電が続いたことからも分かるように、鉄塔倒壊だけが停電長期化の原因ではない。各地で配電用の電柱が倒れたことが長期化の主因と言える。
経済産業省「電気設備に関する技術基準を定める省令」で、電柱は風速毎秒40メートルの風圧荷重に耐えることが求められているのに対し、倒壊した鉄塔や電柱はその基準を満たしていたとされるが、台風の威力が想定を上回ったため、市街地の電柱の倒壊・損傷数が2000にも上る事態となった。東京電力が自ら認めているように、停電復旧予測の見積もりが甘く、夜間に倒木の多い山道に手間取るなど想定外に時間がかかる事態が頻発した。
2016年の熊本地震、2018年の関西地方の台風21号、北海道胆振東部地震、中部地方の台風24号といった災害に伴い停電が頻発している。きめ細かく配電インフラが行き渡った状況下、地震や台風など災害の多い日本では停電は避けられない。気候変動で被害がより大きくなっているとの指摘も多い。今後、東京電力をはじめ電力会社は、災害時の復旧対応指針の見直しはもちろん、鉄塔や電柱を強固にすべき、あるいは、電柱を地中化すべきとのインフラ強靭化の主張が強まるだろう。
2.完璧を目指さない海外のインフラ
しかしながら、絶対倒れない電柱や全面地中化に注力することが現実的なのか、冷静に考える必要がある。電柱倒壊による停電の可能性が高いのは、高層ビル群に囲まれていない自然の多い地域であり、需要が多くない地域に電柱強靭化投資を行うことは投資コストに見合わない。
そもそもそのような投資を今の電力会社に求めても、そう簡単に対応できるとは考えにくい。電力自由化という厳しい経営環境下で、将来の人口減少を念頭におけば、株式会社である電力会社は災害対応への投資を抑制する必要があるからだ。送配電事業は規制事業ではあるものの、発電や小売りで競争下に置かれた電力会社が無尽蔵に送配電投資を行うことはできない。配電インフラ強靭化と逆に投資効率化圧力は強まる一方だろう。
世界的に見れば、日本は長距離送電線を含めた送配電インフラの整備が進み、維持メンテナンスの質も高いとされる。広大な国土を持つアメリカなどは十分な送配電網の整備や維持、メンテナンスが行き渡っていないところも多い。電柱が地中化され美しい街並みを持つヨーロッパの都市でも一歩郊外に出れば電柱が現れる。
東京電力によると、カリフォルニア州では1軒あたり年間平均100分以上の停電があり、日本の停電時間の5倍以上に上る(東京電力「停電時間の国際比較」)。2018年には送電線からの発火を原因とする山火事が発生し、大規模な停電を引き起こすということが起こった。また、地震の頻度が高いことも要因の一つとなっている。
広大なカリフォルニア州では、完全無欠の送配電インフラは目指していない。送配電線の整備は課題であり続けるが、現実的には需要側の対策が先行している。2020年から全ての新築住宅は屋根置き太陽光発電を設置し、使用する電力の半分を太陽光発電で賄うことが義務化される。これは地球温暖化防止に対応し、2045年までに再生可能エネルギー100%を目指すカリフォルニア州のエネルギー政策の一環だが、自然災害への対応にも有効との考えも政策実現の後押しとなった。
3.需要側の対策を
日本においても送配電インフラ強靭化は現実的でないうえ、地震や台風など災害の多い国であることから、停電対策の強化は欠かせない。
そこで、次世代のエネルギーシステムを見据えて、需要側での対策に視点を移してはどうか。送配電網を経由した電力がストップする停電には、需要側に太陽光発電と蓄電や水素などの燃料保管で対処できる。生活の自衛の観点、安全性を高めた不動産価値の向上、地域防災など需要側の視点で資金を賄い、対策することに考えを切り替えるのである。
具体的には、屋根置き太陽光発電により個別住宅のエネルギー自律性を高め、公共施設や商業施設のエネルギー供給拠点機能を高めることが考えられる。台風15号では屋根自体が飛ばされる被害も多発したため、太陽光発電の推進は屋根の強化と併せて行うことにも気を付ける必要がある。太陽光発電のコストが電力会社からの電気代を下回りつつある日本では、カリフォルニア州のように全ての戸建住宅に太陽光発電を設置する、という政策はそれほど突飛なものではない。学校、病院、公共施設などでも一定の政策的支援があれば屋根置き太陽光発電の設置は可能だろう。防災予算を活用して蓄電池や燃料を用いた分散型発電で機能強化を図ればさらにエネルギーの自律性が高まる。
日本は、エネルギー基本計画で将来のエネルギーミックスで再生可能エネルギーの主力電源化を打ち出している。メガソーラーといった事業用太陽光発電への投資は縮小する方向にある。災害時の停電対応と再可能エネルギー普及の両立は意義が大きい。
今回の停電の結果、対策が鉄塔や電柱の強靭化に向かうよりも、需要側の対策強化の方が将来のエネルギーシステムにとって生産的ではないか。配電インフラの強靭化一辺倒でなく、需要側機能の強化に議論が進むことを期待したい。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。