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パリ協定離脱表明後の石炭火力

2018年09月10日 瀧口信一郎


トランプ政権の規制緩和策
 2017年6月のパリ協定離脱表明時点ではパフォーマンス先行だったトランプ政権が、オバマ政権による発電部門のCO2排出規制「クリーンパワー計画(Clean Power Plan - CPP)」を大幅に見直した規制緩和策「クリーンエネルギー適正化(Affordable Clean Energy - ACE)ルール」を2018年8月21日に明らかにした。CO2削減のため、石炭火力発電所の大幅削減を狙ったCPPは、トランプ大統領が就任直後の大統領令で指示し(注1)、2017年10月に当時のプルイットEPA(環境保護庁)長官が正式な見直し手続きを開始したが、ついに具体案が提示された(図表1)。

図表1 クリーンエネルギー適正化(ACE)ルールの骨子
図表1

出所:アメリカ環境保護庁(EPA)ニュースリリース「EPA Proposes Affordable Clean Energy (ACE) Rule」より抜粋

中間選挙に向けた布石
 トランプ政権は、ACEルールがアメリカ中間選挙の勝利につながると想定しているはずだ。そう考える理由は3つある。1つ目は、共和党支持者は経済最優先で規制を嫌い、地球温暖化防止規制にも積極的でないため、共和党の幅広い層がACEルールを支持するということである。共和党支持者に共通する考え方に働きかける政策は、共和党支持者の結束に貢献する(注2)。2つ目は大統領選勝利の立役者でもある岩盤支持層の経済支援につながるからである。ウェスト・バージニア州は石炭産業に依存し、トランプ大統領が支援を約束している地域だが、2017年1月のトランプ政権誕生後には失業率が減少しておらず(図表2)、約束を果たせていない。ACEルール公表もトランプ大統領がウェスト・バージニア州の州都チャールストンでの遊説に合わせて行われており、岩盤支持層からの支援を期待できると踏んでいる。3つ目は天然ガスの輸出が好調で、石炭利用との利益相反が起こりにくいことである。液化天然ガス(LNG)の輸出が急拡大し、国内在庫が減っているため、国内需要のマイナス要因にも反対の声は上がりにくい。中東ではトランプ政権とサウジアラビアとの同盟関係強化の中で、イラン経済制裁、カタールの孤立といった事態が生じており、中東の原油・天然ガス輸出に制約が出るため、アメリカ産原油・天然ガスは有利な状況にある。

図表2 ウェスト・バージニア州の失業率推移
図表1

出所:セントルイス連邦準備銀行「Economic Research」に加筆

現実的な目標設定
 ACEルールに対して、ワシントンポストをはじめ多くのメディアが、オバマ政権が推進した積極的な地球温暖化対策を逆行させると批判する。パリ協定離脱を皮切りにトランプ政権の政策は一貫して地球温暖化対策に否定的なため、批判はもっともな面もある。
 しかし、ACEルールの目標値自体は、CPPの2005年対比32%削減の目標に比べて同等、あるいはそれを上回るものであり、目標値自体は正当化できる水準である。この目標値が可能となったのは、この10年すでに石炭火力の廃止が予想以上に進んでいることが要因である。ACEルールでは2030年時点でCPPなしの場合から1.5%のCO2削減が謳われているが、2017年のCO2排出量は2005年から28%減少しており、成り行きでもCPPの32%削減に到達できるのである(図表3)。
 では、なぜ石炭火力からの撤退が相次ぐのか。これは天然ガス価格低下で天然ガス火力の発電コストが下がり、風力発電や太陽光発電のコストが低下したためである。そもそもCPPは、29州の訴えで裁判所に差し止められたため、施行に至っていない。石炭火力の減少はCPPの導入なしに進展したのである。

図表3 発電所からのCO2排出量の推移とACEルールの目標設定
図表1

出所: EIA(アメリカエネルギー情報局)「Electricity and the Environment」データを元に作成

焦点は旧式の石炭火力退役のタイミング
 焦点は地球温暖化対策に賛成か反対かといった大きなテーマではなく、いつどのようなスケジュールで旧式の石炭火力を退役させるかである。CO2はもちろん硫黄や窒素分の排出は環境への悪影響が大きいため、石炭火力の退役は避けられない。だからといって、問答無用の強制退役はその仕事に従事し、生活していかなければならない人々に甚大な影響を及ぼす。効率性、環境性を改善しながら可能な限り利用しようという考え方には一定の理がある。
 石炭火力の割合が高い大手電力会社AEP(American Electric Power)は、大型の風力発電所の建設を計画していた。しかしながら、テキサス州の裁判所の決定により、税制優遇の対象から外され、AEPは事業の継続を断念した。テキサス州の決定は予想外の面もあったが、地球温暖化防止規制に懐疑的なプルイット元長官の出身地であり、化石燃料への支持が高いオクラホマ州の裁判所の反対は確実と言われていた。今後も同様の事象が発生し、オバマ政権下の税制優遇、補助金などの政策的支援が後押しとなっていた再生可能エネルギーの導入の制約要因となる。
 欧州の地球温暖化対策で国際的な主導権を握る戦略は世界の再生可能エネルギー増加をけん引してきたが、この潮流を止めようとするトランプ政権の政策は世界のエネルギー動向に影響を与える。アメリカの試みは、2050年に向けたエネルギーミックスの詳細な工程を決めていく日本も無視できない。継続してアメリカの動向を注視していく必要がある。

(注1)瀧口信一郎「追跡!トランプ政権のエネルギー・環境政策-第3回-トランプ政権下で揺れる米国のエネルギーミックス」ビジネスアイエネコ2017年6月

(注2)瀧口信一郎「追跡!トランプ政権のエネルギー・環境政策-第5回-3つに分断さ れる米国の電力システム 」ビジネスアイエネコ2017年8月




※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。



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