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リサーチ・レポート No.2019-008

最低賃金引き上げをどう進めるか―諸外国の経験を踏まえた提案

2019年08月23日 山田久


「骨太方針2019」では、最低賃金について「より早期に全国加重平均が 1000 円になることを目指す」という表現が盛り込まれ、2019年度の目安額は2000年代半ば以降で最大の引き上げ幅となった。もっとも、引き上げ率については3%強と、ここ数年のペースとほぼ同じであり、来年度以降の最低賃金の引き上げペースをどうするかについて、関連対策も含めて早期に議論を開始することが求められている。

1970年代後半以降、審議会方式で地域別最低賃金が決められてきたが、低賃金で働く人々が生活できる所得を保障するためというよりも、中小企業の支払い能力に応じて引き上げられてきたのが実情である。しかし、最低賃金近辺で働く非正規労働者の社会的な位置づけが変わるなか、2007年に最低賃金法が改正され、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性にも配慮する」と規定され、生活保護との逆転の早期解消が目指されることになった。2010年代半ばにはこの逆転が全都道府県で解消し、それ以降の最低賃金引き上げの意味合いは、景気好循環の形成という「経済政策」的な要素が強まっている。

2000年代半ば以降、高めの最低賃金の引き上げが続いてきているが、その結果として、最低賃金改定後に実際の時給が最低賃金を下回ることになる労働者の割合を示す「影響率」が着実に上昇している。もっとも、これまでのところ、完全失業率の低下傾向から判断すれば、マクロ的にはその雇用へのマイナス影響は顕在化していない。

時給が最低賃金水準近辺で働いているとみられる人々の属性をみると、最低賃金引き上げが就業調整につながる可能性のある①主婦パートタイマーが3割程度占める。もっとも、過半は②共働き女性非正規労働者や③独身フリーター、④年金収入等の少ない高齢非正規労働者など、最低賃金引き上げを望むであろう層であるとみられる。

地域別データを用いた分析によれば、最低賃金の引き上げの雇用・賃金への影響については、a)需要独占状態における労働供給増加効果、b)赤字企業の再編による経済効率の向上、c)企業倒産による雇用減、d)労働者内部による所得移転、といった様々なケースが想定され、多面的な実態把握によるきめ細かい対応が必要になる。中長期的にみて最低賃金の地域格差の是正に取り組む必要はあるが、地域経済の実態からすれば、当面は同率の全体的底上げで行うことが妥当といえる。

英国の事例に習えば、最低賃金上昇率は実質ベースで2%程度が望ましく、わが国の物価上昇率が1%程度であることを踏まえれば、3%程度の引き上げペースが妥当といえる。欧州の事例をみれば、高めの賃上げ目標を掲げるならば、適用除外を設けるほか、産業別最低賃金を導入することも一考に値する。労働協約で賃金底上げを実現してきたスウェーデンでは、賃金の底上げには経済政策的な意味合いが強く、それには産業転換や労働移動円滑化など、平均賃金を引き上げるための総合的な政策が重要な役割を果たしている。

具体的な政策推進にあたり、以下の仕組みが有効であると考える。
①エビデンスに基づき中期的な最低賃金引き上げ方針の提案を行う「専門委員会」の設置…英国の低賃金委員会(Low Pay Commission)を参考に関連分野の専門家から構成される事務局を設置し、調査や実証分析を行う。専門委員会が今秋以降半年程度かけて分析を行い、来年の夏までに提言書を取りまとめることを目指す。その提言を参考に、中央最低賃金審議会が毎年の最低賃金額の目安を建議する。
②最低賃金引き上げを円滑に進めるにあたって必要な政策支援メニューを決める「官民協議体」を地域別に設置…上記専門委員会の提言をベースに、地方最低賃金委員会(最低賃金額を決定)と連携しつつ、地域の実情に合った政策パッケージ(コーディネーション強化を通じた企業連携推進・商慣行見直し)を取りまとめる。

最低賃金引き上げをどう進めるか―諸外国の経験を踏まえた提案(PDF:1332KB)
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