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中国の介護ビジネスには「春」が来るのか

2017年06月12日 厳華


 2016年7月に、中国の基本医療保険を管轄する中国人力資源社会保障部は「長期介護保険制度試行展開の指導意見」(以下、指導意見)を公表し、高齢化社会対策の一つとして介護保険制度を構築する旨を発表した。
 この「指導意見」によると、上海、広州、成都を含む15都市で介護保険を試行し、試行結果を基に2020年までに中国全土で介護保険制度の骨子を確立するスケジュールである。
「指導意見」の公表に伴い、各対象都市での介護保険制度の試行が開始した。
 
介護保険制度の導入により、中国介護ビジネスに「春」は到来するのだろうか。

1.拡大しつつある中国高齢化社会
 国連の人口予測(*1)によると、中国は2015年時点で60歳以上の人口は2億人を超え、65歳以上は約1.3億人に達する。日本の65歳以上の高齢者は約3,400万人であり、中国は約4倍の高齢者人口を抱えている。

(出所:国連『2015 Revision of World Population Prospects』を基に日本総研作成)

 また、2015年に実施した「第四回中国城郷高齢者生活状況サンプリング調査」の結果によると、中国では60歳以上の要介護者は約4,063万人と推定され、高齢者全体の約18%も占めている。
 さらに、認知症の患者数は、中国では約1,350万人で、世界の全認知症患者の約4分の1を占めている(*2)

 日本の介護市場の発展を踏まえれば、介護保険制度の導入により、中国介護市場の急速な発展が期待できそうだ。

2.中国介護市場発展の阻害要因
 一方、現時点では介護保険制度の試行都市であっても、事業化に苦戦する介護関連企業が多いのが実態だ。
 その原因を探っていくと、下記のような阻害要因が挙げられる。

①中国社会保障制度の未整備
 介護に対するニーズが高いにもかかわらず、介護ビジネスの本格的発展に至らない最も大きな阻害要因の1つとして、医療保険制度をはじめとする社会保障制度の未整備が挙げられる。
 介護保険制度の試行が進められているものの、今のところその恩恵を受けられるのは試行都市の中でも一部の高齢者に限られている。
 その原因は、試行段階の介護保険の財源が現行の「都市従業員基本医療保険」から捻出されることにある。そのため、介護保険の適用対象は当該保険の加入者に限定される。現時点では当該医療保険の加入者数は約2.89億人(2015年時点)で、中国全人口の2割弱である。

(各種公開情報に基づき筆者作成)


 さらに、農村部の高齢者のほとんどは、加入者数が中国全国人口の約6割を占める「新農合医療保険」に加入している。「新農合医療保険」の管轄政府機関は人力資源社会保障部ではなく衛生部であり、介護保険の適用対象外である。

②中国高齢者の「未富先老」(裕福になる前に老年になった)
 介護サービスの利用を阻害するもう一つの要因として、中国高齢者の「未富先老」問題も無視できない。これは高齢化社会(*3)に入った中国の一つの深刻な社会問題とも言える。
 2015年に中国高齢弁(*4)が実施した「第四回中国城郷高齢者生活状況サンプル調査」(*5)の結果によると、60歳以上の高齢者の中で社会保障年金給付率は全体の28.5%であり、約4割超の高齢者は家族による扶養が必要とされている。

(出所:中国高齢弁『第四回中国城郷高齢者生活状況サンプル調査』(2015))


 また、同調査では、都市部高齢者の平均収入は1994元/月(約3万3000円)で、農村部は約635元(約1万400円) /月である。2016年で公表した各省最低賃金で、最上位の上海は、2190元(約3万6000円)/月で、再下位の青海は1270元(約2万1000円)である。この水準から見ると高齢者の平均収入は生計維持もぎりぎりな状況で、介護サービスに支出できる財源はかなり限られていると思われる。

