オピニオン
「CSV」で企業を視る/(26)電鉄会社による登下校見守りサービス
2014年12月01日 ESGリサーチセンター、村上芽
本シリーズ26回目となる今回は、阪急阪神ホールディングス株式会社(以下、阪急阪神HD)の傘下にある阪神電気鉄道株式会社(以下、阪神電鉄)による、ICタグ登下校メール配信サービス「ミマモルメ」を取り上げる。鉄道事業者には、鉄道に加えて不動産を手がける企業が多い。阪急阪神HDでも都市交通と不動産で営業収益の6割、営業利益の8割を占め、両者のバランスは拮抗している[※1]。今後、単独での大規模な鉄道等の延伸は考えにくい中、不動産は地域を越えて成長しうる分野である。
(1)小学校等の保護者向けITサービス
阪神電鉄が提供する「ミマモルメ」サービスは、非接触型のICタグを児童がランドセルなどに入れて校門を通過すれば、保護者などが登録しているメールアドレスに連絡が入るというサービスである。
校門には、同社により機器が設置される。類似サービスのうち端末への接触式のものに比べると、子どものタッチし忘れや、タッチ端末への殺到を防止できるという特徴がある。もともと、電車通学などの個別通学を前提とした私立学校向けとされていたようだが、公立学校でも導入が進み、2014年7月時点で430校、9.2万人が利用する規模となっている[※2]。ミマモルメは全国展開を行っており、14都道府県に広がっている。
この背景として、学校が同サービスを導入していれば、有料の登下校配信サービスには入っていない保護者でも、緊急メール連絡網は無料で利用できることが評価されている。無料の場合にも企業広告などはついてこない。緊急メール連絡網は、学校(先生)からの発信やPTA・クラス単位などの使用も可能だが、メールアドレスの管理は同社が担う。学校から見れば、初期費用や情報メンテナンスの手間なく情報インフラを活用できるよさがあると言えよう。
(2)登下校における安全確保
子どもの登下校(ここでは主に、小学校を想定)の一般的な方法は、国や地域によって大きく異なる。日本では、登校時は集団、下校時は学年や時期によってさまざまだが個別下校も含まれるというのが一般的といってよいだろう。また、通学距離は小学校では約4km以内、中学校では約6km以内が適正とされており[※3]、徒歩での通学が可能なように設置されるのが原則である。
他方、欧米諸国においては、校門までは親が責任をもって送り届けることを義務と考える国もあり(例えばフランス)、アメリカでは5割近くが自家用車、4割程度がスクールバスだとも言われる。
日本でも、少子化の進展と学校の統廃合で、今後、従来どおりの基準によって学校を設置し続けるのが困難となるケースも出てくると考えられる。その場合でも、徒歩による登下校を校区という地域が見守るのが理想なのはいうまでもない。最も確実なのは、交通量の多い交差点や冬季に暗くなる地点などに、親や地域住民が旗を持って立つなどの当番制を組むことだろう。ただ、校区が拡がるほど実際には実現が難しくなる。しかも、最近では、統計上の事故や事件の数が減っていても、治安が悪化していると感じる「体感治安」が低下している、すなわち、安心だと感じない人が増えているとも言われる。そんな状況のなかで「ミマモルメ」のようなサービスには、具体的な事故や事件の発生を防止するほどの力はないが、こうしたそこはかとない不安感をカバーしているのではないだろうか。
阪急阪神HDの営業収益(売上)は約6,700億円であり、ミマモルメサービスによる寄与は直接には大きくはないと考えられる(有料サービスの月額は360円からである)。むしろ、「住んでみたい街アンケート(関西圏)」に見られるように関西での人気エリアを沿線に持つ同社にとって、校区単位で地図を埋めていくことは、不動産事業を支える1つのピースになるのだろう。すでに位置情報検索サービスや高齢者福祉施設などへの展開も始まっている。今後も、地域の安全・安心確保にどのように貢献できるのかという観点から、対象の拡大や有料サービスの内容向上などに注目したい。
参考情報
※1 阪急阪神ホールディングス株式会社ウェブサイト
http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/corporate/about_us/
※2 阪急阪神ホールディングス株式会社ニュースリリース 2014年8月14日
※3 義務教育諸学校等の施設費の国庫負担等に関する法律施行令
*この原稿は2014年11月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。