日本総研ニュースレター 2013年1月号
日本農業のグローバル化戦略
2013年01月04日 三輪泰史
グローバル化が必要な日本農業
日本農業は、デフレ下での販売単価頭打ちや人口減少などに苦しみ、市場縮小の危機に瀕している。1980年代中盤には11兆円弱であった農業生産は約8兆円にまで落ち込んでいる。前政権の日本再生戦略をはじめ、これまで農業再生が政策として掲げられてきたが、国内市場からは明るい兆しが見えない状況だ。
そうした中、典型的なドメスティック産業であった農業も、他産業と同様に、新興国を中心とした海外市場を日本農業の成長源として取り込もうという動きが出始めた。
「輸出」は日本農業の救世主となれるか
日本農業のグローバル展開として政府が注力するのが、国産農産物の輸出の拡大だ。中国のデパートで日本産のりんごが2000円で販売されるなど、付加価値の高い日本農産物はアジア富裕層を中心に一定の評価を得ている。
政府は農産物・食品の輸出目標を現状の倍を超える1兆円と掲げ、農業生産額8兆円と比較しながらその効果を強調することも多い。しかし、輸出目標値には加工食品が含まれており、農産物(食用)に限定した輸出額は実は180億円弱に過ぎないことは意外と知られていない。結局、国内生産額の1%にも満たない輸出のみに依拠した「一本足打法」での日本農業の再生は非現実的と言わざるを得ない。
もう一つのグローバル展開「現地生産・現地販売モデル」
そうしたなか、輸出とともに日本農業グローバル化の両輪となり得るのが、現地生産・現地販売モデルである。
農業の現地生産・現地販売は自動車等の他産業に後れを取っているが、商品特性としては、むしろ農業の方が必然性は高い。農産物は鮮度劣化が早く、また単価が安くかさ張るため輸送コストが割高になることが避けられず、現地で生産販売する方が合理的だからだ。加えて、中国のように、「検疫」を理由として農産物をほとんど輸出できない国や地域も少なくない。現地生産品の無計画な逆輸入による国産農産物との競合さえ避ければ、現地生産・現地販売モデルは日本農業にとって有益な戦略となる。
なお、輸出と現地生産・現地販売は競合関係ではなく、相互補完関係と認識すべきだ。日本産の輸入農産物をトップブランド、日本の技術を活かした現地生産の「日本式農産物」をセカンドブランドに据え、新興国の富裕層から上位中間層がターゲットのジャパンブランドを作ることが有効だ。
パッケージ化による現地生産・現地販売モデルの展開
日本農業の再浮上の鍵として期待される現地生産・現地販売モデルの展開だが、現時点では苦戦する例も少なくない。農業技術自体は高くても、土壌、水、エネルギーといった現地の栽培インフラに問題があることが多いからだ。
こうした地域で高い安全性や商品価値を持つ農産物を生産するには、栽培インフラの改良が欠かせない。不良土壌では土壌改良の実施、もしくは水耕栽培・人工土壌栽培等といった土に頼らない生産方法が可能な栽培インフラの導入が、また、農業用水の重金属汚染が懸念される地域では簡易的な水浄化システムの導入が行われる必要がある。
このように、日本の農業技術の価値を発揮させるには、技術移転と適切なインフラ整備を組み合わせることが求められる。優れた技術、インフラ整備、農業ITをパッケージ化した「日本式農業団地」は、スマートコミュニティーに次ぐ新たなインフラ輸出になれる可能性を秘めている。
日本式農業団地のグローバル展開を後押しする新たな強みとなり得るのが、現地の栽培スタッフのノウハウ不足を日本側で補う農業ITだ。従来、日本式農業の海外展開においては、指導員が常駐、もしくは頻繁に現地出張する必要があり、人員面・コスト面で事業拡大のハードルとなっていた。農業ITでは、温室・植物工場等の栽培施設の遠隔操作や、タブレットPCやスマートフォンを通じた現地スタッフへの遠隔作業指示が可能となり、物理的距離を超えた協働が実現する。
農業ITを駆使した日本式農業団地のグローバル展開は、いわば日本農家の「匠の技」ののれん分けビジネスだ。技術・ノウハウに長けた日本農業は、世界の農業のフランチャイザーとなり得る存在である。その青写真からは、世界各地に自信を持って技術・ノウハウを発信する、未来の誇り高き日本農家の姿が見えてくる。
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。