③高齢者の在宅介護サービス認知度が低い

 多くの高齢者の介護サービス購買力が限られている上、「在宅介護サービス」の認知度が低いことも阻害要因として挙げられる。
 2016年に公表された「北京在宅養老産業レポート2015」では、北京市在住の高齢者(*6)を対象に高齢者向け在宅サービスの認知度調査を実施した。

(出所:北京怡年老齢産業促進中心、北京北奥会展有限公司、首都経済貿易大学、社会科学文献出版社共同出版「北京在宅養老産業レポート2015」)

(出所:北京怡年老齢産業促進中心、北京北奥会展有限公司、首都経済貿易大学、社会科学文献出版社共同出版「北京在宅養老産業レポート2015」)

 この調査結果から見ると、調査回答者が「在宅専門介護」や「入浴介助」等といった在宅介護サービスへの認知度は全体的に低い水準にある。さらに、「在宅専門介護」について、「必要あり」と答えた方の数は「利用している」と答えた方の4倍ほどもある。たとえニーズがあってもほとんどは利用にまで至らない現状を示している。
 長期にわたって「一人子政策」を実施してきた中国では、夫婦2人で4人の老人を扶養する必要がある。また、「家族による扶養」が4割以上占めている中、若い世代に対しては、高齢者の介護はかなり重たい負担になっている。
こういった社会構造問題からすると外部のサービスをうまく活用して介護を行うことはますます重要になってくると考える。
 
3.中国介護市場でのビジネス成功に向けた視座

 介護サービスに対する認知度向上や介護保険制度の普及は、中国介護市場が発展していくために重要な中長期的テーマである。一方、中国で介護ビジネスを短中期的に展開するにあたり、2つの方向性で検討されることを提案したい。

①高収入の高齢者を狙うなら、思い切った「集中」が重要
 前述した2015年に中国高齢弁(*7)が実施した「第四回中国城郷高齢者生活状況サンプル調査」では、都市部の高齢者の月平均収入は約2000元(約3万円)未満で、経済水準の高い北京市高齢者の調査(*8)でも、高齢者夫婦2人で月6000~8000元(約9~12万円)といった年金収入が最も多い。
 この調査結果から、たとえ大都市の平均的高齢者であっても、介護サービスへの支出は限定的になることが分かる。
 このような状況では、一部の富裕層高齢者を狙った事業展開を模索するケースが多い。特に高級養老/介護サービスを展開する際、手広くビジネスを広げるより、経済が発展している地域に思い切って「集中」してビジネスを展開することが重要である。
 実際の成功事例からもこのような傾向が読み取れる。介護保険制度が普及していない中、中国での高齢者向けビジネスの成功事例は、ほとんどがハイエンド向けの老人ホーム運営に集中している。例えば、上海における某米国系老人ホームでは、月の施設利用料は約7,000~18,000元(11.5~24万円)で、要介護者だとさらに倍の料金設定にもかかわらず、満床状態が長期にわたって続いている。環境や各種設備が完備されていることに加え、医者と看護師が常駐しており、基本医療保険が利用できることが人気の要因として挙げられる。
 一方、当該会社は一気に成功モデルを拡大するのではなく、ターゲット顧客層の規模、特性を確実に押さえながら、上海にて2軒目の老人ホームを開設する状況に留まっている。
 高齢者の絶対数は多いものの、介護サービスの購買力のある高齢者は今の中国でまだ一握りしかいない。さらに、中国の戸籍制度や医療保険をはじめとした各種社会保険は省ごとに独立運営されていることから、移住は容易なことではない。ハイエンド向けの介護ビジネスを展開するのであれば、ターゲット顧客層が一定数以上存在する地域で思い切った「集中」展開がお勧めである。

