過去を否定できない企業が陥る近視眼的思考
「自社の将来に対して、もやもやした思いを持っていた社員もいたはずだ。しかし、これまでは、表立ってそのような話ができる雰囲気ではなかった」
これは、未来洞察を導入したある企業の役員からお伺いした言葉である。
「実は、その話はうちではタブーになっていまして……」
企業の内情を知るにつれて、このような話を聞く機会も多い。企業規模の大小を問わず、ほとんどの企業が何らかのタブーを抱えているというのが筆者の実感である。具体的なタブーの中身は企業により様々であるが、多くの場合、現在ないし過去の事業モデル、組織体制に対するアンチテーゼを含んでいる。
言い換えれば、現在ないし過去の否定につながり得るからこそタブー視されているのである。これらの企業では、将来のことを議論するのが難しい。将来のことを議論するということは、今後起こり得る環境変化を見通し、それに対して自社をどう適応させていくか(=変えていくか)を検討する行為であるからだ。
果たして、企業は近視眼的にならざるを得ず、もやもやした思いを抱いた社員が、特定の話題に対しては苦笑いを浮かべたり、神妙な顔で下を向いたりする組織が出来上がる。
程度の差はあれ、「自社が近視眼的になりつつある」ことを自覚している経営層の方々は、未来洞察の考え方に興味を持つようである。これは、未来洞察の手法が、視野を半ば無理矢理に広げるプロセスを含むからであろう。
強制的に視野を広げる手法: スキャニング
未来洞察では、世の中をFACT, FAITH, FEARの3層に分けて考える。
第1レイヤーのFACTとは、既知の事柄、つまり「知っていること」であり、自社動向、既に把握している競合・市場・業界動向等が該当する。
第2レイヤーのFAITHとは、「知らないことを知っていること」であり、把握できていない業界動向や顧客の潜在的なニーズ等が該当する。なお、FAITHとは、日本語では「信条、信念」と訳される。無意識に「関係するのはここまでである」と信じてしまっていること、がこのレイヤーの概念であるともいえる。
第3レイヤーのFEARとは、「知らないことを知らないこと」であり、自社の市場や業界の外側に位置づけられる全てが含まれる、広大な世界である。FEARとは、日本語では「恐れ、恐怖」と訳される。人は、自身の常識、これまでの経験が通じない世界に対して本能的に恐れを抱くということは、論をまたない。人の集まりである企業も同様であり、よほど意識しなければ未知の世界には踏み込まない。一方、業界の外側から新しい変化がやってくることがある。既にFAITHの領域に入りつつあるが、自動車業界におけるグーグルやアップルの動きは、自動車市場の競争ルール変更という大きなインパクトを及ぼし得る顕著な事例である。
このような、外側からやってくる大きな変化の兆候を他社よりも早く捉え、リスクに備えるとともに新たな事業機会として活かすための取り組みが未来洞察である。
具体的には、「スキャニングマテリアル」と呼んでいる未来の兆し情報を100~200程度読み込み、それらと自社との接点を探ることでFEARの世界の取り込みを図る。未来デザイン・ラボでは、このプロセスを「アウトサイド・イン」、つまり、外部性の内部化と呼んでいる。ポイントは、スキャニングマテリアルとして、「不確実性が高い(=起こるか起こらないか分からない)」が、起こった場合の「インパクトが大きい」事象を選ぶことである。スキャニングマテリアルを文字通り“スキャン”することで、企業は、無限に広がる外部性の海から自社にとって意味のある事象を抽出できると考えている。
出所:日本総研作成
体質改善を経て持続可能な企業へ
「自社の将来に不安を抱いている社員に対して、“会社としても認識しているよ”、“将来の話を議論していいんだよ”というメッセージを送ることができた」
冒頭の役員より、未来洞察導入の効果としてお伺いした言葉である。
当社とのお付き合いはその後も続いており、未来洞察ワークショップで得られたアイデアの深掘りを行うとともに、その考え方・手法の社内定着化の準備を進めている。
未来洞察に初めて接する方に内容をご説明差し上げた場合、「新規事業アイデアの発想」という即応的な成果に関心を持つ方と、社員の視野を広げ、企業全体として環境変化に対する適応力を向上させるという、企業体質の改善、いわば漢方薬的な効用に関心を持つ方に分かれる。企業としての持続可能性という観点では、即応的な成果と漢方薬的な効用のバランスを取った上で、後者の企業体質そのものにアプローチするという考え方がより重要だと考える。
「もやもやした思いを抱える社員」の方、もしくは「不安を抱いている社員にメッセージを送りたい」とお考えの経営層の方は、一度、漢方薬としての未来洞察の服用をおすすめしたい。なお、企業の体質改善には継続的な取り組みが必要となる点は、漢方薬と同様である。
以上
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません