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リサーチ・レポート No.2019-009

シンガポールのスマートネイション戦略―政府主導によるデータ駆動型都市の構築

2019年08月29日 野村敦子


シンガポールは、2014年より国を挙げて「スマートネイション(スマートな国家)」イニシアチブに取り組んでいる。スマートネイションとは、デジタル技術とデータを活用して国全体をスマートシティ化し、「より良い暮らし、より多くの機会、より強固なコミュニティ」を実現しようとする構想である。2017年には関連する部局の統合により、政府横断的な取り組みを取りまとめる組織として、首相府直下にスマートネイション・デジタル政府グループ(SNDGG)が設立された。

現在、戦略的国家プロジェクトとして、①国民デジタル認証(NDI:National Digital Identity)システムの導入、②キャッシュレス社会に向けた電子決済(E-Payments)の普及・拡大、③全国規模のセンサーネットワーク(SNSP:Smart Nation Sensor Platform)の構築、④都市における移動(公共交通機関)のスマート化(Smart Urban Mobility)、⑤ライフステージに応じた公共サービスの組織横断的な提供(Moment of Life)、⑥デジタルガバメントの共通基盤CODEXの構築、の取り組みが進められている。それぞれのプロジェクトは「デジタルプラットフォーム」としての役割を果たし、その基盤上で民間企業等による様々なユースケースの開発が企図されている。

プロジェクトの実施と同時に、スマートネイション実現の土台となる法制度の整備も進められている。「個人データ保護法(PDPA)」や「サイバーセキュリティ法」、「公共セクター(ガバナンス)法」などである。PDPAでは、データポータビリティ権の導入が検討されている。技術基盤については、特にAIに係る人材育成や技術開発・活用に注力しており、国家プログラム「AIシンガポール」が創設された。AIガバナンスの議論でも、国際的な議論をリードしている。

シンガポールのスマートネイションは、1980年代より取り組まれている国家IT計画から始まるものであるが、政府自身のデジタル変革がその根底にあり、従来の単なる電子化とは一線を画すものである。具体的には、①市民を顧客かつ共創者として捉え、需要主導型アプローチへ移行、②スタートアップの育成とオープンイノベーションを推進、③迅速な社会実装に向け、サンドボックスやリビングラボを活用、といった点で、これまでの電子政府などの取り組みとは異なっている。

シンガポールのスマートネイション構想は、わが国が推進するソサエティ5.0と類似する点が多く、先行事例として位置づけることができる。シンガポールの取り組みから学ぶ点として、第1に、デジタル変革の前提として、政府ならびに民間セクターや市民のマインドセットの変革がカギであることが、共通認識とされている点が指摘できる。既存の方法やツールをデジタル技術に変えるだけではなく、考え方や行動も変革していく必要がある。第2に、相互運用性の確保や標準化・共通化の推進による利用者(国民や企業)の利益の実現が挙げられる。技術やデータが様々な規格や形式で乱立していては、利用者が混乱し、普及の障害となるため、民間企業の協力のもと標準化や共通化が進められている。第3に、デジタル技術の活用を推進するばかりでなく、誰もがその恩恵を享受できる社会の実現を目指すとして、デジタルインクルージョン(デジタル包摂)もスマートネイションの重点施策のひとつとされている点である。第4に、政府主導の利点と弊害が挙げられる。政府主導は前述の標準化・共通化や規制への柔軟な対応などメリットもあるが、一方で民間セクターの公的助成への依存などをもたらしているとの指摘がある。

わが国とシンガポールでは、人口や市場の規模、国の成り立ちや政治システムなど異なる面も多いが、一方で、高齢化や過密する交通・住宅問題、資源小国といった課題、国が経済成長に深く関与してきた歴史など重なる点もある。シンガポールの他国から貪欲に吸収しようとする態度や、何を優先すべきかを明確にした合理的な思考、柔軟な対応力など学ぶべき点が多い。なかでも、データがデジタル変革の原動力であるとし、政府自らがあらゆる面でデータ駆動型になると明確に打ち出している点や、デジタル時代に適したホリスティック・アプローチ(全体最適)を採用して、組織やセクターのサイロ化を打ち崩そうとしている点などは参考になろう。

シンガポールのスマートネイション戦略―政府主導によるデータ駆動型都市の構築(PDF:1381KB)
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