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エネルギーの富とイノベーション創出に向けた教育・研究投資

2018年08月20日 瀧口信一郎


テキサスの石油の富
 アメリカ南部のテキサス大学経営大学院(ビジネススクール)が205億円(1.86億ドル)をかけて建設し、オープンしたばかりの新たな校舎を見学する機会があった。伝統的な建物の多いテキサス大学の中で異彩を放つ5階建て吹き抜けの近代的建物で、地下に新設された会議場や宿泊施設完備のゲストハウスに直結し、正門に位置して大学の顔となっている。
 この校舎はテキサスの石油・天然ガス開発で財をなし、高級ホテルやアスレチックジム(日本でも全国展開しているゴールドジム)を経営する起業家に因んでロバート・ローリングス・ホールと名付けられている。ローリングス氏は父親から受け継いだ石油・天然ガスの開発会社を成長させ(後に大手石油会社テキサコ(現シェブロン)へ売却)、近年も石油・天然ガス開発会社への再生投資を行うなどテキサスの石油の富を象徴する人物である。テキサス大学の新たな建物も、外から見る限りテキサスの石油の富の象徴との印象であった。

イノベーションに向けた投資
 しかしながら、中に入り1つ1つの部屋を見て説明を聞いているうちに、印象が変わった。多くのアメリカの経営大学院では、半円で階段状に講師を囲む教室で、ケース(企業の活動事例)を基にした議論が行われる。哲学の分野では、日本でも有名になったハーバード大学のマイケル・サンデル教授の白熱授業で見られる、クラス全員参加の議論に適した教室である。驚いたのは、かつてはテキサス大学でも多数を占めたこの議論型の教室が新たな校舎では皆無ということである。ほとんどの教室で、複数の小グループ用テーブル、ディスプレイ、白板が配置されている。講師は中心にいない。個人やグループで貸し切れる会議室も多数用意されており、与えられた課題の解決をチーム毎に行う協働作業が授業の中心である。これはアメリカの先進的な教育機関では、講義方式に代わり自ら学ぶ方式が主流になってきていることを反映している。
 また、IT技術を活用したビジネスモデルの実践も新たな校舎のコンセプトとなっている。ブロックチェーン(分散型の会計台帳)技術などIT技術を活用してビジネスモデルを組み立てる経験ができ、技術型ベンチャーを目指す学生の育成を図っている。
 こういった新たなスタイルの学習には、教室の改修、先端IT技術の導入、能力ある講師の確保など、多額の投資が必要となる。そこに登場したのが、ローリングス氏であった。

エネルギーの富をイノベーションに転換する仕組み
 背景には、ランキングで他校との競争にさらされる大学が、節税、名誉、地元貢献といった目的で起業家が寄付する資金を活用して、最先端の技術、施設に投資しようという意図がある。州立のテキサス大学は地域の発展を担っており、教育・研究強化のため、2008年10月に3300億円(30億ドル)の資金調達プロジェクト実施を発表した。2008年9月のリーマンショック後の景気悪化でプロジェクトは難航したが、地元の大手コンピューターメーカーであるデルの創業者マイケル・デル氏から医療イノベーション向けに多額の寄付を引き出すなどで、成功裏に資金調達を完遂した。アメリカの地方都市はトランプ政権の登場でラストベルト地帯の衰退がクローズアップされ、衰退の一途のようにも映るが、シェール革命、IoT/AIの潮流で新たな地域経済活力が生まれ、それがアメリカの誇る教育・研究インフラと結びついて、新たな活力を生み出そうとしている。重要なのは、伝統的な産業で生み出された資金が、先端技術、イノベーションを生み出す教育・研究に投じられていくことである。
 国立大学の自主的な資金調達を進める独立行政法人化以降、日本の地方国立大学の教育・研究予算は低迷している(図表/静岡大学の例)。大学が、産業活力を活用してイノベーションを生み出す教育・研究投資を自律的に進める仕組みがなければ、地方は力を失うばかりだ。ビジョンを持って資金調達を行う大学が必要である。

図表 静岡大学の運営費交付金対象事業予算の推移

図表1

出所:静岡大学ホームページ

 アメリカのような個人寄付に頼れない日本の大学は企業の力が必要である。しかしながら、日本の産業では一般的に寄付が、不足する予算の補てんや伝統産業保護に使われる傾向がある。テキサス大学の事例に学ぶならば、伝統的な産業からイノベーション創出に向けた資金投入の仕組みが大切である。石油資源に恵まれない日本では、再生可能エネルギーの地域資源活用、省エネ型のエネルギーマネジメント、付加価値を生み出す街づくり、海外展開などの努力が必要だが、重要なのはエネルギーに関わる大きな資金を地域でイノベーションを生み出す教育・研究にいかに還流させるかである。地域の発展は地域のエネルギー会社にとって自らの存立を左右する要因であり、無視できない。また、エネルギーコストを下げることで日本の強みである製造業の維持・発展につなげ、地域の富を高める視点も大切である。製造業こそイノベーションの必要性を感じているはずである。自由化で競争下にある電力・ガス会社が、地域のために富を生み出し、地域の製造業を支え、大学がビジョンをもって富をいかにイノベーション創出に振り向けられるかが、人口減少社会を迎える日本で大切な視点と感じた。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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