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アジア・マンスリー 2016年9月号

【トピックス】
急上昇したインドの不良債権比率

2016年08月30日 松田健太郎


インドでは高成長が続く一方、不良債権比率が急上昇している。政府・中央銀行の主導による対策の実施が加速するなか、銀行融資の伸び悩みが続き、短期的に成長の抑制要因となる可能性がある。

■銀行の不良債権比率が上昇
足元のインド経済は、個人消費主導で好調に推移している。2016年1~3月期の実質GDP成長率は前年比+8.0%と、15年10~12月期(+7.2%)から大きく加速した。年度ベースでみても、2015年度(2015年4月~16年3月)は前年度比+7.6%と、高成長が続いている。

こうした高成長下にもかかわらず、銀行の不良債権(元本の返済や利息の支払いが90日以上なされていない債権)比率が急上昇している。製造業の発展を通じた経済成長を目指すモディ政権にとって、主要な資金供給源である銀行経営は非常に重要なだけに、不良債権問題の今後の動向が注目される。

■不良債権比率上昇の背景
インド準備銀行(以下準備銀)によると、16年3月末の商業銀行の不良債権比率は7.6%と、大きく上昇した。主なアジア新興国の不良債権比率が概ね3%以下にとどまるなか、インドの比率は目立って高い。

銀行部門別にみると、民間銀行や外資系銀行の上昇が限定的である一方、全体の7割を占める国営銀行は09年度を底に上昇に転じ、16年3月には9.6%となっている。

2000年代半ば以降、インフラプロジェクト向けや素材関連業種向けを中心に銀行融資が拡大したが、リーマン・ショックを経て、国内景気の減速等によるプロジェクトの進捗の遅れや、中国の過剰生産の影響を受けた鉄鋼業の収益悪化などにより、これらの融資のリスクが高まった。一方、国営銀行の与信判断は厳格なものとはいえず、収益性が低い事業などにも積極的に融資を行ってきた。
しかし、これらの融資は、近年まで不良債権として認識されてこなかった。これは、08年8月の準備銀の特例措置に基づき、返済期間の延長や利息支払いの猶予を行った本来であれば不良債権に分類されるべき債権が、一定の条件のもとで正常債権として分類されることになったためである。このような債権は、貸出条件緩和債権と呼ばれる。

13年5月、準備銀はようやくこの特例措置を解除した。同年9月にはラジャン総裁が就任し、15年4月より各行に資産の質の査定(Asset Quality Review)の実施を指示するとともに、不良債権に対し適正な引当金を積む期限を17年3月に設定した。こうした準備銀の方針変更を受けて各行が債権分類基準を厳格化したことが足元の不良債権比率の急上昇を招いたといえる。実際、16年6月の準備銀の「金融安定報告書」によると、不良債権比率が大きく上昇した一方で、貸出条件緩和債権比率は15年9月の6.2%から16年3月には3.9%に低下している。

不良債権の増加に伴う引当金の積み増しにより銀行の収益は大幅に悪化しており、ROA(総資産利益率)をみると、インドステイト銀行をはじめとする国営銀行を中心に低下が続いている。15年入り以降、政策金利が4度にわたって引き下げられているにもかかわらず、信用残高は伸び悩んでおり、収益が悪化した銀行の貸出姿勢が慎重化していることがうかがえる。

■政府・中銀による対策
拡大した不良債権を処理するために実施されている対策として、①銀行の資本強化、②企業債務のリストラクチャリング、③規制監督強化、④国営銀行のガバナンス改革、などが挙げられる。

まず、銀行の資本強化に関しては、15年3月に、政府が向こう4年間で7,000億ルピーを国営銀行に注入する計画が示されており、その一部として、16年7月に13行に対する2,292億ルピーの注入が発表された。

次に、企業債務のリストラクチャリングに関しては、15年6月にSDR(戦略的債務再編)スキームが導入され、債務不履行に陥った企業向け債権を当該企業の過半数の株式と交換することで経営権を銀行が握り、別の事業者に売却することを可能とした。16年6月にはSDRとやや方式の異なるS4A(Scheme for Sustainable Structuring Stressed Assets)が導入され、枠組み強化が図られている。さらに、ARC(資産再建会社)を通じた不良債権の売却も加速しつつある。

規制監督強化に関しては、16年5月に、煩雑な企業の破たん処理手続きを簡略化する改正破産法が成立した。世界銀行によれば、インドの倒産処理の所要期間は平均4.3年となっているが、新法ではこれを180日以内に完了させることを定めている。

不良債権処理の加速に伴い、短期的には銀行融資の伸び悩みやそれに伴う投資の不振などの影響が続く可能性が高い。しかし、処理が遅れれば、海外投資家の信認が低下し、対内直接投資の減少や金融市場の混乱につながることになりかねない。今後、不良債権処理を着実に進めるとともに、国営銀行のガバナンス改革や債券市場の整備などを通じて健全な金融システムの構築に努め、問題の再発を防止することが求められよう。
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