②民間企業として公的介護保険への参画は、低価格、資格だけではなく「イノベーション」も必要。

 富裕層高齢者ではなく、公的介護保険の利用が可能な高齢者向けにビジネスを展開していくには、「価格」と「資格」の2つの高いハードルを乗り越える必要がある。
 上海市で試行されている介護保険の料金設定で見ると、1回(1時間)のサービス料金は養老介護員(*9)の場合65元(約975円)で、看護師の場合80元(約1200円)に設定されている。サービス提供者は看護師資格保有者もしくは認定された養老介護員に限定されている。そのため、上海市で介護保険を試行している行政区の実際の運営から見ると、基本的には区所属の社区病院や健康ステーションがサービス提供者になっている。
 上記のように、公的介護保険サービス市場に参入するには、リーズナブルな価格設定以外に、派遣するサービス人員の一部は「看護師」資格も必要となる。看護師が基本的に病院に所属しているという現実のなかから、こういった介護サービス人員を確保することは簡単ではない。
 一方、こういった条件の中でも、上海市の試行地区の区政府に高く評価されている民営介護サービス企業がある。この会社はリーズナブルな価格設定以外に、ビジネスモデルの斬新さが評価されている。
 この企業は介護サービスのニーズ側とサービスの提供側をつなげる各種端末で利用できるアプリを開発した。アプリは各自の事情に応じて柔軟に利用できるようになっており、サービスを受ける本人である高齢者だけではなく、介護サービスの提供で困っている高齢者の子女も利用者として設定可能となっている。このアプリを通じて、子女が両親の受けるサービスの購入、予約、利用状況の確認などすべてできる。また、サービスを提供、受けるプラットフォームとして、提供するサービスも提供者登録で拡張することが可能である。何より、このようなプラットフォームを通じて、大量な活動データが収集され、各種分析、研究、開発にもつながっている。

 介護に関するビジネスモデルも技術や人々の生活習慣の変化と共に発展、進歩している。中国介護ビジネス拡大の波に乗っていくには、サービスの「イノベーション」は欠かせない条件である。

終わりに

 中国の高齢化問題が深刻化する中で、政府としても積極的に各種施策を打ち出している。ニーズ に対し各種サービスが十分に提供されていない状況もあり、介護市場の成長ポテンシャルを疑う余地はない。
 ただし、医療保険制度、介護保険制度(制度がまだ存在しない、一部地域で試行中)、年金制度(所得代替率が低い)、「未富先老」といった中国高齢化社会の特性から、日本と中国では前提となる要因が異なるところも多い。
 一方、中国版Uber、オンライン支払、ネットショッピングを代表とするインターネットによる“生活革命”も中国消費者の生活スタイル、購買習慣を大きく変えている。
 その中で、中国高齢化社会を事業機会として捉えるには、従来のビジネスの枠を乗り越え、創造性を持ちながら客観的な中国介護事業評価とビジネス機会の創出が必要と考える。

(*1)国連『2015 Revision of World Population Prospects』
(*2)Alzheimer’s Disease International(ADI)統計データより、2016年全世界の認知症患者は約4400万人である。
(*3)国連の高齢化基準は65歳以上の人口が7%以上占めること。2010年に中国で実施した人口調査では65歳以上の人口比率は8.87%である。
(*4)中国高齢者を管理、支援する政府機関。
(*5)調査実施サンプル数は22.368万人で、回収アンケート数22.270万枚で、その中有効アンケート数は22.017万枚で、サンプル有効率98.8%。
(*6)2015年6月から8月まで、朝陽区・石景山区・東城区・豊台区・海淀区において、50歳以上の中高齢者1000名を対象。
(*7)中国高齢者を管理、支援する政府機関。
(*8)2015年6月から8月まで、朝陽区・石景山区・東城区・豊台区・海淀区において、50歳以上の中高齢者1000名を対象とした「北京在宅養老産業レポート」。
(*9)養老介護員は老人を世話する専門職を指している。今のところ中国では養老介護員の給与が低いため、従事する人の学歴や素質が低く、人数も足りないことが課題となっている。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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