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日本総研ニュースレター 2013年11月号

オリンピック・パラリンピックは日本に何をもたらすべきなのか
「日本型デモクラシーインフラ」としてのスポーツの価値

2013年11月01日 東一洋


スポーツは民主主義の孵化器
 2020年のオリンピック・パラリンピックの東京招致が決定したが、その後聞こえてくるのは、大規模開発やインフラ強靭化などの業界的話題ばかりだ。しかし、地方部で急激な人口減と高齢化が進むなか、東京一極集中を一層促すような施策ばかりでは、オリンピック後の日本のためにならない。
 本来、スポーツには、「価値観を広め、定着させる」機能がある。近代スポーツには、欧州大国が植民地政策の柱である「本国の価値観」を現地に植え付けるために普及させたものも多い。大英帝国が広めたサッカーも、植民地にはなかった価値観(一定の時間と公平なルールの下で得点を競う近代民主的な価値観)を定着させる役割を果たした。
 戦後の西ドイツでは、ゴールデンプランという国家レベルのスポーツ施設整備計画の下、1960年から15年間で全国にスポーツ施設(子供の遊び場も含む)を整備した。老若男女が様々なスポーツに興じ、汗をかいた後はクラブハウスでビールを片手に地域の人々が語り合う。こうした環境を目の当たりにした日本のサッカー関係者の驚きと感動が、のちのJリーグ立ち上げのきっかけになったという逸話は有名だ。
 しかし、筆者がドイツの関係者から確かめたところ、この計画の真の政策的背景は、市民が楽しむスポーツ施設の整備ではなく、民主主義の孵化器としてスポーツを活用することにあったのだという。つまり、スポーツやその後の交流活動を通じて地域ごとのリーダー(すなわち議員)を育成・輩出する仕組みを創って地方政治を活発化させ、ヒトラーのような独裁政治を生みにくくすることが真の目的だったのだ。

地域住民のスポーツ参加が地域コミュニティの活発化に
 筆者は、オリンピック・パラリンピック開催を梃子に、スポーツを通じて地域コミュニティやそれに立脚する地方政治そして地方主権を強化する施策に力を入れるべきだと考える。特に高齢者や障害者のスポーツ参加の促進は、健康増進による国民医療費の削減やバリアフリーのまちづくりばかりでなく、そこで輩出されるリーダーによる地方政治への参加を促すだろう。彼らは各地域のコミュニティを活発化させるとともに誰もが安全に暮らすことのできる地域のまちづくりの重要な存在となるはずだ。
 財政難の時代に、地方が東京をまねて新規にスポーツ施設を整備する必要はない。子どもの減った地方では小学校など既存の公共施設が活用できるからだ。また、種目単位で組織されることが主流の競技団体は、地域単位で様々な種目構成を有する団体に再編すれば、限られた施設を特定の競技が独占することなく、有効活用が進められる。特に高齢化社会では、既存の競技種目だけではなく、ニュースポーツやソーシャルスポーツといった競技力を争うものではない交流型種目にも注目すべきだ。

「新しい公共」がつくる「日本型デモクラシーインフラ」
 高齢者や障害者自らがこのような様々なスポーツを楽しむための移動・交通インフラや、仲間と連絡をとったり、地域のスポーツイベント情報を得たりできるコミュニケーション・インフラの整備が必要となるが、それらもこれまでと異なり、公共団体だけで整備できる状況ではない。かつての「わたし、作る人(公共団体)」「わたし、使う人(市民、民間)」の関係ではなく、「新しい公共(NPO・市民活動、社会的企業、寄附、企業のCSR等)」によって発意・整備され、管理運営されることが重要だ。地方公共団体はその動きを公平性の観点などから精査し、積極的に支援すべきだ。
 IOCがオリンピック・パラリンピック開催国に求める「オリンピック・レガシー」においてIOCが重視するのは、競技施設の整備とその後の利活用といった表層的な計画以上に、開催国にオリンピックムーブメント(スポーツを通じて、友情、連帯、フェアプレーの精神を培い相互に理解し合うこと)を根付かせることにある。
 オリンピックムーブメントは、民主主義の考え方そのものだ。これからスポーツ施設の整備計画が増えることが予想されるが、それらを単純なスポーツ振興にではなく、民主主義を発展・成熟させるためのインフラ(筆者はこれを「日本型デモクラシーインフラ」と呼びたい)を整備する機会として官民連携での取り組みが加速することを望む。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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